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2015年11月27日 竹内みちまろ
女用心棒・バルサは、新ヨゴ皇国第2皇子で「精霊の守り人」となったチャグムを救った後、10年前に病で死んだ育ての親・ジグロの短槍の柄に刻まれていた模様が示す道筋を頼りに、青霧山脈にある洞窟を抜けて、新ヨゴ皇国から故郷のカンバル国に入った。
ジグロが6歳のバルサを連れてカンバル国から逃げた原因となったログサム王は15年前に死んでおり、バルサは、国境の門をくぐってカンバル国に戻ってもよいと思ったが、洞窟の暗闇を1人で抜けて、故郷に戻らなければならないような気がした。
新ヨゴ皇国の北に位置するカンバル国は、それぞれが独立した国のような9つの氏族からなる山岳国。国土の大半が「母なる山脈」と呼ばれるユサ山脈にそって広がる。ユサ山脈の地下には幾つもの洞窟がクモの巣のように広がっており、山の下には「山の王」が支配する闇の王国があり、洞窟は「山の王」の家来であるヒョウル(闇の守り人)たちが行き来する「闇の道」でもあると言われていた。カンバル国は農業には適さず、畑で若干の芋を育てるほどで、ヤギを放牧し、男たちは雪深い冬に新ヨゴ皇国に出稼ぎに出て暮らしを立てていた。
バルサは、新ヨゴ皇国からカンバル国へ抜けるため、洞窟の地下道を進んでいる時、カンバル国のムサ氏族の15歳の少年・カッサと、カッサの妹ジナがヒョウル(闇の守り人)から襲われているのを助けた。ヒョウル(闇の守り人)とすさまじい速さで槍を交えたバルサは、次第に相手の動きに誘われて2人で舞を舞っているような感覚を覚えた。ふと、向かい合っている相手をよく知っているような懐かしさを覚えた。槍を収めたヒョウル(闇の守り人)は、かすかに礼をしたようにバルサには見え、闇の中へ消えて行った。バルサは、昔、武術を習ったジグロとの稽古中に同じことがあったことが頭に浮かび、これは「槍舞い」だと気が付いた。
カッサとジナは、ジナがヒョウル(闇の守り人)にのしかかられた際に服についたルイシャ(青光石)を持ち帰っていた。ルイシャ(青光石)は、洞窟の地下深くにある「山の王」の持ち物でカンバル王ですら勝手に掘り出すことは許されず、わずかな量でも莫大な金に替えることができた。ルイシャ(青光石)は貧しいカンバル国の唯一の財源ともいえる。おおよそ20年に1度、ユサ山脈の山の底から、地下の王である「山の王」が地上の王であるカンバル王を呼ぶ「山の王の笛」と呼ばれる音が聞こえ、「ルイシャ贈りの儀式」が執り行われ、「山の王」からカンバル王にルイシャ(青光石)が贈られるとされている。「ルイシャ贈りの儀式」は、王と、王の槍と、その従者にしか伝えられない秘儀とされている。
ルイシャ(青光石)を手に入れてしまったことは、抱え込むには大き過ぎたため、カッサとジナは父親のトンノに打ち明け、トンノは、氏族の長のカグロと、カグロの弟で、王の槍の頂点に君臨し権力をほしいままにしているユグロに相談した。カグロとユグロは、ジグロの兄弟だった。
カンバル国の最高の武人は「王の槍」と呼ばれる9人。普段は王都で暮らし、いざという時に王を守る最後の盾となる。「王の槍」は、各氏族の「氏族長筋」の男からしか選ばれない。短剣を授かった「氏族長筋」の少年たちは、15、6歳になると、全員が故郷である氏族の町「郷」を離れ、王都に住むようになる。少年たちの中から1人だけが「王の槍」の従者に選ばれ、次の「王の槍」となる。「王の槍」の従者に成れなかった少年の中の最年長者が、次の氏族長として「郷」へ帰って行く。
カッサとジナを助けた後、バルサは、バルサの父カルナの妹である叔母のユーカに会い、話を聞く。ジグロが王の槍の最年少者であったにも関わらず、ずば抜けた短槍使いで王の武術指南の中でも最高の位についていたこと…、ジグロがずるいところのあるログサム王子を嫌っておりログサム王子もジグロを憎んでいたこと…、カンバルでは王の槍が忠誠を誓ってはじめて本当の王と認められること…、そして、ジグロが王城の奥にしまわれていた9人の「王の槍」たちの短槍の金の輪を盗んで国外に逃げたと信じられていること…、ジグロの弟ユグロがジグロを討ち果たし奪われた9つの金の輪をすべて取り返したとして英雄として戻って来たこと…、ユグロが華々しく帰還したのは、死病に倒れ、自分が生きているうちに王位を弟ではなく息子のラダール王子に譲りたいと考えていたログサム王が崩御するわずか1か月前だったこと…、ログサム王は、新王となったラダール王子と英雄ユグロの手を取って、9氏族と王家の新しい絆が結ばれたこと…など。
バルサは、ジグロの短槍には確かに金の輪がはめられておりそれは今、バルサの短槍に着けられているが、ジグロはほかに金の輪など持っていなかったこと、そして何より、ジグロはユグロに殺されたのではなく、病に倒れバルサが看取ったことをなどをユーカに伝えた。ユーカは「……もしかしたら、陰謀は、あなたが知っているよりも根が深かったのかもしれないわね」とつぶやいた。
「闇の守り人」はここからストーリーが展開しますが、感想に移りたいと思います。
「闇の守り人」を読み終えて、未来を知ってしまうことほど、恐ろしいことはないのかもしれないと思いました。「未来」を「運命」と言っても同じかもしれませんが、ジグロは、35年前の前回の「ルイシャ贈りの儀式」のときに「舞い手」を務め、槍を交えたヒョウル(闇の守り人)が、自分たちの父や兄たちの魂とでもいえる者であることを知りました。そして、自身も、いずれはヒョウル(闇の守り人)となって、地下の世界をさ迷うことを知ります。しかし、そんな運命は、掟によって他言することができません。また、「闇の守り人」のクライマックスでは「ルイシャ贈りの儀式」の内容や秘密がすべて描かれますが、それは口で説明したとしても、経験していない者が理解できる現象ではないと思いました。
ジグロが「成仏」という概念を持っていたのかどうかは分かりませんが、バルサを連れて逃げて欲しいという親友カルナの願いを聞き入れ、6歳のバルサを連れて逃げてから、刺客として送り込まれた8人の仲間を殺します。まさに血の涙を流すようなことだと思いましたが、そんな行いをしたジグロは、自分がヒョウル(闇の守り人)に成ることを知っていましたので、自分が成仏することなどできないと思い、永遠に地下の世界をさ迷うことになると思っていたのかもしれないと思いました。
未来の自分の姿を見てしまい、さらにそれを誰にも話すことができず、誰にも理解してもらえない苦しみとは、どのようなものだろうと思いました。
冒頭で、新ヨゴ皇国からカンバルに通じる地下道に姿を現したヒョウル(闇の守り人)こそがジグロであり、ジグロがルイシャ(青光石)をムサ氏族の子どもたちの身体に残し、「ルイシャ贈りの儀式」にバルサを呼んだのだと思うのですが、ジグロはユグロの邪な心を知りながらも、「ルイシャ贈りの儀式」を始めたのだと思いました。それだけ、ジグロの苦しみが深く、そして果てしがないものだったのかもしれないと思いました。
「闇の守り人」は、バルサが自分の運命と和解する物語でもあると思いますが、ジグロが悲しい運命から解放される物語でもあると思いました。
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