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2019年10月16日
市立三崎中学に通う中学3年生の町田圭祐は陸上部の長距離ランナーとして、中学最後の全国大会進出をかけた県大会に駅伝の選手として出場した。結果は1位と数秒差の2位で全国大会出場は叶わなかった。
圭祐の頭には、自分があと数秒タイムを縮めていればという気持ちがあったが、その他に山岸良太が出ていれば結果が変わっていたかもしれないという気持ちもあった。良太は同級生で圭祐のライバルであり憧れで常にタイムも部内で一番良かった。しかし、良太は地区予選前に膝を故障してしまい、回復途中であった。県大会には良太が出てくれると信じて、部員は地区予選を好成績で突破した。しかし、県大会のメンバー発表で、陸上部顧問の村岡先生から良太の名前が呼ばれることはなかった。
メンバー発表で良太の名前が呼ばれなかった時、村岡先生は良太の膝の調子を考えて出場させないのだと思われたが、良太は村岡先生から「1つ後輩の田中の父親が末期癌で、田中を出場させてやりたい。だから、山岸は今回、膝の故障が原因でということで選ばれなかったということにしてくれ」と伝えられていた。
圭祐には釈然としないモヤモヤした感情が残っていたが、良太は陸上部の名門である青海学院に推薦入学を決めて前を向いている様子であった。そして良太は圭祐にも青海学院を一般受験で受けるように勧め、一緒に陸上部に入ろうと誘った。
圭祐は早くに父を亡くし母子家庭であった。母親に私立の高校に行かせてもらうように頼み、偏差値の高い青海学院に行くために必死で勉強し合格した。しかし、合格発表からの帰り道、圭祐はひき逃げ事故に遭い走ることができなくなってしまった。陸上部に入り良太と一緒に走ることを夢見ていた圭祐は、苦い想いをしながら青海学院の入学式に参加した。
圭祐は入学式で良太と挨拶を交わした。良太は自分が青海学院に誘ったことを悔やんでいるようで、気を遣って部活の話を避けているようだった。圭祐はその気遣いがとても苦しかった。そんな時、圭祐は中学の同級生の宮本正也に声をかけられる。正也とは中学時代ほとんど話したことがない仲で圭祐は驚くが、正也から一緒に放送部に入らないかと誘われさらに驚く。正也は、将来脚本家になりたいと考えており、ラジオドラマ制作に脚本家として携わるために放送部に入部することを決めていた。正也は、圭祐の声が良いことを指摘し、一緒に放送部に入ることを誘う。圭祐は正直躊躇っていたが、陸上ができない自分に他に新しいことを探す気力もなかったため、正也の誘いに乗って放送部に仮入部することになった。
放送部に見学に行くと3年生の女の先輩5名が、JBK杯全国高校放送コンテスト、通称Jコンに応募するための、テレビドラマ作品を作っていた。男子生徒役をちょうど探していたということで、圭祐と正也はすぐに作品に参加することになる。初めての撮影現場に緊張する圭祐だが、それ以上に先輩たちの緊張感のない姿に、中学の陸上部時代と比べてしまいがっかりした気持ちになった。正也も同じように感じていたようで、思わずの先輩の一人にダメ出しをしてしまう。ダメ出しを受けた先輩は代わりの女子生徒を探すように言い、圭祐と正也は、圭祐と同じクラスで、正也が前から声が良いと褒めていた久米咲楽を誘うことにした。久米は、アニメオタクで特に声優に憧れていたため、あっさりと誘いを快諾する。圭祐は、久米が同じクラスの女子から悪口を言われているところ見たことがあった。その時はおとなしくうつむいてしまっていた印象であったが、放送部の活動はとても積極的であった。実は、久米は中学校の頃からアニメオタクということで、一部の女子からいじめられていたのだった。
