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行人/夏目漱石のあらすじと読書感想文

2012年8月17日 竹内みちまろ

行人/夏目漱石のあらすじ

 「友達」:夏、長野二郎は、兄の一郎、一郎の嫁の直、一郎と直の娘・芳江、妹の重、両親、女中の貞と東京で暮らしていますが、大阪・梅田の駅に到着しました。到着するなり、母からいいつけられたとおり、岡田の家へ向かいました。母方の遠縁にあたる岡田は、かつては、二郎の家で書生同様に暮らしてたこともあり、岡田の妻の兼は、二郎の家に仕立物などを持って出入りしていた女性です。

 二郎の大阪旅行には、岡田が持ちこんだ貞の縁談の相手(佐野)に会うという目的と、友人の三沢に会うという目的がありました。二郎は、岡田の妻としての兼に改まって会うと対応がぎくしゃくしてしまいました。また、三沢は数日前に入院しており、二郎はお見舞いに行きますが、三沢は同じ病院に入院している幸薄い女と、かつて三沢の家で縁談を世話した関係から離婚したあとに三沢の家で一時預かっていた女性を重ねていました。離婚した女性は、精神に異常をきたして、死んでいました。

 「兄」:二郎は退院した三沢を見送ったあと、一日違いで、梅田駅に、母と、兄夫婦を迎えに行きました。学者の一郎はかんしゃく持ちの気難しがり屋です。一郎は二郎と2人きりになると、「直は御前に惚てるんじゃないか」と切り出しました。二郎はあっけにとられますが、一郎は「ただ聞きたいのは、もっと奥の奥の底にある御前の感じだ」と引き下がりません。一郎は直とうまくいっていないとのことで、「直の節操を御前に試して貰いたい」と告げ、「二人で和歌山へ行って一晩泊まってくれ」と頼みます。二郎は「下らない」と取り合いませんが、一郎が執拗に食い下がり、お互いに激したのち、二郎と直が2人で日帰りで和歌山へ行き、二郎が「姉さんにとくと腹の中を聞いてみる」ことに落ち着きました。しかし、二郎と直が和歌山へ行くと、暴風雨に遭い、やむをえず、2人は一晩泊まりました。二郎は、一郎に同情や軽蔑の交じった感情を持つようになっており、東京へ帰ったら話すと、詰め寄る一郎をあしらいました。

 「帰ってから」:暴風雨に遭ったのち、二郎たちは、早々に東京へ帰りました。母と直が芳江をかわいがり、陽気な父と、明るい重が軽口を言い合い、一郎は黙って1人で書斎へ退く日々を送るうちに、二郎は、直のことを兄へ報告する必要がなくなったように感じていました。しかし、秋になると、一郎から「この間の問題」を問い詰められました。ただ、二郎は、折を見て話すというような答え方をしました。お重は芳江をかわいがりましたが、直とはそりが合わず、直を「敵(かたき)の様に振舞」います。直はときに冷淡に、ときに小馬鹿にするように重をあしらい、泣きだした重から訴えられると、父は直には何も言わず、翌日に重を三越へ連れていったりします。母は、直が薄情だと心を痛めます。二郎は泣きだした重から「厭に嫂(ねえ)さんの肩ばかり持って……」と当たられたりします。一郎の「額には学者らしい皺が段々深く刻まれ」、一郎は「ますます書物と思索の中に沈んで」いきました。

 秋が深まり、二郎は、自分が家にいることはよくないのではと思うようになりました。一郎からは、「この間の問題」を「空とぼけている」と責められ、「話す機会もなし、又話す必要がない」などと反論するうちにお互いに激高し、夕食以外には顔を合わせなくなりました。二郎は重から「何故兄さんに早くあやまらないのだ」と泣かれ、三沢からは「君がお直さんなどの傍に長く喰付いているから悪いんだ」と言われます。

 二郎は家を出て、下宿暮らしを始めました。二郎は三沢から、一郎の様子がおかしく、「神経衰弱」かもしれないと告げられます。二郎は、結婚する貞のために、家に戻ります。一郎は、「一寸お貞さんに話がある」と貞を連れて2階へ上がりました。「みんな変な顔をし」、直の「唇には著るしい冷笑の影が閃め」きます。一郎と貞は30分ばかり2人きりで話をし、二郎は、普段よりも機嫌良く笑う直の態度の裏に不機嫌を隠そうとする「不自然の努力が強く潜在している事」が「能く解」り、また、戻ってきた貞のまぶたに涙の宿った痕跡を認めたような気がしました。

