読書感想文のページ > 映画「熊座の淡き星影」
2007年5月23日 竹内みちまろ
「熊座の淡き星影」という映画をご紹介します。監督:ルキノ・ヴィスコンティ(1965年/イタリア)、主演:クラウディア・カルディナーレ、ジャン・ソレル、マイケル・クレイグ、マリー・ベル、レンツォ・リッチ。
「熊座の淡き星影」はジュネーブで開かれたパーティーの場面からはじまります。パーティーの途中でホスト夫妻の妻が流れはじめたセザール・フランクのピアノ曲「前奏曲、コラールとフーガ」を聞いてはっとします。周りは誰も気にもとめません。顔を曇らせてたたずむ妻に夫が「どうした?」と声をかけます。妻の動揺を気づかった夫は「近くで聞こう」と妻の肩を抱きました。老紳士がピアノを弾いていました。誰かに聞いてもらうためではなくて、自分にしか見えない追憶を思い浮かべているかのような弾き方でした。ピアノにひじをついた招待客の女性が「すてきな曲ね」と妻にささやきます。女性は、それ以上は何も言いません。妻は、立ち尽くします。アメリカ人の夫がそっと部屋の向こうへ消えていきます。うしろに映っているサロンの人たちは、みんなおしゃべりに夢中でした。招待客たちは夫妻に「アメリカについたら手紙をちょうだいね」と言って帰っていきました。
パーティーの場面が終わったあとにクレジットタイトルがはじまりました。バックではオープンカーに乗った2人の前に見える風景が映しだされて行きます。近代的な都市から田舎ふうの道に変わり、最後には、妻の故郷のどこか陰鬱な中世風の町に到着しました。夫妻はニューヨークに向かう途中に妻の故郷に寄ったようです。妻の故郷の家は大邸宅でした。アメリカ人の夫がこんなに大きいとは思わなかったと驚いていました。邸宅には誰も住んでおらず、通いの使用人が一人で管理しているようでした。
妻は「庭を散歩しない」と夫を誘います。ジャケットを羽織った夫が階段の向こうにあった扉を開けようとします。ガウンを羽織った妻が反対側の階段から「そこはダメ」と声をかけます。顔を曇らせて、入院するまで母親が使っていた部屋だと告げました。夫が正面の扉を開けました。妻を先に出してあげて自分はあとから出るのかなと思いましたが、パイプをくわえた夫は扉の開き具合を気づかいながらも自分ひとりで外に出てしまいます。夫が外に出ると誰かがいる気配を感じます。妻の顔色が曇ります。妻は何かをたしかめるように庭の奥へとかけていきました。いるはずのない妻の弟がいました。妻と弟は熱く抱擁します。どう見ても恋人の抱擁としか見えませんでした。
夫は(義理の)弟と2人で酒を飲みに出ました。夫は「アメリカとイタリアでは地方の町もずいぶん違う」と感想を口にします。弟はどこか斜に構えたところがありました。弟は「見かけは違うけど田舎はどこも同じ。窮屈な人間関係、いくら遠くへ逃れても、いくら忘れても、戻った瞬間にすべてが蘇る」と言い残します。「熊座の淡き星影」は妻である女性が、現在の時間から故郷で過ごした追憶の時間へと遡り、そこで全てが蘇る物語でした。夫であるアメリカ人は、何でも知りたがることは控えるような誠実な男性に見えました。妻は、故郷に戻ったとたんに人が変わったようになりました。夫は、町の人から冷たい視線を浴びせられる妻の肩を黙って抱きます。でも、故郷の町も、妻の邸宅も、異様な雰囲気に包まれていました。夫は「ここには君から僕を引き離そうとする魔力を感じる」と告げます。早くここを出ようと言いますが、妻は「愛してるわ」と答えるだけでした。
