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2015年12月27日 竹内みちまろ
新ヨゴ皇国に、サンガル国王から、サンガル王国領のカルシュ諸島へ船団を送ってほしいという援軍の要請が届きました。サンガル王国は、南の大陸の強国・タルシュ帝国の侵略を海から受け、圧倒的戦力の前に苦戦を強いられていました。
新ヨゴ皇国の帝と聖導師は、サンガル王国がすでにタルシュ帝国の支配下にあり、援軍要請が罠であるときのことを配慮し、皇国海軍主力の約3割に当たる20隻の戦闘帆船を送ることにしました。ただし、本気を示すために、海軍大提督であり皇太子チャグムの祖父にあたるトーサが自ら艦隊を率いることになりました。
船団が出発した後、チャグムの元に、かつてチャグムが救ったサンガル王国のサルーナ王女からの密書が届きます。密書には、援軍の要請が罠であることが示唆されていました。チャグムは、船団を戻すべきだと帝に訴えますが、帝は何もしようとはせず、むしろ笑みを浮かべます。新ヨゴ皇国では、三ノ妃が王子を産んでおり、チャグムは、チャグムの強力な後ろ盾になっているトーサを排除できることを帝が喜んでいることを悟りました。
チャグムは、「……これほど、あたなは、わたしを嫌っているのか……」と痛感し、激しい怒りを覚えます。帝に、「はっきり罠だとわかっても、父上は、お祖父さまのために指一本動かさないおつもりか!」、「帝であるならば、わたしの父であるならば、妻の父の失脚をよろこぶような卑劣なことをなさるな!」と怒鳴ります。聖導師と聖導師見習いが立ち会っていた「朝ノ間」は凍りつきますが、帝は、笑みを浮かべて、「チャグム。そなたが、それほどに優れておるというなら、そなたに任せよう、そなたの祖父殿を救ってくるがよい」、「皇太子がヤルターシ海を渡るとは。さすが<水の精霊>を守った聖なる皇太子じゃ。聖祖トルガル帝の生まれ変わりと民に呼ばれるだけのことはある」と告げました。
トーサは、チャグムが船団に追いついてきた時に、すさまじい驚きを見せ、事情を聴いた後、蒼白になり椅子に崩れ落ちました。罠を暴いて無事に船団を連れ戻したとしても、チャグムにも、トーサにも未来はありませんでした。チャグムの護衛には「狩人」のジンとユンが付けられており、チャグムの暗殺を帝から命じられていることは明白でした。
19隻の船を沖合で待機させ、チャグムとトーサを乗せた旗艦だけがカルシュ諸島へ入って行きました。トーサは、1日たっても旗艦が戻らぬときは、なりふり構わずに、速やかに逃げ帰れと命令していました。トーサは、捕虜になっても身分を悟られぬよう、チャグムに上級海士の制服を着せます。
懸念したとおり、援軍要請は罠で、サンガル王国はすでにタルシュ帝国の支配下にありました。トーサは、チャグムを含む旗艦の乗組員をサンガル軍の船に移した後、一人旗艦に残り、火を放って旗艦もろとも自沈しました。チャグムは、トーサが自らが一戦も交えずに降服したという汚名を被ることでチャグムと海士たちの命を守ったことを悟りました。
サンガル軍の捕虜として小屋に収容された夜、ユンが眠っているチャグムの口を塞ぎ暗殺を試みますが、ジンがユンを気絶させて救いました。ジンは帝からチャグム暗殺の命令を受けると同時に、シュガから「次の帝のお命をお守りせよ」と命じられていました。
チャグムは、ジンや海士たちの協力を得て、舟を奪って海に逃げることに成功しました。しかし、すぐに、武装したサンガルの海賊船に掴まりました。タルシュは、密偵たちを使って、チャグムの動きを把握していたのでした。
サンガルの海賊船の船長はセナという若い娘でしたが、セナは、アラユタン・ヒュウゴというタルシュの軍門にくだったヨゴ皇国人の依頼で船を動かしていました。ヒュウゴは、タルシュ皇帝の次男であるラウル王子に仕えていました。
チャグムは、船で、現在はタルシュに服従する枝国(しこく)となっているヨゴ枝国の沿岸まで行き、新ヨゴ皇国の聖祖といわれるトルガル帝がかつて住んでいた館を見ます。
チャグムは、タルシュの帝都ラハーンにたどり着きます。ラハーンは、新ヨゴ皇国の宮・光扇京の10倍はある広大さで、 チャグムは、排水設備、運河、街路樹、花が咲き乱れる出窓、立ち並ぶ大きな建築物に圧倒されます。
ラウル王子は野心家でした。非情な男でもありました。チャグムに、新ヨゴ皇国の軍事力はせいぜい3万だが、自分は20万の兵を率いて、光扇京を焼き払い、新ヨゴ皇国の民を虐殺することもできると告げます。チャグムもそれは本当だろうと思います。ラウル王子は「それでも、情けなどはいらぬか」と告げます。チャグムは、いらぬといえばその瞬間に、ラウル王子は新ヨゴ皇国が救われるための細い命綱をあっさりと切って捨てるだろうと思います。
チャグムは、国の運命を背負った駆け引きが始まったことを感じます。息を吸い、腹の底に力を込めて、「……ふしぎなことを問われる。あなたは、わが国に情けをかけるために、わたしをここへ連れてきたのですか」と問います。ラウル王子が「なんだと?」と顔をしかめると、「情けは、相手を憐れんでかけるもの。あなたは、情の話ではなく、国と国との駆引きの話をするために、わたしに会おうとなさったのではないのか」と返します。ラウル王子の目に興味深げな光が浮かびました。
