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2012年4月18日 竹内みちまろ
監督:李相日
製作:2010(日本)
原作:吉田修一
出演:妻夫木聡、深津絵里、岡田将生、満島ひかり他
博多で同僚と3人で鉄板餃子を食べている生保営業の石橋佳乃(満島ひかり)たちは、大学生の「増尾君(岡田将生)」の話題で盛り上がっています。が、同僚の一人は、今ここで増尾君へメールしてみようと、とはしゃぎますが、もう一人は、水を差すようなことばかりを口にします。
佳乃はこれから増尾と会うことになっているようですが、実は、会う約束は出会い系サイトで知り合った長崎の土木作業員の清水祐一(妻夫木聡)としており、祐一からお金を受け取るだけのようです。しかし、待ち合わせ場所へ行くと、祐一の車の反対側に、偶然、増尾の車が止まります。祐一につれない言葉をかけた佳乃は、増尾の車に乗りました。
気分転換がしたかった増尾ですが、ドライブをしているうちに、助手席に座る佳乃に苛立ち始め、峠で、佳乃を車から蹴り出しました。そこに、白い車で、増尾の車のあとをつけていた祐一が来ます。祐一は「大丈夫」と声を掛けますが、佳乃は、「つけてきたわけ」「信じられない」「バカにしないでよ」と取り乱します。祐一は、送るから車に乗れよ、と取り乱す佳乃の腕を半ば強引につかみ、車に乗せようとします。佳乃が、あんたに拉致されて、レイプされそうになったって言ってやる、親戚に弁護士がいる、誰があんたの言うことなんか信じるか、などとわめき始めます。面食らった祐一は恐怖を覚え、よせ、と言いながら佳乃の口を押さえ、そして、のどを押さえました。
佐賀の紳士服店勤務の馬込光代(深津絵里)は、2か月ほど前に出会い系サイトで知り合った祐一へ、メールを送り、佐賀駅で待ち合わせをしました。自信がなさそうにぼそぼそと話す祐一ですが、車の中でいきなり、「ホテル、行かん?」と口にします。部屋に入ると、光代は、へんな感じさっき会ったばかりなのに、と告げます。祐一は「ごめん」とあやまりますが、光代は、女でもそのような気持ちになることはあるよ、とやさしく告げます。祐一が光代を抱きしめました。光代は、通った小学校、中学校、高校が1本の国道沿いにあり、紳士服店も含めて、「あの国道を行ったり来たり」していると話します。「俺も」と祐一。
警察は佳乃殺害事件の犯人を、当初は増尾と想定していましたが、任意同行した増尾から話を聞き、祐一にたどり着きます。祐一は、別れた時に金を渡した光代から、「あたしは本気でメールを送った」「ださかやろ」と金を返されていましたが、「あやまりたくて」、長崎から佐賀の紳士服売り場に来ました。「俺も本気でメールを送った」「本気で誰かと出会いたくて」。光代を家まで送り、いったんは別れます。しかし、祐一の祖母の清水房枝(樹木希林)からの電話で、家に警察が来ていることを知り、光代のもとへ引き返します。理由も告げずに強引に光代を車に乗せました。
イカ料理を出す店で、祐一は、光代へ、佳乃を殺したことを話しました。祐一は、警察署の前で車を止め、光代を残して、自首するために車を出ました。歩き去る祐一へ、光代がクラクションを鳴らします。2人は逃げました。やがて車を捨てて、無人の灯台へ行きます。2人で凍える体を寄せ合って何日か過ごします。祐一は「もうよか」と言います。光代は「どういうこと」「今の私たちにはこの場所だけやん。もう戻る場所とかどこにもなかやん」と返します。祐一の口から出たのは「今、光代とおると苦しゅうなる」「なんでこんな人間なんだろう、俺」。光代は、「ごめんね、何もしてやれんで」。
妹へ公衆電話を掛けていた光代は、警察官に「馬込さんですよね」と声を掛けられ、保護されます。しかし、派出所の窓から逃げて、灯台へ戻りました。やがて警察が突入しますが、祐一は、俺はあんたが考えているような人間ではないと口にし、馬乗りになって光代の首を締めました。突入してきた警察が、光代から祐一を引き離します。
佳乃が殺された現場を訪れた光代は、「あの人」はやっぱり、世間で言われているような悪人なんですよね、とタクシーの運転手に告げました。
「悪人」は見終わって、清水祐一という人間が、なんで光代の首を絞めたのかわかりませんでした。
母親に捨てられ、孤独な少年のまま大人になってしまい、祖母にスカーフをプレゼントしたり、過疎と思える村の老人たちを病院を連れていったりする青年。複雑な関係となっている母親に会うたびに金をせびり、灯台では光代へ、光代と出会うまでは生きているのか死んでいるのかわからなかったと告げていました。佳乃を殺したことも、佳乃が悪いので佳乃は殺されて当然としか思っていなかったことも口にします。しかし、光代と出会って、「なんでこんな人間なんだろう、俺」と、後悔していました。光代と出会う前と後では、祐一は別人になっていました。
ただ、峠で佳乃を車に乗るように誘う場面や、わけも告げずに光代を無理矢理、車に乗せた場面では、祐一は強引、といいますか暴力的という印象も受けました。言葉よりも、体が動いてしまうのかもしれません。
祐一は、灯台で警察に引き離されてもなお、光代へ手を伸ばしていましたが、でもなぜ、光代の首を絞めたのかわかりませんでした。衝動、というものでしょうか。結果として、光代は、事件後、職場に復帰し、おだやかな生活を送っているようです。佳乃の父親の石橋佳男(柄本明)も、地元のタクシー運転手も、光代の顔を見ても、光代が、祐一に「連れ回されていた女」だとは気がつきませんでした。逃亡を助けたり、示唆したりなど、なんらかの刑事責任を問われるようなことにはなっていないようです。そして、光代自身にも、なぜ、祐一が光代の首を絞めたのかわからないようです。世間では、祐一が「悪人」となっているようでした。しかし、光代の表情からは、それだけではわりきれない何かがあるようにも感じられます。
ただ、映画「悪人」は、わからないだけで終わってしまうような作品ではありませんでした。むしろ、なぜ祐一が最後にあのような行動をとったのかがわからないため、それまでに描かれた祐一の孤独や、誰かと本気で出会いたかったという光代の気持ちの純粋さや、峠で佳男が、お前は悪くないと言って、佳乃の幻の頭をなでる場面や、そして、光代が、出会ってやっと幸せになれると思った祐一から離れられなくなる姿などが、かえって鮮明に心に浮かび上がってきました。
あの人が悪人でした、あるいは、祐一はこれこれの理由で光代の首を絞めました、と終わらせてしまうことは映画としてできたのかもしれませんが、「悪人」を見終わって、人間や、人間の行動や、人間の心というものは、例えば「悪人」という言葉ひとつをあてはめて簡単に整理できてしまうものではないのだな、と思いました。深津絵里さん、満島ひかりさんの演技がよかったです。
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