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眠れる美女/川端康成のあらすじと読書感想文

2012年3月13日 竹内みちまろ

眠れる美女/川端康成のあらすじ

 67歳の江口は、仲間に紹介された「眠れる美女」の家を訪れます。8畳と寝部屋の2間しかない、女が薬で眠らされている2階へ上がり、「洋酒はないの?」「寝酒に少しもいけないのかね。」「娘さんは隣りの部屋にいるの?」などと口数多く、うろたえながらも興奮しています。寝室に移ると、裸の女に乳児のにおいを感じ、江口の3人の娘が生んでいるそれぞれの孫の姿を思い浮かべます。「起きないの? 起きないの?」と眠らされている女の方を揺すったり、「眠るかな」と「つぶやかなくてもいいこと」をつぶやいたりするうちに、かつて関係を持ち10年前に死んだと聞いた女のことを思い出したりします。江口は、眠らされている女の横で「眠りの底」に沈み、「幼いようにあまい目ざめ」を迎えます。江口の方を「むいてくれて寝ていた」女の胸を触すと、「江口をみごもる前の江口の母の乳房であるかのような」感触が「腕から肩までつらぬ」きました。

 半月後、再び「眠れる美女」の家を訪れた江口は、前回よりも、うしろめたさ、恥ずかしさ、心そそられるものを増しています。性行為がまだできる江口は「ふん、おれはまだ必ずしも安心出来るお客様じゃないぞ」とつぶやき、「この家に来て侮蔑や屈辱を受けた老人どもの復習」を「この眠らされている女奴隷」に行い、「この家の禁制」を破ろうと思います。しかし、「明らかなきむすめのしるしにさえぎられ」ました。「お母さん。」と寝言を言う娘の声に含まれた「かなしみ」が胸に染みました。江口は、「足で娘の足さきをさぐった」り、「娘の背を抱き、足でも娘をかき寄せた」りします。

 半月のさらに半分ほど日がたったのちの3度目の訪問では、「眠らされた娘の魔力」に魅入らされて来たのか、と自問します。「あどけない少女」が眠らされていて、3年前に神戸のナイト・クラブで知り合い一夜を共にした2人の幼子を持つ女を思い出すなどしているうちに、「若い女の無心な寝顔ほど美しいものはない」と思い、「一度はこのような深い眠りに沈みこんでみたくな」ります。

 時季が変わらぬうちの4度目の訪問では、温かく、そのうえ、「はだがすいつくようになめらかな」娘が眠らされていました。女のうしろにすべりこみ「ああ。」と「ひとりでに」声を出します。「第二夜の妖婦じみた娘」にあやうく禁制を破ろうとしたが、きむすめだったことに驚き自分を抑えてから、「眠れる美女」たちの安心を守ろうと誓っていました。江口は、「可愛いんだな。」とつぶやいて、娘のほほに、自分のほほを合わせました。人間の赤子の幻を首を振って打ち消したりするうちに、「この娘に自分のしるしを残したくなった」江口は、娘の胸に血の色のにじむ跡をつけて、おののきます。

 正月を越え、海荒れの音が響く真冬の夜、5回目の訪問を行います。家の女との会話で、ここで老人が死に運ばれたことを確信した江口は、「きっとその老人は魔界に落ちているよ」などと口にします。色黒で、わきがで、首輪をつけた女と、色白の女が眠らされていました。「眠れる美女」の家にも飽きていた江口は「女は無限だ」と悲しんだり、両腕に娘たちの首を抱いたりします。「最初の女は『母だ。』」とひらめき、江口が17歳のときに江口の手を握りながら血を吐いて死んだ母親を思い出します。「二人の娘にはさまれて寝苦しいのか」、新婚旅行から帰ったら死んだはずの母親が出迎えるエピソードで終わる「悪夢」を見ます。

 4時過ぎに目をさますと、色黒の娘が死んでいました。江口は、ぞっとして、飛び起きて、よろめいて、倒れました。ふるえながら隣室へ行き、家の女を呼びました。女が色黒の女をひきずり出しました。江口が寝室に戻ると、「白い娘のはだがかがやく美しさに横たわって」おり、「ああ。」と眺めます。遠ざかる車の音を聞き、色黒の娘の死体は、かつてここで死んだ老人の死をいんぺいした「あやしげな温泉宿」へ運ばれたのだろうかと思いました。

眠れる美女/川端康成の読書感想文

 「眠れる美女」を読み終えて、耽美的な読後感(例えば谷崎潤一郎の『秘密』など)は感じませんでした。むしろ、死と直面することの恐ろしさや、死の恐怖を自身の生と重ねることの意味の重さを感じました。

 主人公の江口は67歳ですが、男としてもまだ盛んで、何より、いわゆる気持ちが若いです。性行為ができなくなっている老人たちとは違うという思いがあり、江口が「眠れる美女」の家で裸で眠らされている少女の横で思い出すのは、母親と、昔の女のことばかりですが、眠らされている少女を犯してやろうかと考えるほどの血気盛んさを持ち合わせています。

 江口自身、老いを痛感しているわけではなく、さらに、死というものを身に染みて現在の生と重ね合わせたことはないと思いました。「眠りの美女」の家で死に温泉宿に運ばれた老人のことも、憐れんだり、蔑んだりと、どこか自分とは関係のないもののように扱っています。

 しかし、ラスト・シーンで、そんな江口が色黒の娘の死を発見し、慌てふためいていました。ここではじめて、江口は死というものを見たのかもしれないと思います。それまでのクールで、ニヒルな江口からは想像もできないほどのうろたえようが伝わってきました。ただ、少女の死に直面しても、もう一人の少女は引き続き眠らされていて、孤独に一人取り残されたわけではありません。宿の女が、色黒の少女の死をいんぺいする音を冷静に聞いていたりします。江口は、死というものを最後まで自身と重ね合わせることをしていないとも思いました。それゆえに、人間が、死を、自分の生と共有することの重さを実感しました。


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