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芋虫/江戸川乱歩あらすじと読書感想文

2013年7月12日 竹内みちまろ

芋虫のあらすじ

 戦争で四肢や、のどや、聴力などを失い、目で訴えるか、鉛筆を口で使って短い言葉を書くか、尻や肩や頭を使って身体を動かすことでしか感情を表現する手段を持たなくなった須永中尉は、上官だった鷲尾少将の計らいで、田舎に引っ込んだ鷲尾少将の家の離れで、30歳の妻・時子といっしょに暮らしています。時子は、負傷の知らせを聞いたとき、まず戦死でなくてよかったとほっとしましたが、須永中尉の姿を見て、「ほんとうに悲しくなって、人目もかまわず、声を上げて泣き出し」ました。新聞は須永中尉の武勲をかき立て、勲等も授与されました。しかし、凱旋騒ぎが収まり、3年以上経った現在では、誰も以前のように須永中尉を見舞わなくなりました。時子に両親はおらず、時子の兄弟は「皆薄情者」でした。

 当初、時子は、須永中尉への献身的な介護を褒められると、「いうにいわれぬ誇らしい快感をもって」、心臓をくすぐられたものでしたが、今では、鷲尾少将から「女房として当たり前のことだと言ってしまえば、それまでじゃが、できないことだ。わしは、まったく感心していますよ」などと言葉を掛けられても、以前のように素直に受け止めることが出来なくなっています。その上、称賛の言葉を恐ろしくさえ思うようになっていました。というのも、時子の中に、「身の毛もよだつ情欲の鬼が素を食って」おり、いきなり須永中尉の上にかがみこんで「接吻の雨」を注いだりするようになっていたからです。

 時子は、須永中尉の目つきを気に掛け、意味を読み取ろうとします。ある時は、須永中尉の中で、性欲に対して軍隊式の倫理観が苦悶の影を落としていると解釈したりします。しかし、「ひどい泣き虫の癖に、妙に弱い者いじめの嗜好を持っていた」時子は、須永中尉の心持ちをいたわるどころか、異常に敏感に、かつ旺盛になっている須永中尉の情欲に、のしかかるように迫っていきました。一方で、真夜中に目を覚ましたとき、須永中尉が天井の一点を見据えていたりすると、ふと、「無気味な感じ」を持ったりします。時子は、「どうせ」などと心の中で須永中尉を卑下することで自分を納得させようとしますが、須永中尉の中に「彼女たちとは違った、もっと別の世界がひらけてきているのかもしれない」「今その別世界を、ああしてさまよっているのかもしれない」などと考えると、時子は「ぞっと」しました。

 2人は、生活の中で、「ほとんど無智と言ってもよかった二人の男女にとっては」、「動物園の檻の中で一生を暮らす二匹のけだもののように」、「肉欲の餓鬼」に成りはててました。時子は、須永中尉を、思いのままにもてあそぶことができる玩具と見なすようになり、自分の中のどこにそのような「いまわしい感情がひそんでいたのか」と考えると、あきれはてて身震いし、ときに発狂しそうになります。しかし、時子は、須永中尉を、須永中尉の意に逆らって責めることが、「もうこの上もない愉悦とさえなって」いました。

 ある時、時子がランプを灯すと、須永中尉は、天井の一点を見つめていました。時子は、「まあ、いつまで考えごとをしているのだろう」「怒ったの? なんだい、その眼」「怒ったってだめよ。あんたは、私の思うままなんだもの」などと声を掛け、いつもの「遊戯」を始めます。しかし、その時は、須永中尉は応じず、大きな眼をいからせて、刺すように時子を見つめます。時子は、「なんだい、こんな眼」と叫びながら、指で、須永中尉の目を、つぶしてしまいました。

 我に返った時子は、医者を呼び、「すみません」と何度も謝り、須永中尉の胸に指で「ユルシテ」と幾度も書き、終日須永中尉につきそいました。しかし、「取り返しのつかぬ罪業と、救われぬ悲愁に、子供のようにすすり上げながら、ただ人が見たくて、世の常の姿を備えた人間が見たくて」、鷲尾少将の母屋へ駆け込みます。鷲尾少将は取り乱す時子へ「ともかく、須永中尉をお見舞いしよう」と声を掛け、離れに向かいます。しかし、2階には誰もいませんでした。須永中尉の枕元の柱に、鉛筆で「ユルス」と書き置きされていました。母屋から人を呼び、提灯の灯りで、須永中尉を捜しました。時子と鷲尾少将は、生い茂る雑草の間を、「もがくように地面を掻きながら」「ジリジリと前進」する須永中尉を見ます。須永中尉は、やがて、古井戸に落ち、地の底から、鈍い水音が響きます。時子は、一匹の芋虫が、わが身の重みで枯れ枝の先から、まっくろな空間へ落ちていく光景を、ふと幻に描きました。

芋虫の読書感想文

 芋虫は読み終えて、いろいろなことを考えました。その中で、作品の中で語られることがなかった須永中尉の思想、言葉を換えれば尊厳というものが一番印象に残りました。

 須永中尉が命を取り留めたのは医学上の「奇蹟」という設定でした。また、須永中尉の食欲と性欲は異常に旺盛になっていたとのこと。

 「芋虫」は、「彼は(=須永中尉)」「彼女は(=時子は)」という3人称で語られますが、語り手はすべての登場人物の心の中まで見据えている「神視点」ではなく、時子の心の中は覗くことはできますが、須永中尉の心を知ることはできないという立場。自然と、物語は、時子に寄り添う形になります。

 しかし、そんな物語の構成が、かえって須永中尉という人物の心を浮き彫りにしていると思いました。時子は、須永中尉を、須永中尉の人権をないがしろにするような存在として見ようとしたりしますが、もちろん時子が心の中で須永中尉がそのような存在であってほしいと(勝手に)望んでしまっているだけで、実際の須永中尉がそうであるわけではありません。

 「芋虫」では、時子が寝ている間、一晩中、天井を見つめていた須永中尉の心は、語られません。が、須永中尉の中にはいろいろな思いが渦巻いていたことは、時子を通して語られる物語からでも伝わってきます。「ユルス」と書き残して、「自決」ともいえる死を選んだ須永中尉は、尊厳を守りたかったのではないかと思いました。物語の根底には、須永中尉にそんな選択をさせた戦争への思いも流れているように感じました。


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