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赤い部屋/江戸川乱歩あらすじと読書感想文

2013年7月12日 竹内みちまろ

赤い部屋のあらすじ

 異常な興奮を求めて、7人の男が「赤い部屋」に集まっていました。そこは真紅の垂れ幕で覆われ、丸テーブルの上にろうそくが灯り、男たちは、深い肘掛け椅子に座っていました。今日の話し手は、新入会員の「T」。「T」は、自身が行っている奇妙な出来事について話し始めます。

 「T」はこれまでに99人の人間を殺してきました。初めは偶然でした。ある夜、家の近所の横丁で、老人を車でひいてしまった男から、「この辺に医者はないか」と尋ねられました。男は狼狽していましたが、「T」は、M医院があると教えます。「T」はそのまま家に帰り寝てしまったのですが、翌日、ふと気になって聞いてみると、老人はM病院の診察室で息を引き取ったとのこと。

 「T」は奇妙な思いに取りつかれました。というのも、M医院は藪医者で、当日も、M医師は長い間意味もなく老人をいじっていただけとのことでした。実は、M医院の反対側の方角の事故現場にもっと近い場所に、Kという立派な外科病院があったのでした。「T」は、なぜ当日、K病院ではなく、M医院を教えたのかわかりませんでした。そして、結果として、自分は、法律に触れることなくして、老人を殺すことに成功したのではないかと思うようになります。また、世の中の人々は悪事は必ず法律で処罰されると信じていますが、法律に触れずに人を殺す方法などいくらでもあることに気が付き、「世の中というものの恐ろしさに戦慄するよりも、そういう罪悪の余地を残しておいてくれた造物主の余裕を、この上もなく愉快に思いました」。

 それから、「T」は、視力を持たない強情な按摩に、わざと冗談めかして、「ソラ危いぞ、左へ寄った、左へ寄った」と声を掛け、「エヘヘヘヘ……ご冗談ばっかり」と右へ寄った按摩を、右にあった下水工事の穴に落として殺しました。小学生をけしかけて、電気が流れている避雷針の針金に小便をかけさせ、感電させて殺しました。海中に岩のある海で友人を飛び込みに誘って殺したりもしました。

 「T」は、「普通の人には想像もつかぬ極悪非道の行ないに違いありません」としながらも、「そういう大罪を犯してまで、のがれたいほどの、ひどいひどい退屈を感じなければならなかったこの私の心持ち、少しはお察しが願いたいのです」といいます。そして、99人の命を奪っておきながら、殺人にも飽きてしまい、最後に自分の命を奪おうとしていると話します。「私は狂人なのでしょうか。あの殺人狂という恐ろしい病人なのでしょうか」と話します。

 「T」がそこまで話すと、給仕の女性が飲み物を持って、「赤い部屋」に入ってきました。女性と顔なじみらしい「T」は、「そうら、うつよ」と言ってピストルを出し、発砲しました。女性は声をあげ、7人の男たちも一斉に立ちあがりました。が、飲み物の器が打ち砕かれただけでした。「T」は、「おもちゃだよ、おもちゃだよ。アハハハ……。花ちゃんまんまと一杯食ったね。ハハハハハ」と狂ったような笑い声をあげました。女性は、「まあ、びっくりした。……それ、おもちゃなの?」「くやしいから、じゃあ、あたしも、うってあげるわ」とピストルを構えます。「T」は、「君にうてるなら、うってごらん」とニヤニヤします。女性が発砲すると、「T」は血を流して倒れました。恐ろしい沈黙が一座を支配します。しかし、「T」は、クックックッと笑い声を出しながら、立ち上がりました。赤いインキを仕込んだ牛の膀胱で作った弾丸といい、それまでに話していた身の上話もすべてウソだと明かします。女性が、部屋の電気のスイッチを入れました。部屋を覆う垂れ幕も、丸テーブルも、肘掛け椅子も、何もかもがすみぼらしく見えました。「赤い部屋」の中には、夢も、幻も、そして影さえもどこを探しても、以前の面影をとどめていませんでした。

赤い部屋の読書感想文

 『赤い部屋』は、読み終えて、「悪意」というものを考えました。「T」の言う「殺人」は、なるほど、法律で罰せられるものではありません。按摩への言葉にしても、事実、按摩の右側に穴があり、「T」は、「左へ避けろ」と言っているので、誰も「T」を疑うことすらしません。しかし、「T」は、「左へ避けろ」と言えば、強情な按摩が右へ行くことをわかった上で、「左へ避けろ」と言っています。客観的には「T」は「悪く」ありませんし、法的に罪に問われることもありません。しかし、「T」には、「悪意」があると思いました。

 この「悪意」というものが人間社会では、やっかいだと思います。「T」のようなケースは論外ですが、「T」のようなケースまでいかなくても、「自分は悪くない」と自分に言い訳をして、「悪意」とまではいかなくても、「後ろめたさ」をまぎらすことが日常生活にはあります。例えば、いじめを見て見ぬふりをすることも、「悪意」があるわけではありませんし、法的に罰せられるわけではありませんが、後ろめたいことです。困っている人を見て、見ぬ振りをするとか、助けを求められて「やっかいごと」だと思ってしまうことも、似ていると思います。

 現代社会は忙しく、人々は心の余裕を失っているとは思いますが、それでも、多くの日本人は、「恥」や「誠」や「良心」などの倫理基準・価値規範を持っています。ふざけ過ぎた「T」は誰からも相手にされなくなるでしょうし、「T」が相手にされないような社会の根底には、「悪意」を憎み、「恥」や「誠」や「良心」を重んじる人々の心が流れていると思います。そういった人々の心は、ひとつ、ひとつは、実際に言葉として発言されたり、わかりやすく現象として表出したりすることはないのかもしれません。ただ、社会を流れる意志の集合体のようなものになって、人間に影響を及ぼすのだと思います。「T」にとっては、何も悪いことをしていなくても、人々は「T」の「悪意」を憎み、その憎まれる「悪意」が「T」へ、法的な影響は及ぼさないまでも社会的に、誰からも相手にされなくなるというような影響を及ぼすのだと思います。

 社会や世の中を作るものは、法律や規範であると同時に、人々の心なのだと思いました。そして、社会を破壊して、文明を衰退させるものは、「悪意」から目を背けたり、「悪意」を憎むことをしなくなったり、そもそも「悪意」というものを理解できない、人間の貧しい心なのかもしれないと思いました。


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