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2011年8月19日 竹内みちまろ
30歳の青年画家が、詩を求めて旅に出ています。出会う人たちを、自然の点景と認識し、能の仕組みや能役者たちの所作に見立て、美が美ではないかを鑑識することに決めました。青年は、そのような流儀を「非人情の旅」と名づけます。
青年は、茶屋で一休みをしました。茶屋の老婆と、源兵衛の話を耳にし、「那古井の嬢様」と「長良の乙女」のことを知ります。「那古井の嬢様」は、京都に好いた人がいましたが親が決めた城下の富豪の男へいったんは嫁ぎましたが、日露戦争の影響で男の勤め先の銀行がつぶれ実家に戻っているようです。源兵衛は、「那古井の嬢様」の城下への輿入れの時に「那古井の嬢様」が乗った馬を引いたそうです。また、「長良の乙女」は伝承の女性で、2人の男から想われて、どちらとも決めることができず、川へ身を投げたそうです。青年は、那古井へ向かいます。
那古井の志保田という宿屋に泊まることにした青年は、夜具の中で句を書きました。青年は、部屋を出ている間に、書き置いておいた句に下の句を書き足した宿のお嬢様・那美に会い、ひかれていきます。しかし、ひかれるといっても、非人情の旅ですので、心を通わせるような交流ではなく、観察しようとします。
青年は、床屋で理髪をしながら主人から志保田の出戻り娘は精神に異常をきたしているという話を聞いたり、那美が通っているという観音寺の住職・大徹に話を聞きに行ったり、観音寺の裏の谷を越えた先にある、先代の志保田のお嬢様が身を投げたという鏡が池へ行き「筒袖(つつそで)を着た男」に会ったりします。
那美は、思索にふける青年の部屋から見える縁側に振り袖姿で出現したり、風呂場から出た青年を待ち構えていたり、「御勉強ですか」と言って青年の部屋を訪れたりします。振り袖姿を見せたのは「山越えをなさった画の先生が、茶店の婆さんにわざわざ御頼みになったそうで御座います」などと、青年が返事に窮することを口にしては、「ホホホホ」と笑います。また、近々身を投げるかもしれないのでその様子をきれいな絵に描いてくれなどとも告げ、青年を翻弄します。
青年は、あてもなく、野山を歩いている時に、那美が、野武士のような男と会っている姿を見かけます。那美から直接、男は那美の元夫で満州に行くことになり、那美に金をもらいに着たことを告げられます。青年は、那美に誘われて、那美の兄の家に立ち寄ります。
青年は、那美、那美の兄、那美の兄の家の老人、荷物を引く源兵衛と共に、出征する那美の兄の家の久一を、「吉田の停車場(ステーション)」まで見送りに行きます。汽車が走り始め、最後の車両が見送りの一行の前を通る時、那美が「名残惜しげに首を出した」野武士と、思わず顔を合わせた場面を目の当たりにしました。野武士の顔はすぐに消えて、那美は茫然として汽車を見送っています。「その茫然のうちには不思議にも今までかつて見たことのない『憐(あわ)れ』が一面に浮いているといい、「それだ! それだ! それが出れば画になりますよ」と那美の肩たたき、「余が胸中の画面はこの咄嗟(とっさ)の際に成就したのである」との一文で、『草枕』は完結します。
『草枕』は、冒頭からしばらく読み進んでから、ストーリーを楽しむ小説ではないことがわかりました。『草枕』は、冒頭からいきなり思索で始まっていますが、けっきょくは、登場人物の動きとしては、青年が旅路を進んでいるだけという感じです。那美が風呂から出た青年に声を掛けた場面では、青年は最初は驚いて返事もできず、那美が青年の背中へ着物をかけるにいたり、ようやく、青年は「これは難有(ありがと)う……」とだけ口にすることができました。それから、文庫本で丸々2ページ以上の分量を使って、青年の思索が語られます。やれ昔から小説家は主人公の容貌を描写することに相場は決まっているだとか、美術家の評によるとギリシャ彫刻の理想はどうなっているだとか、元来は静であるべき大地の一角に陥欠が起こってどうだとかいう観念的な内容です。話の筋を追うならば、那美の様子が少し語られて、青年が那美を「不仕合(ふしあわせ)な女に違ない」と感じただけです。丸々2ページ以上を使ったあと、ようやく青年の行動の描写に移ります。青年は「難有(ありがと)う」と繰り返し、会釈をしたことが語られます。その後、那美の行動が、「ほほほほ」で始まるせりふを含めて文庫本で3行で語られ、その章じたいが終わってしまいます。
『草枕』は、ストーリーを読む小説ではないのだと感じましたが、那美が「御勉強ですか」と言って青年の部屋を訪れた場面で、青年自身の口からも、(筋を読むつもりなら青年は小説を最初から最後まで読むといいますが)「小説なんか初から仕舞まで読む必要はないんです。けれども、どこを読んでも面白いのです」と語られていました。
どこか異世界へ迷い込んだような冒頭から始まった青年の「非人情の旅」。旅の間での出来事はとりとめもないことばかりで、青年は絵を一枚も描かずに、辺りをうろうろして時間をつぶしているだけですが、その旅を、汽車に乗って出発する久一を見送る場面に記載された「汽車の見える所を現実世界と云う」という一行で、一気に展開させ、読者がこれはどういうことだろうと身を乗り出してしまうような結末に持って行ってしまうというストーリー(=筋)は、上手だなあと思いました。
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