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2015年12月19日 竹内みちまろ
新ヨゴ皇国にて、眠りについた人が目覚めなくなるという奇妙な現象が発生した。魔術師見習いで薬草師のタンダの姪のカヤをはじめ、新ヨゴ皇帝の一ノ妃や皇太子チャグムらが目覚めなくなった。
タンダは、兄でカヤの父親のノシルから相談を受けた。タンダは、カヤが、命はあるものの魂がいなくなっている「魂抜け」になっていることに気が付いた。タンダは、師匠の大魔術師トロガイにそのことを伝え、カヤを目覚めさせるために「魂呼ばい」をするべきだと告げた。しかし、トロガイは、「魂呼ばい」をすると戻ってこられなくなる危険があるといい、魂たちは自分自身が本当に求めていた心地よい夢を見ながら眠っているので、帰ってこられないのではなく、帰ってきたくないのだと、つれない返事をした。トロガイは、翌日にカヤを診て、それから「魂呼ばい」をするかどうかを決めようとタンダに話した。
タンダは、自分1人で「魂呼ばい」をすることに決めた。タンダの魂は、身体から抜けて鳥になり、白く光る糸たちが向かっている方向へ飛んで行った。「こちらへ、おりておいで」という声に誘われ、白木の回廊や屋根に影が踊る大きな宮の中庭に降りた。中庭はくるぶしほどまで、澄んだ水に覆われており、水の中に「花」が咲いていた。
タンダは、「花番」の男に声を掛けられた。花番は、次の半月の日に外から強い風が吹き込んでくるので、眠りながら夢を見ている魂に、「あの子」のそよ風で目を覚ましてもらう必要があるという。そうしなければ、魂は自分の世界に戻れなくなるとのこと。
花番は、タンダに、夢を見ている魂を助けるためには「あの子」を連れ戻す必要があるというも、花番自身は「こちらの世界」でしか力を持つことができず、タンダのように「あちらの世界」に身体がある者にしか「あの子」を追うことはできないと告げた。
花番は、タンダに、「花」の中で生まれた者をどこにいても見いだせる力を持つ「花守り」となれと告げた。タンダは、「罠かもしれない。なにか変だ」と感じるも、花番から、カヤをはじめほかの魂たちは歌で「花」へ誘われたことを告げられた。タンダは、カヤから歌い手に恋をしたという話を聞いており、幼いカヤに叶わぬ夢を植え付けた歌い手である「あの子」に強い怒りを覚え、「わかりました。<花守り>になりましょう」と告げます。
しかし、それは花番の罠だった。花番の言葉によって体の感覚を失いながら、タンダは「……おれの夢のみ、おれのものなり」と呪文を唱え、かろうじて魂は「花」に乗っ取られずに済んだ。
タンダが、花番の罠に掛かると、現実世界の中にあるタンダの身体が「花」に乗っ取らた。タンダは、「大きな猿みたいな化け物」と化し、カヤの家から飛び出して行った。
同じ頃、バルサは、襲われていたところを助けた縁で、歌い手のユグノと行動を共にしていた。ユグノは、小さい頃から歌が好きで、13歳の時に、水辺にいる歌好きのリー(木霊)たちに見初められ、「リー・トゥ・ルエン(木霊の想い人)」となった。ユグノは、リーからとてつもなく長い命を与えられ、バルサにはせいぜい20歳くらいにしか見えなかったが、実際は、今年52歳になる年齢だった。同じ場所にいると目立つため、旅の歌い手として、普段は人前で商売用に普通の歌を歌いながら、旅を続けていた。7日前には、新ヨゴ皇国の山ノ離宮で、皇太子だった一人息子を亡くして塞ぎ込んでいた一ノ妃をなぐさめるために、新たに皇太子となったチャグムも参加した宴で、歌を歌った。
バルサは、ユグノを連れだってタンダの家に帰って来たが、突然、「大きな猿みたいな化け物」と化したタンダが、ユグノに襲い掛かってきた。バルサがタンダの肩を外して、一旦はタンダを退けるたが、ユグノを狙うタンダの気配はすぐ近くに感じられた。
