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2019年9月23日
「スカイローズガーデン」という超高層マンションの一室で、部屋の住人である野口貴弘とその妻・奈央子の死体が発見された。貴弘は頭を殴られて死亡し、奈央子は腹部には包丁が刺さり死亡していた。警察が到着した時にその場にいた関係者は、杉下希美、西崎真人、安藤望、成瀬慎司の4名であった。
杉下と西崎と安藤の3人は「野バラ荘」という古いアパートの住人同士であった。野口夫妻と杉下と安藤の2人は、石垣島に旅行に来ていた時に出会い、旅行後も親しくしていた。しかし突然野口夫婦からの連絡が途絶え、安藤と杉下が様子を見に行くと、奈央子はやせ細り、家からほとんど出ていない様子であった。貴弘によると流産によって体調を崩してしまったのだという。心配した杉下は野口夫妻が好きな「シャルティエ・広田」というレストランに出張サービスがあることを知り、安藤と共に野口夫妻の家でパーティーを企画した。
パーティー当日、杉下は安藤より早めに野口宅を訪れていた。実は、貴弘と安藤はこれまで何度か将棋で戦っており、保留にしていた将棋の対局の続きをこの日行う予定だった。貴弘は将棋の強い杉下だけを早めに呼んで、対局の作戦を練っていた。しかし、予定よりも早く安藤が到着してしまい、貴弘は杉下を残して部屋を後にする。リビングから大きな音がして出てみると、そこには血を流して倒れている貴弘と奈央子、そして「野バラ荘」の住人である西崎が立っていた。
西崎は奈央子と不倫をしており、貴弘から暴力を振るわれている奈央子を助けるために、花屋を装って部屋を訪れたと言う。しかし、貴弘に見つかり、逆上した貴弘は奈央子を包丁で刺し、その光景を見た西崎は貴弘を殴り殺した。そこに部屋のインターホンが鳴り「シャルティエ・広田」の従業員である成瀬が料理を届けにきて警察を呼んだ。警察が来たときに安藤はマンションにあるラウンジで待っていた。
以上が現場にいた4人の証言であり、大きな矛盾点がないことから、西崎は逮捕され懲役10年の実刑判決を受けた。しかし、実際は4名それぞれが秘密を抱えており事件には別の真相があった。
まず1人目の成瀬慎司。
成瀬は杉下と同郷の小さな島で育った。将棋が趣味であった2人は、高校時代から親しくしていた。また、高校卒業後は島を出て東京に行きたいという思いを互いに相談しあっていた。成瀬の実家は料亭を営んでいたが、経営が難しく閉店が決まり、両親はそれを機に離婚してしまった。そんなある日、実家が放火によって燃えてしまう。放火の容疑者として警察から疑われた成瀬であったが、杉下が「成瀬に奨学金の申込書を届けにきたので、成瀬は自分と一緒にいた」と嘘のアリバイを語り、成瀬は警察から疑われることもなく、そして杉下が付いた嘘を証明するように奨学金の申請をし、東京の大学へ進学できることになった。その奨学金制度を杉下も必要としているはずだったのに、成瀬に譲る形になり、成瀬はその後、杉下と会話をすることなく島を出ることになった。
上京した成瀬は大学在学中にアルバイトをしていた「シャルティエ・広田」に就職をした。そして、杉下に会えるかもしれないと思い参加した同窓会で再会を果たした。再会した成瀬と杉下は東京でも連絡を取り合い、成瀬は杉下の家である野バラ荘に呼ばれる。そこには西崎もおり、成瀬は2人から奈央子の救出を手伝ってほしいと依頼される。成瀬は杉下の頼みということもあり了承する。
事件当日、成瀬は予定していた時間通りに、レストランの食事を用意しマンションを訪れる。フロントで待っていると杉下の悲鳴が聞こえ部屋に向かう。そこには野口夫妻の死体があり、貴弘の方は西崎が殺したと証言していた。成瀬は奈央子救出作戦のことは内緒にし、話を合わせると約束し警察に通報した。成瀬は事件の真実は知らないが、10年経った今でも杉下のことを気にしている。
2人目の安藤望。
大学生の時に「野バラ荘」の2階に暮らしていた安藤は、台風で「野バラ荘」の1階に住んでいる杉下と西崎の部屋が浸水してしまい、安藤の部屋に招き入れたことをきっかけに2人と交流をするようになる。最初は自称作家の西崎と、その西崎に共感する杉下のことを自分とは違うタイプだと認識していたが、杉下に将棋を教えてもらううちに親しくなる。また、杉下に誘われたビル清掃のアルバイトが就職活動で役に立ち、希望していた商社に内定をもらう。さらに、杉下に石垣島への旅行にも誘われ、そこで野口夫妻と知り合い、貴弘のいる希望の部署に配属されたため、杉下へは恩を感じていた。杉下に恩返しをしたいと思った安藤は、ビル清掃のアルバイトの際に、杉下がずっと乗りたいと言っていた清掃用のゴンドラに乗せる。ゴンドラには体重制限があったため杉下は乗ることを諦めていたが、安藤のアイデアでダイビング用のウェイトベルトを巻き、ゴンドラに乗ることができた。
