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色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年/アオ(青海悦夫)について

2013年5月10日 竹内みちまろ

 36歳の「多崎つくる」が、19歳の時に絶交となった高校時代の親友4人に会いに行く『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』。今回は、大人になったつくるが最初に会う相手である「アオ」こと青海悦夫について考えてみたいと思います。

 アオは、名古屋の高校時代はラグビー部のフォワード。運動神経に恵まれ、クレバーな選手でした。明るい性格のアオは、よく人の話を聞き、悪口はめったに言わず、3年生の時にはラグビー部のキャプテンも務めました。

 アオは高校時代の5人組グループの中でもまとめ役。東京に出たばかりのつくるは、よく名古屋のアオに手紙を送りました。すると、アオから、アカ(赤松慶)、クロ(黒埜恵理)、シロ(白根柚木)の3人に手紙が回覧され、アオからつくるへ連名の返事がきました。

 名古屋に残った4人は、東京に出たつくるが大学2年生のとき、つくるに絶交を言い渡すことになるのですが、その絶交もアオの口から伝えられました。つくるは絶交される理由が分かりませんでしたが、アオは、自分の胸に聞いてみろよ、というようなことを告げ、電話を切りました。

 大人になったアオは、名古屋でトヨタの凄腕セールスマンになっていました。仕事に真剣に取り組み、妻子を養っています。絶交を言い渡した原因は、シロが東京のつくるの部屋でつくるからレイプされたと言い始めたからでした。大人になったつくるは、アオからそのことを聞き、驚きます。つくるには覚えがなく、シロは、つくるの東京の部屋に来たこともありませんでした。大人になったアオは言います。「なあ、つくる、おれはおまえを信じるよ」。

 アオは、いい奴なんだなと思いました。つくるからレイプされたと訴えたシロは、親友たちが36歳になった時点では既に死んでいました。つくるは専門職に就き、アカは企業家に、クロは陶芸家になっていました。物語の主要人物の中で、営業職に就いているのは、アオだけかもしれません。

 つるくはのちに知るのですが、シロがつくるにレイプされたと言い出した時点で、クロはそんなことがあるはずがないと確信していました。同時に、シロの中で、つくるにレイプされたことが最終的な「真実」になっていることも見ぬいていました。アカも、当時既に変だと思うところがあり、大人になった現在では、つくるから話を聞くまでもなく、つくるがそんなことをするはずがないと確信していいました。

 つくるに会って、つくるがシロを本当にレイプしたのかを確認したのは、アオだけでした。一流企業に勤める優秀なサラリーマンであるアオは、順調な人生を送ってはいますが、アカがそんな企業戦士(あるいは、そんな企業戦士を重宝する社会)を錬金術のネタにしているように、物語世界の中では、営業職のサラリーマンというものは、どこか、哀しい雰囲気を帯びてしまっています。人間的にも、誰からも好かれるアオですが、同時に、それだけの人間、という感じもしました。もちろん、まじめで誠実に社会に参加しています。それでも、人間や世界というものの不可思議さを見つめるクロや、心の深淵をのぞき込んでしまうアカとは、違った人種ではあるようです。

 アオのような人物、言葉を替えれば、善良で無害な人物を、ただそれだけの人物、というように描くのは、村上春樹さんの特徴なのでしょうか。


→ 色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年/村上春樹のあらすじと読書感想文


→ つくるの旅について


→ アカ(赤松慶)について


→ シロ(白根柚木)について


→ クロ(黒埜恵理)について


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