久米をつれて放送部の3年生の元へ行くが、代わりの生徒を探すようにと言った先輩は、本当は自分が演じたいと思っていた。正也は責任から逃げ出したいだけでそういった発言をしたことを見抜いており、久米が代役になることはなかったが、正也が意見をしたことによって、3年生の先輩達は真剣に制作に取り組むようになった。圭祐や久米も先輩の仕事を手伝いながら、ドラマ作品は時間がない中で当初よりは良い作品になり完成した。ドラマの完成と共に、圭祐と正也と久米は正式に放送部に入部した。
3人が正式に入部するという事で、テレビドキュメント作品とラジオドキュメント作品を作成していた2年生チームと初対目した。2年生チームは目標も高く、どこか緊張感のない3年生チームとはあまりうまくいっていないように圭祐には見えた。
3年生チームは、“テレビドラマ作品は完成しているが、作る予定だったラジオドラマ作品は時間がなく今年はJコンに応募できない”と2年生チームに伝えた。2年生チームは制作の遅れなど責めた。部内にピリピリした空気が流れたが、そこに正也がラジオドラマの制作をしたいと名乗り出た。実は正也は、Jコンのラジオドラマ部門に応募するため既に脚本を書いていた。その話を聞き、圭祐と久米、そして3年生も手伝いラジオドラマを作ろうということになった。
その日の帰り道、1年生3人がファミレスで話をしていると、久米に悪口を言っていた同じクラスの女子が来て、また久米に嫌味を言って帰っていた。その時に久米は中学時代のいじめがきっかけで、スマホを見るのが怖くなってしまい、携帯電話を持っていないということを告白した。その数日後、雅也が脚本として放送部に提出したのは、既に書いていた脚本ではなく、新しく書き上げた「ケンガイ」という作品だった。
「ケンガイ」は久米のいじめ体験を元に書かれたストーリーだった。その脚本を読んだ放送部員は脚本を褒め、最初は冷ややかな態度だった2年生までも一緒に参加したいと言い、放送部全員で作品を作ることになった。その作品で圭祐は主演を演じた。そして、放送部全員で意見を交わし、提出期限ギリギリまで、良いものを作ろうと奮闘した。
そして、「ケンガイ」は地区予選を見事突破し全国大会に出場できることになった。3年生が作ったテレビドラマも、2年生が作ったドキュメンタリー2作も地区予選を通過することができなかった。圭祐は正也がどれほど本気で作品に向き合っていたのかを知っていたので、正也に対して心からの祝福の気持ちを抱いた。しかし、全国大会が開催する東京にいけるのは1作品5名だけであった。これまでの放送部は、全国大会には基本的に3年生が参加していた。3年生の人数は5名で、3年生は自分たちが東京に行けると思って大喜びしていた。その姿を見た2年生は、正也が行かないのはおかしいし、メインを演じた1年生をつれていくべきだと主張し、部内はまたギスギスした空気になった。結果、正也は自分ではなく3年生が行くようにと伝えた。3年生も東京へ行けることに浮かれて何も考えていなかった自分たちを反省し、来年の後輩たちにつながるようにしっかりと準備をして参加することを誓った。
全国大会の選考期間中は作品制作がなかった。ある日、圭祐は陸上部顧問の原島先生と話す機会があった。実は圭祐は足の再手術を行うことになっており、手術をすれば再び走れるようになると言われていた。原島先生は実は、中学の陸上部顧問の村岡先生と親しくしており、圭祐のことも知っていた。原島先生は、手術が終わったら陸上部に入部しないかと圭祐に声をかけた。圭祐は自分に、そんな未来が残っていたことを知り困惑した。そんな中、圭祐は久米をいじめていた女子と話す機会があった。彼女たちの久米への言動をおかしいと思った圭祐は、久米をいじめるような真似はやめるように言った。これまで圭祐であれば言えなかった言葉だったが、「ケンガイ」という作品を作ることで、背中を押されたのだった。