安藤は最初は貴弘のことを尊敬していたが、人の手柄を独り占めする人柄を知り、軽蔑し始める。そんな貴弘から安藤は、将棋で五番勝負をして勝てなかったら、安藤を途上国に異動させるという勝負を挑まれその勝負を受ける。四敗してしまい、残る勝負の行方は事件当日に決まる予定であった。安藤は指定時間より早くマンションに着いた。そこで、安藤は花を抱えた西崎の姿を発見し、杉下と西崎が何か企んでいると感じる。自分だけ蚊帳の外だと感じた安藤は、野口家の玄関のチェーンを外からかけた。そして、貴弘に言われた通り、時間までラウンジで待機していた。しかし、貴弘に出会うことなく事件は発生した。
安藤は、10年経った今でも、自分がチェーンをかけたせいで、杉下と西崎が逃げられなかったのではないかと後悔していた。しかし自分以外の3人が共に「チェーンはかかってなかった」と嘘の証言をしており、自分だけが真実を知らなかったことを嘆いていた。安藤は、自分も杉下や西崎と罪を共有したかった、という気持ちを抱えていた。
3人目の杉下希美。
杉下は小さな島にある白いお城のような家で育った。杉下が高校2年生の時、帰宅すると父親から突然、出ていけと言われる。父親は今まで家族のために働いていたが、愛人とこの家で暮らすと言い、杉下と弟の洋介、母親の由紀に山の中にある古い家で暮らせと追い出した。父親は、毎月ギリギリの生活費を振り込むことを約束したが、お嬢様育ちの母親は働きもせず、高級品を買いお金をすぐ使ってしまう。杉下は弟のために父親の愛人に頭を下げ、食べ物を恵んでもらい、必死で生き延びた。
弟を無事、本土の高校に進学させた杉下は、自分も高校卒業後は東京に出ると決めていた。しかし、母親に上京を反対され、杉下の心は次第に病んでいった。そんな時、杉下はクラスメイトの成瀬と仲良くなる。成瀬も実家の料亭に対して、同じ思いを共有していると感じていた。そんな中、成瀬の実家が放火される。杉下が現場に向かうと、燃え上がる実家を見る成瀬がおり、その光景を見た杉下は、自分の父親や母親、愛人も燃え上がるのを感じ、救われた気持ちになった。杉下は成瀬が放火したと考えており、自分を救ってくれた彼のために出来ることは何だろうと考え、嘘のアリバイを語り奨学金の枠を譲った。
その後、自力で上京した杉下は「野バラ荘」という古い家に住み、そこで安藤と西崎に出会い仲良くなる。そんな中「野バラ荘」周辺の土地を、マンション建設のために売って欲しいという話がでる。「野バラ荘」のオーナーは断ったが、立ち退きを要求されるかもしれないという話を知った杉下は西崎に相談し「野バラ荘」を残す道を考える。
西崎が調べると、売買候補の土地を持つ人の中で、資産家の野口喜一郎という人物も反対していることをつきとめる。その資産家には息子がおり、それが野口貴弘であった。杉下と西崎は貴弘と仲良くなれば、立ち退きに反対し続けてもらえるかもしれないと考え、貴弘がボランティアで石垣島に訪れるという情報を知り、杉下は安藤を誘って石垣島へ行った。そこで、杉下は貴弘と交流を持つことに成功した。この計画に安藤を巻き込むと内定に支障が出るかもしれないと懸念し、「野バラ荘」の件は安藤には内緒にしておき、杉下は直接、貴弘に売却の件を相談した。貴弘は安藤に将棋で勝つために協力してくれれば力を貸すと約束してくれ、杉下は了承した。 杉下は貴弘と安藤の将棋対決のプレーンとして貴弘に協力をしていたが、杉下にとって安藤はゴンドラに乗せてずっと見られなかった高い景色を見せてくれた恩人であった。事件当日、杉下は貴弘から五番勝負に安藤が負ければ僻地に異動させられることを聞いた。自分のせいで安藤が飛ばされるのを防ぐため、西崎が訪れるタイミングでわざと貴弘を玄関の方に行かせた。怒った貴弘が西崎に手を挙げることを想定し、傷害罪で逮捕させようとしたのだった。結果として野口夫妻は死亡し、安藤も僻地に行くことになってしまった。
4人目の西崎真人。
西崎は母子家庭に育っていたが、幼少期から「愛している」という理由で母親から虐待を受けていた。しかし、母親のタバコ不始末によって家が火事で燃え、西崎は逃げ出せたものの、母親は火事によって死亡した。離婚して離れていた父の元で暮らすようになるが、周囲から可哀想な子として扱われることで、西崎は自分が虐待されていたことが母親からの愛だと証明するために、「灼熱バード」という小説を書きあげた。主人公に燃やされる鳥を自分の幼少期と重ねて書いた小説であった。