「熊座の淡き星影」は、夫が姉弟の義理の父親を夕食に招待することでクライマックスに向かいました。それなりに事情を知った夫が仲直りの機会を作ったのでした。夕食のテーブルは修羅場となりました。姉弟の実の父親はアウシュビッツで亡くなったようです。姉弟は義理の父親を憎んでいました。義理の父親は姉弟を別々の寄宿学校に入れたようです。詳しい事情は語られませんでしたが、義理の父親なりに2人のためを思った選択のように思えました。弟は、故郷の学校に戻してほしくて薬を飲んで狂言自殺(未遂)をしました。姉は、夫に、私も狂言自殺に協力したのよと嬉しそうにほほ笑んでいました。
仲直りのためのテーブルについても姉は憎しみを浮かべていました。弟は、どこかうしろめたそうな顔をしています。義理の父親が我慢できなくなってしまいました。姉と義理の父親は憎しみをぶつけ合います。姉が自分たちを寄宿学校に入れたことを持ち出すと、義理の父親が狂言自殺までしやがってと応じます。物語が核心に迫ります。義理の父親が、狂言自殺で近親相姦を隠そうとしたんだと口にしてしまいました。アメリカ人の夫は、冷静さを失いました。弟の胸ぐらをつかんで本当かと問い詰めます。弟は下を向くだけです。弟は殴られても否定しませんでした。夫は怒りに我を忘れます。弟は口もとを押さえて逃げ回ります。弟が母親の部屋に逃げ込みました。夫があとを追います。母親の部屋の扉が閉まります。夫があとを追って閉じられた扉の前まで来ました。姉が、閉じられた扉と夫の間に立ちふさがります。
「お願い、弟を追わないで」
閉じられた扉の向こう側は、姉と弟にしか見えない追憶の世界のように思えました。
「熊座の淡き星影」は、クライマックスが美しい映画でした。妻の口から過去が語られます。自分は弟を拒んだこと、でも「あの噂」が自分たちを襲ったこと、誰も自分たちを助けてはくれなかったこと、「あの噂」に襲われるたびに弟との絆が深まったこと、いつしか、弟との関係を誇りに思うようになっていたこと。夫は一人でニューヨークにたちました。
「2人でここにいよう。過去をすべて忘れて」
2人だけになった邸宅で、弟が姉の背中を愛撫します。
「恥ずかしくないの?」
姉は悲痛の表情を浮かべます。
「どうして? 姉さんの気持ちを僕が言ったから?」
姉は耳をふさいで弟から逃げ回ります。
「誘惑に負けそうかい? 姉さんだって本当はわかってるはずだ。不幸な愛を忘れるために修道院に逃げ込む、淫らな欲望を神秘的な愛に見せかける、肉欲を禁じて犠牲者を装う、罪悪感を隠すために苦痛の顔を見せる。孤独で不幸な身の上を嘆き、僕と過去をつなぎ止めるために収容所で死んだ父さんの苦しみも利用する」
弟が姉を抱き寄せます。姉は肩をよじって逃れます。服が破れる音が闇のなかに響きます。
「犠牲者の顔の中に僕への愛情を隠して哀れな女という虚像を作りあげた。この崇高な企みを完成させるために夫まで追い出した」
とうとう弟につかまってしまいました。姉は押し倒されます。
「姉さんは若い」
「可愛い姉さん」
「僕の元へ帰って」
カメラは、母親の部屋にある、かつて2人が秘密のメッセージを残して遊んだ置物をゆっくりととらえていました。弟は追憶の世界へと戻ってしまいました。弟はあのころを取り戻すために、姉の気を引くために、過去を蘇らせるために、母親のタンスの引き出しを開けます。そんな弟を見つめる姉の瞳のなかに炎が宿りました。「熊座の淡き星影」は、クライマックスを迎えます。
何がよくて何が正しいのかはわかりませんが、「熊座の淡き星影」は、未来に生きようとする姉の心のなかに追憶が蘇ってしまう姿がせつなくて美しいと思いました。
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