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色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年/つくるの旅について

2013年5月10日 竹内みちまろ

 電鉄会社のエンジニア・多崎つくる(36)の再生への旅を描いた「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」。タイトルにある「色彩を持たない」とは、つくる自身が自分のことを「これという特徴なり個性を持ちあわせていない」と自己評価していることによりますが、周囲はつくるのことを「ハンサムボーイ」と呼び、女性たちは浮足立ちます。つくるが30歳の時に死んだ父親は、3年ごとにベンツの大型車を乗り換えるほどの成功者で、つくるのマンションも父親が経営していたものでしたが、知らない間に、つくるの名義に書き換わっていました。専門職で活躍し、ルックスもよいつくるは、周囲からは、順調な人生を送っていると思われ、つくる自身もそのことを感じていました。

 しかし、つくるは、大学2年生の時に、ボランティア活動がきっかけで知り合い、仲良し5人組を形成していた名古屋の高校の同級生から、突然、理由も教えられずに絶交を言い渡されました。それから約半年間、つくるは死を思うようになり、その間に20歳になりました。

 つくるが、死を願っていた期間から抜け出したのは、ある日見た夢でした。夢の中で、つくるは、一人の女性を激しく求めました。しかし、女性は心か体のどちらかしか差し出せないといいます。つくるは、どちらも欲しく、片方をほかの男に渡してしまうくらいならどちらもいらないと悶絶。身体全体を絞られるような激烈な痛みを感じ、目を覚ましたつくるは、これが嫉妬というものかと感じます。その時から、つくるの中で何かが変わりました。あとになって、つくるは、「夢という形をとってつくるの内部を通過していった生の感情が、死への憧憬を相殺したのだろう」と回想していました。

 死への憧憬に飲み込まれることから戻ってきたつくるは、新鮮な食材を買ってきて規則正しい食事を取り始めます。大学のプールで泳ぎ、ジムにも通います。母親も驚くほど、絶交を言い渡される前とは顔つきが変わっていましたが、つくるは、絶交を言い渡されたことには触れないようにし、それぞれ自宅から通える大学に志望校をワンランク落として通っていた4人が住む名古屋と疎遠になります。駅舎建築の第一人者の教授がいたため東京の工科大学に進学していたつくるは、そのまま、新宿に本社を置く電鉄会社に就職し、駅舎を管理設計する部署のエンジニアとしてキャリアを重ねていました。

 しかし、絶交は、そのときにつくるの中で時間がとまってしまったのかもしれないと思う程、つくるには大きな影響を及ぼしました。また、その後、「自分が他人にとって取るに足らない、つまらない人間だと感じることが多くなったかもしれない」とも。36歳になるまで、つくるは、何かを強烈に欲しがったり、女性を激しく求めたりすることなく、静かな規則正しい生活を続けます。

 そんなつくるに、紹介で知り合った2歳年上の木元沙羅が、4人に会いに行って自分の中にある問題に直面すべきでは、とアドヴァイスすることでストーリーは展開し、つくるは、存命の3人に会います、というのが、同作の主なストーリーです。

 読み終えてまず思ったのは、つくるが直面した絶交されたという現象は、つくるとは直接関係のない外部要因(5人組の中のひとりの女性がつくるの部屋でつくるにレイプされたと主張したこと)が原因でした。その女性は精神を病んでおり、周囲も変だと思っていましたが、最終的に、名古屋に留まることを選んでいた4人は、東京へ出て行ったつくるを切り捨てることにしました。もちろん、つくるがレイプした事実はなく、その女性はつくるの部屋に来たこともないのですが、その女性の中では、つくるにレイプされたことが、最終的な「事実」になっていました。

 つくるは、16年たって3人に会い、そのことを知ります。時間が流れていて、かつ、かつての仲間たちがみんな、つくるがそんなことをするはずがないことをわかっていた、あるいは、つくるに会って理解したため、怒りや、憤りは感じず、なぜそのようなことになったのだろうという疑問が強く湧きました。

 結局、なぜ、その女性の中で、その女性がつくるにレイプされたことになったのかは、その女性が殺されていましたので、誰にもわからないということになります。

 ただ、3人の中の一人の女性と話をしたつくるは、自分の中の何かがそのときその女性のもとへ飛んで行って射精をしたのかもしれない、などと感じていました。つくるは、そのようなことを思いつくだけの不思議な体験をしていました。

 つくるに降りかかった親友からの絶交は、つくるにはどうすることもできない次元で、つくるとは直接的に関係なく発生し、つくるのあずかり知らぬ場所で、他者によって一方的に決定され、一方的につくるにつきつけられた現象でした。確かに、その後のつくるは、自分自身に降りかかってきた現象から目をそむけていたかもしれません。つくる自身は、「どんな事実が明るみに出されるのか、それを目にするのがきっと怖かったんだと思う」とも話していますが、それも当然のことだと思いました。

 しかし、事実を知ったつくるが、怒りを覚えず、落ち着いていたことも印象に残りました。その女性がつくるにレイプされたと主張し、4人から絶交されたことは、つくるに責任があることではありませんが、同時に、つくるがほかの4人と、高校時代という輝く時間を4人と共に最高の親友5人組を作って過ごしていたから起きた現象ではありました。

 「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」を読み終えて、つくるはある意味で不運だったかもしれませんが、不幸ではないような気がしました。もう2度と会えない、もしくは、会わないとしても、輝く時間をかつて共に過ごした親友がいたつくるは、これからも、生きていけるような気がしました。


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