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こころ/夏目漱石のあらすじと読書感想文

2012年4月6日 竹内みちまろ

こころ/夏目漱石のあらすじ

 避暑地・鎌倉を訪れた大学生の「私」は、由比が浜で見かけた「先生」に興味を持ちます。言葉を交わすようになりましたが、「先生」の態度はそっけないものでした。回想の物語である本作を語る「語り手の私」は、「先生の亡くなった今日になって、はじめて」、先生は自分を嫌っていたわけではなかったとわかりはじめたと振り返ります。

 鎌倉から東京に戻った「私」は、「先生」の家を尋ねます。「先生」は不在で、「奥さん」から、10分程前に雑司が谷の墓地へ行ったことを告げられます。「私」は墓地へ向かいます。「先生」と会い、帰り道、「先生」は「あそこには私の友だちの墓があるんです」と話しました。「私のようなものが世の中へ出て、口をきいてはすまない」という「先生」は隠棲生活を送っています。

 訪問を繰り返すうちに、「私」は「先生」の家で食卓を共にするようになり、「先生」が「奥さん」へ、「子供はいつまでたったってできっこないよ」と告げます。理由を問う「私」へ、「先生」は「天罰だからさ」と答えました。「奥さん」は、「先生」の大学時代に仲の良い友人がいて、その友人が「変死」してから「先生」が変わってきたと、「私」に話しました。

 「私」は、故郷の母親から、父親が病気だという手紙を受け取りました。「私」は、学課の途中で、田舎に帰ります。父親は、「私」がすぐに帰省したことに満足した様子。東京に帰ってきた「私」に、「先生」が、「君のお父さんが達者なうちに、もらうものはちゃんともらっておくようにしたらどうですか」と告げました。

 大学卒業後、「私」は汽車で故郷へ戻りました。明治天皇が崩御してから父親はふさぎ込むようになり、次第に元気も衰えていきます。父親は「私」に、「おれも肩身が狭いから」と、母親共々、高給な職に就くよう期待します。「私」は東京へ発つ日取りを決めますが、父親が倒れます。「私」は東京へは戻らず、九州から「私」の兄もやって来ました。

 故郷にいる「私」のもとに、「先生」から突然、「ちょっと会いたいが来られるか」という意味の電報が来ました。「私」は父の病状を添えて、できない旨の返電を打ちました。同時に、「かなり長い」手紙を「先生」へ出しました。手紙が届かぬうちに、「先生」から「来ないでもよろしい」という電報が来ました。

 父親は予断を許さない状態となりました。「私」は、「先生」から、目方の相当に重い手紙を受け取ります。その手紙を懐に入れて、「私」はいったん父親の病室に戻りますが、父親がこん睡状態に陥ったあと、自室へ行き、手紙を開封します。1ページ目を読んで、「先生」が自身の過去を記した手紙であることを知ります。続きを読もうとした時、兄から大声で呼ばれ、「私」は父親に最後の瞬間が来たことを覚悟します。

 医者は異変が起きたらすぐに知らせるようにと言い置き、30分ほどで帰りました。「私」は自室に戻り、手紙を読もうとしますが、兄から次に大声で呼ばれたら父親の最後だと思い、落ち着いた気持ちになることができません。「私」は、手紙のページだけをめくりました。ふと、結末に近いところに、「この手紙があなたの手に落ちるころには、私はもうこの世にはいないでしょう。とくに死んでいるでしょう」という文が目に入りました。「私」は手紙をたもとへ投げ込み、父親がもう2、3日もつかどうかを聞くため、医者の家へ駆け込みました。しかし、医者は留守で、「私」はその足で汽車の駅へ行き、母と兄宛に手紙を書き、東京行の汽車に飛び乗りました。「私」は3等車の中で、「先生」の手紙をようやく最初から最後まで読みました。

 「先生」の手紙には、大学生だった「先生」が父親の死後、故郷の叔父に財産をごまかされたこと、叔父とも故郷とも縁が切れたこと、本郷の戦争「未亡人」の家に下宿したこと、下宿先には「お嬢さん」がいて、「先生」は、「未亡人」とも「お嬢さん」とも心を通わせるようになったこと、下宿に、「先生」の子どものころからの友人「K」を誘っていっしょに住むようになったことなどが記されていました。

 「K」は、真宗の僧侶の家の次男で、医者の家へ養子に出されていました。「K」は医者になる道を捨てたため、養家からも、実家からも絶縁され、感傷的になっていきます。そんな「K」から、「私」は、「K」が「お嬢さん」を好いていることを打ち明けられました。「K」に先を越されたとあせった「私」は、「未亡人」に、「お嬢さん」を嫁に下さいと頼みます。その場で、「よござんす、差し上げましょう」と返事されます。「私」は「K」に打ち明けることができませんでしたが、「未亡人」から話を聞いた「K」は自殺しました。

