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なぞの転校生/眉村卓のあらすじと読書感想文

2012年9月9日 竹内みちまろ

 『なぞの転校生』(眉村卓)という本をご紹介します。読んだのは、講談社青い鳥文庫収録の2004年初版発行の作品です。『なぞの転校生』が最初に世に出たのは1967年。青い鳥文庫の「まえがき」には「いまの時代から見てどうも具合が悪いなと思ったところは、それなりに手を入れました」と記されています。眉村さんは、読み直しをしながら、「自分と違う人々や自分が考えもしなかったような事柄に対して、人はどうあるべきか」「人間どうしが直接顔を合わせることの重要さ」の2つを考えたとのこと。あらすじと読書感想文をまとめておきたいと思います。

 大阪の有名進学校・阿南中学2年3組の岩田広一は学校の近くにある阿倍野団地に住んでいました。日曜日、何気なく隣の640号室を見ると、名札がかかっており、わずかに開かれた窓の奥には、家具が運び込まれており、人の話声がします。ドアがいきなり開いて、翌日、教室で転校生として紹介されることになる山沢典夫が出てきました。「何か……用ですか?」と尋ねられますが、ギリシャ彫刻のような整った顔立ちや引き締まった筋肉に圧倒され、広一は、動揺してしまいました。我に返った広一が逃げるようにエレベーターに乗ると、何か用事があったのか、典夫もエレベーターに乗り込んできました。しかし、降下を始めたエレベーターが突然ガタンと止まり、真っ暗になりました。広一は停電らしいと思いますが、典夫はポケットライトのようなもので、ドアを溶かし始めました。驚いた広一がやめさせようとしますが、典夫は「ほっといてくれ!」とあえぎながら、レーザーにも似た光の焦点を移動させています。照明がともり、エレベーターは再び降下を始めました。

 月曜日の1時間目の授業の時に、担任の大谷先生から、転校生・山沢典夫が紹介されます。東京から来て、大阪は初めてといいます。クラスのリーダー的存在で人気者の広一の隣席に座っている、広一と仲がよい成績優秀な香川みどりが「へえ! 美少年!」と声をあげます。広一は妙な顔をしていました。昨日のレーザーのようなものを取り出した典夫の狼狽ぶりや、引っ越しの気配がないのに、いつの間にか、家具まで運び込まれていた様子などを考え、「この少年は何者だろう……」という思いがありました。

 典夫は、自分からクラスの輪に入るようなことはしませんが、誘われればついてきました。しかし、典夫の様子がおかしいと、話題になっていきます。卓球が初めてという典夫はラケットの持ち方はへんですが、卓球の達人のみどりを負かし、授業中も教科書を開かずノートもとりませんがどんな質問にも答えてしまいます。秀才で、スポーツ万能、おまけに美男子の典夫はクラスの人気者になり、クラスをリードしてきた広一の影は薄くなるばかり。おまけに、みどりは典夫にあこがれ始めていました。

 しかし、典夫の様子はエスカレートしていきます。クラスで話し合いをするので残ってほしいと言われても、もうすぐ雨が降るから残れないと言い始めました。クラスのメンバーが納得しないと、「あの雨の中には原水爆実験による放射能が含まれている……ぼくは、それがこわいんだ」などと告げます。また、体育祭では、リレーのときに、走者だった典夫が、ジェット機の爆音を聞いて、走っている途中で逃げ出してしまいました。それも、典夫1人だけではなく、典夫と同じ日に転校してきた5人全員が一斉に逃げ出します。5人全員が、スポーツ万能の秀才で、みんなギリシャ彫刻のような顔立ち。そのうえ、小学校や高校を含めた大阪の数校で、同じような転校生による事件が立て続けて発生しており、全員が同じ日に東京から大阪市内へ転居してきていました。この現象は「天才少年少女事件」としてマスコミにも取り上げられ、大騒ぎになり、広一の学校にも、団地にも、マスコミが押し寄せてきます。

 『なぞの転校生』では、印象に残っている場面があります。典夫たちは、「次元放浪民」と呼ばれる一族で、一族が住んでいた「ほんとうの世界は高度に進んだ戦争によって壊滅してしまった」ため、「移動装置を使って別の世界へ飛んだ」といいます。典夫は、クラスのメンバーと仲良くしたかったといいますが、ほかの人たちが受け入れることができない行動をするため孤立していました。その典夫が、「ぼくはたしかに、ジェット機の音におどろいて逃げた……しかし、なぜ、それでなぐられなくちゃならないんです?」「あんなすごい音を聞いて、平気なほうがおかしいんじゃないのか?」と感情を吐露する場面がありました。たしかに、ジェット機の音は驚くのが当たり前、といわれると、はっとしました。また、「理解してくれる可能性のある人には、いつでも真実を見せることにしている」という典夫の父親も、「そう、このD-15世界で、うまくみんなととけあって暮らしていくつもりだったよ。しかし、それがどうも、いろいろ不都合な点が出てきたらしい」とし、広一へ、「はっきりきくが、わたしたちは不適応者かね?」と尋ねます。広一は「とんでもない。」と否定しますが、『なぞの転校生』を読む1人の読者としては、「わたしたちは不適応者かね?」という問いに、答えられませんでした。

 その広一が、別の世界へ行くことにしたという典夫たちの一族に、「理想の世界なんてどこにもないんじゃないでしょうか」と問いかけていたことも印象に残っています。典夫の父親も、「きみのいうことはよくわかる……いや、いい勉強になったよ。」と答えていました。しかし、移動はすでに始まっており、後戻りはできないと言い残し、典夫たちは、別の次元へ移っていきました。

 ストーリーは、「D-26世界」へ行った次元放浪民たちがそこで「“人間狩り”」に遭い、傷つきながら、広一たちのいる世界へ戻ってくることで展開します。最後は、典夫が東京へ転校していくことで終わるのですが、典夫への恋心に自分自身で必死に整理をつけたみどりの姿も立派だと思いました。広一、典夫、みどりの3人が校門を出で、振り返り、早咲きの桜を見上げるラスト・シーンは、出会いと別れというものを浮き彫りにしていると思いました。それぞれが事情を持って生きており、人間は自分の人生を歩まなければならないのですが、だからこそ、人生には出会いと別れというものがあるのだなと思いました。


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