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銀河鉄道の夜/宮沢賢治のあらすじと読書感想文

2011年8月10日 竹内みちまろ

銀河鉄道の夜のあらすじ

 宮沢賢治(1896 - 1933)の遺稿『銀河鉄道の夜』には、数度の大幅な改稿が確認されている。大きな特徴の一つに、セロのような声でジョバンニを導くブルカニロ博士が第4次稿には登場しない。第4次稿は、貧しい少年ジョバンニが銀河鉄道に乗り込み、仲間を助けるため川に飛び込んだカムパネルラといっしょに、宇宙を旅する。全編に、ジョバンニの孤独や、詩人ゆえの悲しさがひそんでいる。今回、ご紹介するあらすじと読書感想文は、『新編・銀河鉄道の夜』(新潮文庫)からその第4次稿。

 午後の授業を終えたジョバンニは、活版所で活字拾いの手間仕事をし、病気の母が寝ている家へ帰った。このところのジョバンニは、生活を支える疲労から、学校でも眠くてしかたがない。漁に出た父親は、もうずっと帰ってこない。

 その日は、「銀河のお祭」の晩だ。ジョバンニは、「烏瓜ながし」のために川へ向かう同級生に会い、父親のうわさの件でからかわれる。丘へ走ったジョバンニは汽車の音を聞き、気がついたら銀河鉄道に乗っていて、すぐ前の席にカムパネルラがいた。

 ジョバンニとカムパネルラは銀河鉄道の旅に出た。白い十字架が頂上に立つ島を眺め、白鳥の停車場で下車すると発掘調査を指揮している大学士と言葉を交わし、さそりの火を見る。カムパネルラの行き先は「南十字」のようで、ジョバンニが持つ切符は「ほんとうに天上へさえ行ける」。また、車中では、怪しげな鳥捕りに会い、氷山にぶつかって沈没した船に乗っていた男の子と女の子を連れた青年もやってくる。

 2人はどこまでもいっしょに行こう、と言葉をかわすものの、カムパネルラには見えている、カムパネルラの母親や大勢の人たちが集まっている野原が、ジョバンニには見えなかった。ジョバンニが振り返ると、カムパネルラはいなくなっていて、目をさましたら、ジョバンニは丘の上で寝ていた。

 ジョバンニは、母親の牛乳を取りに行き、家へ向かう途中、カムパネルラが行方不明になった川に大勢が集まっている騒ぎに出くわす。ジョバンニは、いろいろなことで胸がいっぱいになり、母親に牛乳を渡して、カムパネルラの父親が教えてくれた、ジョバンニの父親が帰ってくることを早く母親に知らせようと、走った。

銀河鉄道の夜の読書感想文

『銀河鉄道の夜』は、読み終えて、本質的な悲しさを感じた。それは、どの人間にも共通する悲しさではなく、特別な感性を持った人間にしか感じとることができない悲しさだと思った。

 ジョバンニは、感性だけで生きている。「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ」と母親に告げ、「ザネリはどうしてぼくがなんにもしないのにあんなことを云うのだろう」と苦しむ。大人であれば、忘れること、割り切ること、人間なんてそんなものだと整理をつけること、そんな「知恵」でどんな理不尽もやり過ごすことが可能だろうが、ジョバンニは、社会というものへ、あるいは、人間存在の本質的な絶望というものへ目を向けるほど、成熟してはいない。

 それでいて、怪しい鳥捕りにすら、「なんだかわけもわからずににわかにとなりの鳥捕りが気の毒でたまらなくな」る。ジョバンニは、誰も助けてくれないだとか、自分だけこんなにつらくて不公平だ、などというグチはこぼさない。ひたすら、(どうして僕はこんなにかなしいのだろう)(僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない)(僕はほんとうにつらいなあ)と孤独に煩悶する。

 ジョバンニの悲しさは、詩人の悲しさだと思った。


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