 「K」の死後、「 先生」は「お嬢さん」と結婚しました。しかし、常に恐怖や悔恨に襲われ、隠棲生活を送るようになりました。「先生」は、「私」への手紙に、死ぬと決心したこと書き、「私を生んだ私の過去は、人間の経験の一部分として、私よりほかにだれにも語りうるものはないのですから、それを偽りなく書き残しておく私の努力は、人間を知るうえにおいて、あなたにとっても、ほかの人にとっても、徒労ではなかろうと思います」と記していました。

こころ/夏目漱石の読書感想文

 「こころ」を初めて読んだのは中学生のころだと思います。それから、高校時代、大学時代、社会人になってからと、何度、読み返したかわかりません。読むごとに心に響く作品です。

 今回は、「先生」の自己を見つめる目、に焦点を絞って、感想を書いてみたいと思います。

 「先生」は衝動的に「未亡人」へ「お嬢さん」を嫁に下さいと頼んだのですが、あっけなく「よござんす」という返事をもらい、落ち着かない気持ちになます。「先生」は、外へ出ます。水道橋、猿楽町、神保町、小川町、神田明神、本郷台、小石川をさまよい歩きます。下宿に帰り、「K」の部屋の前を通るときに、ようやく「良心が復活」します。しかし、「先生」は自分から「K」に言いだすことができず、5、6日後に、「K」にことのてんまつを話した「未亡人」から、「道理でわたしが話したら変な顔をしていましたよ」と告げられます。「先生」の心には、『おれは策略で勝っても人間としては負けたのだ』という考えが起こり、「ともかくもあくる日まで待とうと決心した」その晩に「K」が自殺しました。「K」は、遺書に、「お嬢さん」のことを一切書かず、「先生」に不利になることも書きませんでした。遺書を読んで「まず助かった」と思った第一発見者の「先生」は、遺書を、わざと皆の目につくよう、元のとおり、机の上に置きました。「先生」は、冷たくなった「K」によって暗示された運命の恐ろしさを感じたといい、恐怖に怯えます。

 印象に残っている場面があります。「未亡人」の指示で、自殺した「K」の処理が行われ、医者による検視や警察による事情聴取が済みました。翌日、「私」が「K」の部屋に入ると、「K」の枕元に線香が立てられていました。この時、「先生」は「K」の死後はじめて「お嬢さん」の顔を見ます。「お嬢さん」は泣いていました。「未亡人」も目を赤くしていました。

「事件が起こってからそれまで泣くことを忘れていた私は、その時ようやく悲しい気分に誘われることができたのです。私の胸はその悲しさのために、どのくらいくつろいだかしれません。苦痛と恐怖でぐいと握り締められた私の心に、一滴の潤いを与えてくれたのは、その時の悲しさでした」

 歳月が流れた後に手紙を書いている「語り手である先生」は、「悲しんだ私」を、“私は悲しんだ”とは表現せずに、“私は悲しい気分に誘われることができた”と記していたことが印象に残りました。「K」の自殺に直面していた青年だった「先生」は確かに悲しんでいたのだと思いますが、手紙を書いている「先生」は、そんな「悲しんだ私」を、ふかんして回想しているのだと思いました。

 “悲しい気分に誘われた私”はどんな存在なのだろうか、“悲しい気分に誘われた私”ははたして本当に“悲しんだ”のか、そして、“つくろいだ私”とは何なのか、と考えました。

 「悲しい気分に誘われること」と「悲しむこと」は違うと思います。青年だった「先生」は、“私は悲しんだ”と認識していたとしても、あとになって振り返ってみれば、“私は悲しい気分に誘われることができた”だけで、当時の“私”は悲しんだというよりも、くつろいだと感じているのだと思いました。なので、遺書となる長い手紙を書いている「先生」は、“悲しんだ私”ではなく、“悲しい気分に誘われることができた私”や“くつろいだ私”を見つめており、その“悲しい気分に誘われることができた私”や“くつろいだ私”の奥にいる“別の私”や、その“悲しい気分に誘われることができた私”や“くつろいだ私”の奥にある“別の心”を見つめているのかもしれないと感じました。

 今回も、「その時私は明治の精神が天皇に始まって天皇に終ったような気がしました」という一文には感動しました。理屈では説明することができないのですが、人間の心の根っこの部分をぎゅっとつかんでしまう説得力があります。人間は社会的な動物ですが、社会的に生きることを捨てた「先生」の口から、「明治の精神に殉死する」という言葉が出るところに、人間存在というものが表現されていると思います。

 また、「先生」は、当初は「私」に会って話をするつもりでいたのですが、「書いてみると、かえってそのほうが自分をはっきり描き出すことができたような心持ちがしてうれしいのです」と記していました。「自分をはっきり描き出すこと」は、人間にとってどのような意味を持つのか、なぜ「うれしい」のか、また、自分をはっきり描き出した手紙を「あなた」や「ほかの人」へ残すことにはどのような意味があるのかなど、今回も、「こころ」を読み終えて、いろいろな疑問が湧きました。

 「こころ」は、これからも、読み続けると思います。


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