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サイダーハウス・ルール/ジョン・アーヴィングのあらすじと読書感想文

2004年8月6日 竹内みちまろ

 「サイダーハウス・ルール」(サイダーハウス・ルール/真野明裕訳)は、孤児院で育った少年の物語です。孤児である少年は、社会に順応するためにルールを守り続けて大人になりました。そんな青年が、与えられたルールを破り、自分のルールで生きることを決意して終わる作品でした。

 冒頭で、幼年だった青年が養子として引き取られた家での出来事が語られます。引き取られた家では、兄弟(その家の実子)からいじめられて、身を守ろうとした青年は、大声で泣きわめきました。しかし、泣きわめいたために青年は折檻をされます。その場面では、「ホーマーは、孤児よりも孫のほうが信用されるとは知らなかった」と描写されています。孤児院の外に出てしまえば、孤児である青年には、人生を導いてくれる人は誰ひとりおらず、痛い思いをしながら、世の中のルールをひとつひとつ身をもって覚えていかなければならない運命にあることを伝えています。

 青年のキャラクターは、孤児の特性と重ねあわせて描写されていました。変化を恐れ、きまりきったことを愛し、同じ環境に留まり続けることを望むという孤児の特性は、主に孤児院の院長によって語られています。そして、青年は、院長によって語られた特性を持った孤児でした。青年は、孤児院とサイダーハウス(りんご農園)という限られた場所に40年以上も留まり続けます。また、孤児院を管轄する評議委員会から送られたアンケート用紙を、白紙のまま部屋の壁や洗面台の横に貼り続けたり、りんご農園の規則を毎年貼り出したりします。また、青年の口癖も、きまりきったことを繰り返すという孤児の特性を表していました。相手のセリフをおうむ返しに繰り返して、どんなときでも「right」という返事をします。それは、周囲の人間が露骨に不快感を示したり、耐え切れなくなった人間から殴られたり、ちょん切ってしまいたくて舌をつかまれたりするくらい、何十年も繰り返されます。そんな描写は、役に立つ人間になるにはどうしたらよいのかと考え続ける青年の苦悩を表しているのだと思いました。

 物語は、サイダーハウスで働く労働者の棟梁の娘が、父親である棟梁の子どもを身ごもっていることが発覚する事件によって展開します。事件に直面した青年は、労働者たちは、壁に貼り出されていた規則ではなくて、自分たちのルールで生きていることを知りました。ルールは与えられるのではなくて、自分自身で決めることを知った青年は、人工中絶を行いました。社会に順応するためにルールを守ることの必要性を感じていた青年は、法律で禁止されていた人工中絶を行うことを拒否していました。人工中絶を行うという具体的な行動でもって、自分のルールで生きることを決意した青年の姿を提示することが、本書のメッセージだと思いました。

 孤児である青年には、人生のルールは自分で決めるということを教えてくれる人はいませんでした。だから、十五年間も、サイダーハウスの壁にルールを貼り出してきました。孤児であるという設定が、閉鎖された環境に閉じこもり、ひとりで悩み続ける青年の姿を読者に納得させます。そして、自分のルールで生きることを、(他人から教えられたのではなくて)、自分自身の経験を通してようやく知りえたことにより、ルールを破って人工中絶を行うという行動に、いっそうの重みが与えられています。人間の行動は、社会やモラル、歴史や時代などさまざまなルールに規定されます。けれど、それでもなお、良心や正義が欲しいから、人間はルールを破り、そして、行動するのだと思いました。

 本書を原作とする映画「サイダーハウス・ルール」も大ヒットしました。そして、全米に中絶論争を巻き起こしました。しかし、作者が描きたかったのは、中絶の是非や、宗教の問題ではなくて、目の前にある現実に立ち向かった一人の孤児の生きざまではないかと思いました。


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