ラウル王子は、チャグムを新ヨゴ皇国の帝にし、新ヨゴ皇国を枝国にして、ロタ王国とカンバル国を平定するつもりでいました。ラウル王子は、チャグムの父である帝を殺せば、簡単にチャグムが帝に成れるといいます。ラウル王子は、笑ってチャグムの肩をはたき、「うまくやっていこう。こらから、長いつきあいになるのだからな」と告げます。
チャグムは、サンガルで人質となっていた海士を解放してもらい、船で新ヨゴ皇国へ向かいました。チャグムは、自分がどう動こうとラウル王子は北の大陸の平定を成し遂げる自信があることを悟ります。また、自分がこのまま新ヨゴ皇国に帰っても、父である帝に疎まれて幽閉されることも明らかでした。
ラウル王子は、新ヨゴ皇国の宮廷に内通者がいることも明かしていました。チャグムは、内通者が帝を殺し、宮廷の混乱に乗じて、タルシュ軍とサンガル軍が圧倒的軍事力の差を見せつけるために攻め寄せ、あとは、チャグムが近臣や国民に新ヨゴ皇国がタルシュの枝国になることを説得するだけだと思います。しかし、枝国になったあとは、ロタやカンバルを攻める手先となり、ロタやカンバルが降服しても、ヨゴ人は恨まれ続けるだろうと思います。チャグムは、「そんな未来……決して、民にはあたえぬ」と心に決めました。
チャグムは、北の大陸の国々が助かる道は、新ヨゴ皇国、ロタ王国、カンバル国の3国が同盟を結び、タルシュ帝国に抵抗するしかないと確信していました。しかし、新ヨゴ皇国に帰ってからでは身動きが取れず、また遅すぎると痛感します。チャグムは、ロタ王とは面識があるので、ロタに行くなら、船がサンガル半島に着く前に船から抜け出すしかないと考えます。
チャグムは、万に一つの可能性に賭けて、船から単身抜け出し、泳いで陸に辿り着くという選択をしました。ラウル王子には、重荷に耐えきれなくなったチャグムが身を投げたと思わせるように言いつけ、ジンにシュガ宛ての手紙を託しました。
船にボヤを起こさせ、混乱のスキに、チャグムは、月光が暗い海の上に蒼い路をつけている海へ飛び込みました。
『蒼路の旅人』よりも以前のチャグムの活躍を描いた『虚空の旅人』を読んだ時、チャグムは皇太子であり、かつ精霊の守り人でもあるので、チャグムは2重に「選ばれた人物」であると感じました。チャグムは、たくさんの人に守られながら成長しますが、まだ感情に左右される子どもっぽいところもあり、聡明な周りの大人たちの目の届くところにいました。
しかし、『蒼路の旅人』では、父である帝がチャグムの祖父に当たるトーサ大提督を助けようとしない姿に触れて、帝と決定的に決別します。新ヨゴ皇国の人間たちでは表立って助けることができない窮地に立たされました。
そんなチャグムですが、トーサ大提督が、自ら汚名を着ることで命を救われます。かつてはヨゴ人で今はタルシュ帝国のラウル王子に仕える密偵のヒュウゴや、呪術師のソドクも、チャグムに触れて、チャグムに不思議な魅力を感じます。冷酷で激しい気性のラウル王子も、チャグムに、「おまえは驚くほど英明な男だし、おれでさえ、つい肩入れしたくなるような、ふしぎな魅力がある」と声を掛けました。帝からチャグム暗殺の密命を受けていたジンでさえ、奇跡が存在するのならそれを起こす者は神にすがる者ではなく、チャグムのような勇気を持った決断を下す者だと感服し、「天ノ神よ、勇敢な御子をお助けください」と祈ります。
今回、帝は、2回目のチャグム暗殺命令を出していました。前回は、国の行く末を思ってのやむにやまれぬ決断でしたが、今回は、ただチャグムが憎いという感情から出た命令でした。チャグム自身もそれは分かっています。
チャグムには、父から憎まれた皇太子としての闘いがあり、圧倒的軍事力を持つタルシュ帝国の侵略から新ヨゴ皇国の国民を守るたのめ闘いがあります。
精霊の守り人としての闘いや、皇太子として政治に係わる戦いは、いわば運命によってもたらされた闘いで、いわば、向こうから勝手にやってきた闘いです。チャグムは、精霊の守り人なんかになりたくてなったのではない/皇太子なんかいつでもやめてやる、などと運命を嘆きながら、シュガや、バルサや、トロガイや、タンダなどに助けられ、それらの闘いを乗り越えてきました。
しかし、『蒼路の旅人』で描かれていた闘いは、今までの闘いとは違ったものでした。
父との闘いは、いわば身分を超えた人間としての闘いでした。チャグムは、帝としての父ではなく、人間としての父に怒りをぶつけました。そして、新ヨゴ皇国を救うために単身でロタ王国まで行くという闘いは、向こうから勝手にやってきた闘いではなく、チャグム自身が自ら決断し選び取った闘いでした。しかも、チャグムの周りには、力を貸してくれる人は一人もいません。
帝になんかなりたくもない/皇太子なんかいつでもやめてやる、などと近臣に不満をぶつけていた頃の面影は、もうどこにもないと感じました。
『蒼路の旅人』を読み終えて、チャグムの本当の闘いが始まるのだと思いました。
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