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虚空の旅人/上橋菜穂子のあらすじと読書感想文

2015年12月25日 竹内みちまろ

虚空の旅人のあらすじ

 新ヨゴ皇国の14歳の皇太子チャグムは、隣国サンガル王国の「新王即位ノ儀」に出席するため、星読博士のシュガを連れて、サンガル王国の王宮に到着しました。

 サンガル王国は新ヨゴ皇国の南に位置し、国土の大半はヤルターシ海に突き出た広大な半島という国。サンガル王国の王家はもともと、半島の先に浮かぶ大きなカルシュ島の海賊で、サンガル王国は、ヤルターシ海に浮かぶ無数の島を従えた海洋国家でした。

 「新王即位ノ儀」には、ロタ王国やカンバル国の王らも招かれていました。サンガル王国が広がる半島のつけ根の東に新ヨゴ皇国があるとすれば、ロタ王国はつけ根の西に広がる国。カンバル国は、新ヨゴ皇国とは北の青霧山脈を挟んで隣接する山岳国家。

 サンガル王国は、広大な国土を持ち、新ヨゴ皇国とはゆるやかな関係を築いていましたが、海洋商人らしく計算高いところがあり、荒々しい武人の血も流れていました。14歳のチャグムには、新ヨゴ皇国は一気に攻め滅ぼして支配するよりも友好国として関係を保った方が得だと思わせることは大役でしたが、昨年、チャグムの父である新ヨゴ皇帝の三ノ妃が王子を産んでおり、チャグムは唯一の王位継承者ではなくなっていました。

 そんなチャグムは、王宮に到着し、新しく王になるカルナン王子に拝謁しました。カルナン王子はチャグムの印象を、弟で荒々しい武人のタルサン王子の前で、「みごとな物腰。如才ない受け答え。あれで、そなたとおなじ十四歳か」、「なにより、あの気品がすごい」などと絶賛します。タルサン王子は怒りに身を焦がしますが、タルサン王子を愛する姉のサルーナ姫は、タルサン王子を、「兄上がおっしゃりたかったのはね、あなたが、あまりにむきだしだということなの」となだめますが、サルーナ姫も「あの皇太子の目には、たしかに権力以上のなにかがあったわ。もやのように、なにかがあの皇太子を覆っていて、底が見えない。……あれば、ものすごい強みよ。そうでしょう?」とタルサン王子に告げました。

 「新王即位ノ儀」が何日間も掛けて行われている時、カルシュ島に「ナユーグル・ライタの目」が出現したという知らせがサンガル王宮に届きました。「ナユーグル・ライタの目」とされる幼い娘エーシャナが、目隠しをされて王宮に連れてこられました。

 ヤルターシ海の底にはナユーグルという別の世界があり、ナユーグル・ライタという民が住んでいると考えられています。ナユーグル・ライタはときおり、こちら側の人間の魂を吸い取ることでその人間の体を乗っ取り、こちら側の世界を覗きにやってくるといわれています。魂を吸われて体を乗っ取られるのは5歳くらいの子どもが多いとされています。あるとき、サンガル聖堂の祭司長が「この童はナユーグル・ライタが人の世を見る目なり。もし人の世で悪しきものを見れば、われ、人びとを滅ぼさん」という神のお告げを聞き、それ以来、そういう子どもを「ナユーグル・ライタの目」と呼ぶようになりました。ナユーグル・ライタは神の僕と考えられ、「ナユーグル・ライタの目」が現れたときは、目隠しをして人の世を見えなくし、王宮で最上のもてなしをしてから、石の重りを体に付けられてホスロー岬から海へ落とす「魂帰し」という儀式が行われることになっていました。

 そんなサンガル国に、海を挟んだ南の大陸にある強国・タルシュ帝国の侵略の手が伸びていました。南の大陸は長く各国が覇権を争っていましたが、タルシュ帝国が近隣諸国を次々に平定し、新ヨゴ皇国の祖先の国であるヨゴ皇国も支配していました。タルシュ帝国は、すでに、サンガル王家の生まれ出たカルシュ島の「島守り」で、サンガル王の長女であるカリーナ姫を妻に迎えているアドルや、ノーラム諸島の島守りで次女のロクサーナを妻に迎えているガイルらを支配下に収め、サンガル王国を裏切りらせる段取りを整えていました。また、タルシュ帝国は、サンガル王国の南端の島の近海まで軍船を進めていました。

 チャグムは、「ナユーグル・ライタの目」が現れ、タルシュ帝国の調略の手が伸びたサンガル王宮で、嵐に巻き込まれていきます。

虚空の旅人の読書感想文

 「虚空の旅人」は、前3作である「精霊の守り人」「闇の守り人」「夢の守り人」とは違い、バルサ、タンダ、トロガイは活躍せず、皇太子であるチャグムを主人公にした物語でした。チャグムが皇太子であるため、国同士の戦いや陰謀も描かれていました。

 そんな中、14歳に成長したチャグムが自分の意志を持ち始め、シュガをはじめとする大人たちですら左右することのできない自分の道を歩み始めた姿が印象に残りました。

 チャグムは、幼い娘エーシャナが岬から海に突き落とされるのを間近に控え、「人が死ぬのは、もう、たくさんだ……」と歯をくいしばります。エーシャナは、タルシュ帝国の呪術師に体を乗っ取られていたのですが、チャグムは、幼い娘を道具に使った呪術師に、激しい怒りを覚えます。皇太子である以上、万が一のことがあってはならない身ですが、「……ゆるせ、シュガ」とささやき、魂となって、エーシャナを助けるために、呪術師と闘いました。

 シュガは他国の儀式に口を挟んではならないと言い聞かせていました。チャグムは、王宮に生まれた身の上を嘆き、皇太子や帝などにはなりたくもないと思っていましたが、それでも、皇太子という身分をやめるわけにはいかず、皇太子として生きる以外に道はないことを痛感していました。そんなチャグムですが、怒りに燃え、自ら危険を冒して行きました。

 チャグムは、かつて、精霊の守り人として、水の精霊の卵をその身に宿しており、それ以来、この世界に重なるもうひとつの世界であるナユグに誘われることがありました。いわば、チャグムは、皇太子であり、精霊の守り人であるという、2重に「選ばれた人物」でした。

 バルサや、タンダ、トロガイ、シュガなどもそれぞれに魅力的ですが、「虚空の旅人」を読み終えて、「選ばれた人物」という、理屈を超えた魅力を持っているのはチャグムただ一人なのだなと思いました。

 シリーズはまだまだ続くようですので、チャグムがこれから、どんな活躍をするのか楽しみです。


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