「花」の世界では、「花」の夢の中にいながら「花」の夢に捉われていない唯一の魂となったタンダが、カヤを探すために鳥に姿を変えて羽ばたいた。すると、チャグムの魂を見つけた。チャグムは、第2皇子だったころに、バルサとタンダと一緒に逃亡を続けていた時の暮らしを夢見ていた。
タンダは、皇太子としての運命を受け入れたくないチャグムを、「でも、わずかでも、今の夢にしがみつく自分をゆるせない気持ちがあるなら、帰ったほうがいいと、おれは思うよ」などと説得した。「花」に捉われていたチャグムの魂をハヤブサに変えて、現実世界へ戻した。
タンダは、チャグムに、トロガイへの伝言を頼んでいた。現実の世界で目を覚ましたチャグムは、星読博士のシュガを通して、トロガイに、「花」の世界に「花」を散らす風が吹き込むのは3日後の半月の夜であり、そのときが「魂呼ばい」の最後に機会になることと、「花」の世界に「花」を散らす風が吹き込む場所が「山ノ離宮」であることを伝えた。
トロガイ、バルサ、ユグノは「山ノ離宮」に向かうことになった。トロガイとユグノを無事に「山ノ離宮」まで送るため、新ヨゴ皇国に仕える武術の達人である「狩人」のジンの力を借りる。ユグノを狙う、「大きな猿みたいな化け物」と化したタンダがジンに襲って来た。
『夢の守り人』を読み終えて、タンダの姪のカヤの人生について考えました。
バルサたちの活躍によって、「花守り」に捉われてしまったカヤの魂は無事に戻り、カヤは「花守り」に捉われてしまう前の人生に戻りましたが、カヤは貧しい村に生まれて、年の離れた男と結婚することになっていました。カヤはそれが嫌で、ユグノに恋をして、といいますか、恋に恋をして、「花守り」に魂を捉われてしまったのでした。
カヤにとっては、「花守り」に捉われて心地よい夢を見続けていた方がよいのか、それとも、現実世界に戻って生きた方がよいのかを考えました。もちろん、他人が決められることではありませんし、カヤには現実世界の中で生きていくという選択肢しかないのだと思います。が、トロガイが、カヤは自分から臨んで夢を観ているので……と「魂呼ばい」に消極的だった姿が印象に残っています。
そのトロガイも、村娘だった頃は貧しい家に生まれ、つまらない男に嫁いで、何人も生んだ子供はみんな幼い頃に死んでしまいました。村娘だったトロガイは、男が待つ家に帰るのが嫌で、森に迷い込ん、そのまま呪術師になりました。タンダも、幼い頃に死に誘われてトロガイの家まで来てしまいました。トロガイも、タンダも、世捨て人といいますか、村人の生活ができなくなった特殊な人々となったのですが、2人には普通の人には見えないものが見えて、感じることのできないものが感じられて、分からないことが分かってしまうのだと思います。いわゆる、詩人や芸術家タイプの人だと思いました。
一方で、そんな異端者となってしまったトロガイやタンダにとっては、現実に広がる人間世界は住みにくく、居心地の悪い世界でした。
ただ、トロガイは、タンダに、お前もいつか、繰り返される日常を生きる人達の強さやしたたかさを理解できるときがくる、そしてそんな人々でも昼の力では抑えておけない夢を抱えてしまうときがあり、自分たちはそんなときに、人々を死の縁ぎりぎりのところから連れ帰る役目を帯びている『夢の守り人』なのさ、と、説教の言葉を聞かせていた場面が印象に残りました。
トロガイは、どんな気持ちでタンダに説教をしたのだろうと思いました。普通の人には見えないものが見えてしまう人間のさみしさもあったでしょうが、逆に、当たり前の日常を繰り返す人々への羨望もあったのではないかと思いました。そして、何よりも、したたかに生きる人々からは異端者の目で見られ、自分たちは村人から何もしてもらえないくせに、自分たちは人々のために尽くさなければならないという運命への諦めのような感情も感じました。
普通の人には見えないものが見えてしまう人間たちにとっては、世の中というものは、住みにくい場所なのかもしれないと思いました。
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