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映画「鏡」アンドレイ・タルコフスキーのあらすじと感想

2006年12月14日 竹内みちまろ

監督:アンドレイ・タルコフスキー (1974年/ソ連)
主演:マルガリータ・テレホワ、オレグ・ヤンコフスキー

 「鏡」は監督の自伝的映画のようです。「鏡」にはこれといってご紹介するようなストーリーは見受けられませんでした。どうにもならない(と思われる)今を生きる男(30代か)が幼児だったころや、少年だったころを回想します。現在の時間軸と、回想の時間軸が交錯する映画だと言えるかもしれません。

 「鏡」は言語障害を持った高校生の映像からはじまります。医師から心理療法(催眠療法か)を施された高校生は、はっきりとした声ですらすらと「私は話すことができます」と言います。高校生もこの場面もその後の映画には直接的には関係ありません。前置きのような役割を果たす場面でした。

 クレジットが終わったあとに、田舎の風景が映ります。厭世的な顔をした女性が柵にのってたばこを吸っています。一人の男が近づいてきました。道を聞きます。男は女性に興味を持ったようです。うっとうしがる女性に「植物にも感情や意識があると思わないか」と話しかけます。木は動かないけど、人間は終始走り回る、それは我々が内なる自然を信じずに疑り深くなって考える時間を失ったから、などと言いはじめます。女性は「あなたどこか……(おかしいの?)」と男を見つめます。男は「大丈夫。よく言われるが。私は医師だから」と答えます。女性は、映画の主人公である男の回想のなかに登場する母親のようです。

 「鏡」は引用の多い作品だと思いました。30代半ばにして道に迷い暗い森に入るという「神曲」の言葉をはじめとして、文学、絵画、音楽、加えて、原爆(と思われる)キノコ雲や中ソ国境紛争(か)の映像なども使われていました。モンゴルの支配によってヨーロッパから切り離されたロシアでは独自のキリスト教が育まれていったという歴史解釈も少年が朗読をするように言われる場面をとおして語られます。

 男には別れた妻がいるようです。手続き上のことはわからないのですが、離婚は成立しているようです。息子と娘は妻が引き取っているようです。男は少年である息子を引き取りたいと妻に告げます。妻は再婚しようかなと言います。男は無名の作家かと蔑みます。妻は活字にならないだけよと答えます。男はそいつには才能がないと言い切ります。男は「書くことの本質は魂の糧、偶像崇拝者のエサじゃない」とはき捨てました。偶像崇拝者がレーニン像をいくつもうち建てるソ連という官僚組織を示しているのか、はたまた別のことを意味しているのかはわかりません。「書くことの本質」、「魂の糧」という言葉にもそれなりの意味が込められているような気がします。しかし、「鏡」は見る人すべてに、この場面はああで、このエピソードはこうだと語ることはない作品だと思いました。ただ、「あとはてめえで考えろ!」という意図はないように感じました。

 「鏡」には印象に残っている場面があります。「鏡」では、さまざまな場面を背景として、主人公の男の朗読が流れます。朗読の一つに、身の丈にあった世紀を選んで身の丈にあった人生を送りたいというような内容がありました。世紀というのは「時代」でもあり「社会」でもあるような気がしました。かつての権力者への批判によってもたらされたソ連映画界の雪解けや、その反動として起った再度の保守化などの事情はわからないのですが、ソ連映画ということも「鏡」という作品の最終的な形に影響しているのかもしれないと思いました。

 ストーリーというものをエピソードの正確な配置、すなわち、エピソードの内容と提示する順番と定義するならば、「鏡」にはストーリーがあるように感じます。作品の目的は、ストーリーを提示することではなくて、ストーリーによって浮き彫りにできるテーマを提示することです。「鏡」の主人公の男が、どうにもならない今よりも、まだ未来と希望があった追憶の世界のほうがよかったと幼かったころを回想する場面もありました。ただ、個人的な追憶の世界を並べたてるだけでは作品にはなりません。書くことに本質があるのであれば、映画を作ることにも本質があるはずです。

 「鏡」のテーマはなんだろうと思いました。今のみちまろには「鏡」から製作者のメッセージを感じることができませんでした。はっきりとした声ですらすらと「私は話すことができます」という場面ではじまりながら、本編では、はっきりしたことをすらすらと話すことを何一つしていないのが印象的でした。


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