 「塵労」:冬の彼岸を過ぎたころ、直が突然、二郎の下宿を訪ねて来ました。里の墓参りの帰りに寄ったといい、兄との関係は「どうせ妾(あたし)がこんな馬鹿に生まれたんだから仕方ないわ」などと話します。

 一郎の「神経衰弱」はひどい状態になっているとのことで、二郎は両親と相談し、一郎に旅行を勧めてみることになりました。二郎は兄と親しいHに相談し、Hは一郎に旅行を勧めましたが、いったんは断られました。自分の責任のように気の毒がったHは、夏休みになると、一郎と共に旅行に出ました。二郎は、旅行中の一郎の様子を出来るだけ詳しく書いて知らせて欲しいとHに頼みました。Hは、二郎に、一郎から「思い掛けない宗教観」を聞かされたり、貞のような欲の少ない善良な人間が幸福で自分もああなりたいと聞かされたり、「どんな人の所へ行こうと、嫁に行けば、女は夫のために邪(よこしま)になるのだ」と聞かされたりした話を、知らせてきました。

行人/夏目漱石の読書感想文

 2つめの短編「兄」の個所で、和歌山で暴風雨に遭った二郎と兄嫁の直が宿泊を余儀なくされる個所は、にやにやしてしまいました。えっ、これ漱石の小説だよね? 渡辺淳一の小説じゃないよね? などと一人で突っ込んでしまいました(笑) ストーリーが絶妙です。大正時代という時代背景を考えると、現代のように、男女のあからさまな行為を描くことは難しいのかもしれませんし、兄の妻、あるいは既婚女性との「姦淫」となるとなおさら神経質にならざるをえないと思います。漱石はそういった「タブー」に切り込んだのだなと思いました。大正時代の読者たちが新聞が届くのを毎日楽しみにして、届くやいなや、まっさきに『行人』のページを開いて、穴が空くほど読んでいた様子を思い浮かべてました。倫理というものは大切ですが、エロスというものも魅力的なのかもしれません。

 また、兄嫁の直の小悪魔ぶりも絶妙でした。直は、和歌山で2人きりになったとたん、なれなれしい(というか体裁を気にする必要がなくった)口調になって、「何よ用談があるって」「用があるなら早く仰ゃいな」などと言い始めました。おまけに、「にやにやと笑った」。読んでいるこちらのほうも、にやにやしてしまいました。二郎と直は、大家族の家で暮らしていますが、そんな2人が「直の夫である一郎の意図」の中で、図らずも(?)2人きりで一晩を過ごすことになるという設定が、やはり、絶妙。しかも、暴風雨の中、停電で宿中が真っ暗になり、暗闇の中から、「女帯の擦れる音」が聞こえ、「姉さん何かしているんですか」「着換えようと思って、今帯を解いているところです」。古風なろうそくや、怪しげなカンテラで照らされた禁断(?)の一夜は、大正時代の人たちも、興奮しながら読んだのではと思いました。

 『行人』を読み終えて、漱石は、女性の描き方がうまいなあ、と思いました。直をはじめとし、母は、嫁に気を遣う一方で自分が生んだ子の中で次男の二郎と娘の重には気兼ねなく頼み事をし、同時に、それまでにもよく「変人」ぶりを発揮していたという長男の一郎には影で心を痛めます。茶の間を陽気にさせるが器量はよくない重や、貞、兼なども、個性が伝わってきます。

 『行人』では、二郎の回想が利用されている個所が何回がありますが、基本的には、現在の二郎の一人称の視点で書かれています。人間は日記にも嘘を書く動物ですが、語り手の二郎に、自分を覚めた目で見つめたり、自分を取り繕ったり、自分の語ることがどう周りから評価されるのかを計算に入れるという発想はなく、「私」というものを素直に生きていると思いました。作者である漱石は、そんな語り手である「私」の背中を見ながら、原稿用紙のマス目を埋めているのですが、『行人』に描かれているものは、兄の苦悩だったり、男女(夫婦)関係というものだったり、社会というものだったり、人間はなぜ生きるのかという命題だったり、兄弟の葛藤だったりしますが、同時に、漱石は「私」というものを見つめており、その「私」を見つめる「まなざし」が『こころ』へつながっていくのだなと思いました。


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