「野バラ荘」で安藤や杉下と交流を持つようになっていた西崎は、ある日、杉下が不在時に「野バラ荘」を訪ねてきた奈央子と出会う。「野バラ荘」を残すために杉下が野口夫妻と出会っていたことを知っていた西崎は、杉下が帰るまでの間と思って奈央子を部屋にあげる。しかし、奈央子から話を聞くうちに奈央子は杉下のことを快く思っておらず、「野バラ荘」のために貴弘と仲良くなっている様子を不倫だと疑っていることがわかる。西崎は貴弘に確認するように伝えると、奈央子は貴弘から暴力を振るわれるのでできないと言った。話を聞いた西崎は奈央子に『灼熱バード』を読ませ心を通わせ、それ以来、奈央子が貴弘に暴力を振るわれるたびに2人は会っていた。
しばらくして奈央子と連絡が取れなくなった西崎は、杉下から奈央子に不倫の噂が流れていること、流産して貴弘から自宅に閉じ込められていることを聞く。西崎は奈央子を助けるために力を貸してほしいと杉下にお願いし、杉下は了承。成瀬の協力も得て、計画を立てた。
西崎が奈央子に連絡をすると、花屋を装って「連れ出して欲しい」と言ってきたので、杉下が企画したパーティーの日に、花屋の恰好をして野口家を訪れた。しかし、西崎が部屋を訪れると、奈央子は貴弘の部屋にいる杉下を「連れ出して欲しい」と言ってきた。実は奈央子は、西崎と杉下が不倫していると勘違いし続けており、その関係を壊すために西崎と関係を持ち杉下を家から出そうとしていたのだった。
混乱した西崎はとりあえず部屋から出ようとするが、玄関には安藤が外からチェーンをかけていたため開かず、その間に部屋から出て来ていた貴弘が西崎の姿を見て殴り掛かってきた。貴弘の後を追って部屋から出てきた杉下も状況を見て困惑するも、花瓶を落とすふりをして注意を引こうとする。すると突然、奈央子は燭台で貴弘の頭を殴り、貴弘は床に倒れた。奈央子は「誰にも貴弘は触らせない」と言い、その後包丁で自分の脇腹を刺し自殺をした。一部始終を見た西崎は、奈央子を人殺しにしないために、自分が貴弘を殺したことにすると杉下に言った。実は西崎は、火事で死んだ母親のことを、見殺しにしたのではないかと罪の意識で苦しんでいた。今回の件で罪を償って、罪悪感から解放されたいと思っていたのだった。こうして、事件は西崎が犯人ということで、真相とは違う形で幕を閉じたのだった。
この作品は、とある夫婦の殺人事件が起きたところから始まります、犯人も捕まって解決したように思えましたが、実は関係者それぞれに隠された真相があって、それぞれに守りたい人がいます。その事件に関わったとされる登場人物1人1人が、その事件に関して証言をしていくという形で進められていきます。それぞれの過去を知っていくと、心に負った傷や過去のトラウマ、どのように事件に関わることになったのかが見えてくるようになっています。
わたしは「Nのために」というタイトルの「N」が誰のことを指すのか考えながら読んでいました。が、登場人物のほとんどの人の頭文字が「N」だということに、終盤になって気づきました。この作品の中で、登場人物のそれぞれが「N」のつく誰かのために、そしてその「N」もまた他の「N」のつく誰かのために、自分よりも誰かのために行動を起こしていました。誰かを守るために、罪を重ね、嘘を重ね、最終的に待っていたものは幸せな結末とは言えないものでしたが、誰かをここまで大切に思える気持ちはうらやましいとさえ思いました。
また、登場人物の過去をたどっていくと、幼少期の親から子への歪んだ愛情についての描写が多くありました。湊かなえさんの描く、人間の恐ろしい部分、弱い部分は、フィクションの世界の中でも非常にリアリティがあって、こんな親がいるのかもしれないという気になり恐怖を感じました。幼少期の経験が、その後の子どもの人生にも大きな影響を与えており、作品の中での結果ではありますが、子ども達もまた、形のちがう愛情を抱えていく様子には、どこか運命的なものを感じました。一見すると歪んだ愛情に見えても、本人は真の愛だと信じているようで、胸が締め付けられるような気持ちになりました。湊かなえさんのミステリー作品には、読了後の後味が悪い、いわゆる「イヤミス」と呼ばれる作品が多いですが、今回の作品はミステリー作品であることは間違いないですが、読了後はとても切ない気持ちになる作品だと思います。(まる)
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