「ケンガイ」が全国大会で準決勝まで進んだという報告があった。正也はその報告を聞いて、東京に行くと言った。先輩たちに東京行きを譲ったが、テストで良い順位をとれば親が遠征費を出してくれるという約束をし、正也はテストで100点を取ったのだった。圭祐は正也の東京行きの日に見送りに行った。そこには久米も来ていた。久米はそこで、正也にいじめられて苦しんでいた自分のために脚本を書いてくれたことに感謝を述べた。そして、圭祐にもクラスメイトの女子から自分をかばってくれたことの礼を言った。久米は2人と「ケンガイ」から勇気をもらい、苦手だったスマホを持てるようになった。
「ケンガイ」の結果を待つ間、圭祐は病院で中学時代の後輩である田中と再会した。そこで末期癌だと聞かされていた田中の父は実は初期の癌であり元気だという話を聞き、圭祐は中学時代の話を聞くために村岡先生を会いにいった。そこで、実は良太の青海学院推薦入学の条件が「県大会に出場させないこと」であったことを知る。青海学院では、将来性のある選手を獲得するため、故障する恐れがある選手には推薦入学させていなかった。村岡先生は良太の将来のことを考えて、また、良太に本当のことを言っても県大会出場を諦めないと考え、田中の父親の病気を口実に選手から外したのだった。
圭祐はそのことを良太に伝えた。良太と面と向かって陸上の話をするのは久しぶりだった。良太は圭祐がまた走れることを知って「陸上部に入るのか?」と聞いた。しかし、圭祐の答えは決まっていた。圭祐は正也から準決勝で落選したと連絡が来た時のことを良太に話した。正也から電話で結果を聞き、圭祐は悔しさで涙があふれた。それまで、「ケンガイ」は正也の作品だと思ってどこか他人事のように感じていたが、実際に敗退を聞き自分も同じように悔しいのだと実感した。電話口で、圭祐と正也は思いのままに悔しい気持ちを叫び続けた。それは陸上部時代にもない経験だった。圭祐は良太に、足が良くなったら走ることは続けたいが、今は放送部で頑張るつもりだと伝えた。良太は最初から答えは分かっていたと言った。
この作品は、怪我で陸上を断念した男子高校生である主人公の町田圭祐が、新たに放送部という舞台で輝ける道を探す青春小説です。湊かなえさんのこれまでの作品は、ミステリー要素が強く、特に「イヤミス」と呼ばれる読んだ後に後味が悪くなるような小説が代表的であったかと思います。しかし、本作は、これまでの湊かなえさんのイメージからガラリと変わった、高校生たちの青春を鮮やかに切り取った爽やかな作品になっています。湊かなえさんの作品の特徴である、登場人物の繊細で丁寧な心理描写が非常によく生きていて、思春期の複雑な気持ちが手に取るようにわかります。高校生の方はもちろん、高校生を過ぎた大人の方も、熱い青春を思い出せるような作品だと思いました。
今作は放送部での話がメインになってくるのですが、放送部の大会の様子が非常にリアルで、放送部の活動をイメージできない人でもすんなりと作品の世界に入ることができます。また、高校生の部活内での人間関係も、自分の高校時代を重ねて「こんなことあったな」と思い出せるくらいリアリティがありました。特に、圭祐が初めて部活の見学に行ったときに3年生の先輩達に感じた、部活内での目標に対する熱量の差のようなものがとても印象的でした。本気で目標を目指す人と、なんとなく楽しくやれればいいと思う人は、形式上同じ目標を持っていても、意識の差が出てしまうものだと感じ、非常にリアルだなと思いました。
また人が何かに一生懸命に打ち込んでいる姿は、ときに人に感染し、その人を動かしていくと感じました。陸上ができないという理由で選んだ放送部の活動に徐々にのめり込んでいく圭祐、正也の強いエネルギーに触発されて徐々に一致団結していく放送部員、そして作品内の登場人物の一生懸命な様子を見て、私自身も心を動かされました。自分も青春時代を思い出しながら、高校生の不器用だけど熱くまっすぐな姿に、勇気を貰える作品だと思います。
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