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県庁おもてなし課/有川浩のあらすじと読書感想文

2012年9月24日 竹内みちまろ

県庁おもてなし課のあらすじ

 高知県庁観光部に、掛水史貴(25歳)、下元邦宏(40歳)、近森(掛水の2年先輩)はじめ12名の「おもてなし課」が発足しました。発足から1か月後、効率の悪い会議の中で、掛水が、県出身の芸能人や、スポーツ選手や、文化人などを『観光特使』に任命し県の魅力をPRしてもらったらどうかと提案。特使に渡す『特使名刺』には県外の人を対象にした高知城や郷土資料館などの観光名所の無料クーポン券を印刷し、無期限とすることなどが暫定案として決定されました。課員はようやく始動した企画に張り切り、掛水は著名人に何人も打診し、おおむね引き受けてくれるという返事を貰いました。

 そんなおり、高知県出身の有名作家・吉門喬介(よしかど・きょうすけ/28歳)から、「企画の趣旨が今ひとつ理解しづらいので電話でご説明を伺えますか?」というメールが、掛水のパソコンに舞い込んできました。さっそくメールに記載された番号へ電話をかけると、眠たそうなかれた声の「あー。ハイ、俺……じゃねぇや、私、です」という返事が聞こえました。吉門が問い糾すと、『おもてなし課』というネーミングがクリーンヒットな以外はまったくダメで、おもてなし課自体が売り出そうとしている高知県の個性をまったく把握していない、計画が何も無い、配布するという「特使名刺」の具体的な活用方法のビジョンすらないというお粗末なものでした。しかし、端的な言葉で特使制度に独創性と実効性がないことを指摘した吉門ですが、「『だからお役所は』って言われんの」という言葉すら投げかけながら、なぜか、観光特使は引き受けました。

 吉門からのダメ出しがあってから、おもてなし課では、掛水が声をあげて、アイデアを出し合い、観光施設への交渉を始めました。著名人に観光特使を引き受けて貰った時点では、観光施設からの了解は得ていなかったのですが、「観光発展のための企画なのに、観光のために造られた施設が何故協力しないのか」といらだつだけで、難色を示す観光施設を説得するために、一年間の有効期限をつけることでようやく了解を得ました。特使名刺の印刷に入ります。しかし、約1か月後、吉門から、観光特使を引き受けてから約1か月間、何も連絡がないがこの話は流れたのか、と問い合わせが入ります。世間では1か月間連絡が無ければ話は流れたということで、また、世間で一番コストが高く貴重なものは時間なのだ! と怒鳴られます。コスト意識、スピード感をはじめとする民間感覚と、おもてなし課の意識がかけ離れていることをどやされ、さらに、名刺が届いてから、「年度末になったら絶対ほかの特使から苦情が来るよ」(年度末になったら配れない、渡した相手から有効期限があることを指摘されて返答に困る……など)と指摘されます。「名前貸した人たち、俺も含めてがっかりさせないでくれよ」と激励(?)を受けます。

 1年後の年度末、100人以上に増やした観光特使たちから、吉門が予言した通りの苦情がきました。掛水は、ここではじめて、自発的に吉門へ電話をします。約一年がたっているのに、吉門は「ああ、はい」とすんなり答え、掛水は吉門に助言を乞いました。吉門はあきれながらも、おもてなし課に一人、外部の人間をスタッフとして入れること、それから、約20年前に高知県庁職員が唱えた『パンダ誘致論』を調べてみたら? と告げました。

 新年度が始まったおもてなし課は、総務でアルバイトをしていて契約の更新がなかった(失業することが確定していた)明神多紀(たき/22歳)を、掛水のアシスタント的なポジションで採用し、巻き返しをはかります。掛水は、『パンダ誘致論』を熱烈に提案し、そして、辞職に追い込まれたという元県庁職員の清遠和政を探しました。

 『県庁おもてなし課』のストーリーは、清遠が観光コンサルタントとしておもてなし課に「高知県まるごとレジャーランド化計画」を売り込み、おもてなし課のメンバーが、計画の実行へ向けて取り組むことで展開します。当初は「県庁ルール」の発想で動いていた近森なども「民間感覚」を身に付け、特に、おもてなし課を題材に新聞の連載小説を書くため和政と佐和がやっている旅館「きよとう」に逗留することになった吉門に「あの人は人物だぞ」といわしめた課長の下元がリーダーシップと調整能力を発揮します。吉門はかつて、「連れ子持ち子同士の再婚」(=吉門の実母の再婚)によって、政和と佐和とは家族でした。

 和政と吉門を援軍に加えたおもてなし課は士気があがり、和政は掛水と多紀の2人を、高知県内の穴場、レジャースポットに連れ出します。交通の便が悪く標識も不案内ですが、愛好家が圏外から通ってくるという明神山スカイパークでパラグライダーに挑戦した掛水は、施設は作れるが土地は作れないことを理解し、高知県には、手つかずの山も、日本一の清流といわれる川も、ホエールウォッチングに最適な海もそろっていることを実感しました。

 しかし、「高知県まるごとレジャーランド化計画」が進み始めたころ、和政の採用に入札が行われていないなどと指摘する声が県庁や議員らからあがってきました。20年前に和政を干し続けた人たちや、見て見ぬふりをしていた人たちのようです。和政も、吉門も、予想していたことで、和政は身を引きました。しかし、和政の娘の佐和がおもてなし課に乗りこんできます。父親をどこまでないがしろにするのだ/うちの家族がどれだけ苦労したかわかるか/だから県庁は、などと剣幕をはります。そのころには、和政、吉門から信頼を得ていた掛水と多紀が佐和をなだめました。

 和政がいなくなってから、掛水と多紀は、和政の言葉を思い出し、2人で秘境の観光地として成功している馬路村を訪れ宿泊します。掛水は、馬路村の人々が「おもてなしマインド」を持っていることに気が付き、夜、多紀とキスしました。掛水と多紀のコンビは「高知県まるごとレジャーランド化計画」への情熱を失わず、多紀は掛水へ信頼を寄せ、引き続きおもてなし課に顔を出していた吉門は、掛水が急にカッコよくなったとすねてしまうほどでした。その吉門は、血がつながっていないかつての妹である佐和へ「好きや」と告白し、和政へ「あんたの娘を俺にくれ」と告げました。

 「高知県まるごとレジャーランド化計画」は会議室での構想は進んでいました。おもてなし課のメンバーがもともと得意であった省内での調整や予算の獲得も進んでいます。しかし、具体的な実績としては何もない状態でした。掛水が、高知県の公式ガイドブック制作を提案しました。

「でも、公式ガイドを作ることで『レジャーランド』のイメージが簡単に具体化します。未完成の地域も『ただいま工事中』ってことになります。金かけて施設が整うのを待たんでも、公式ガイドを作ってしまえば、もう明日からでも『工事中につき一部開園のレジャーランド』です。こんなもんは言うたもん勝ちです」

 吉門と知り合う前は「県庁ルール」しか知らなかった掛水ですが、「こんなもんは言うたもん勝ちです」との言葉が出るほど、たくましく成長していました。結局、公式ガイドブックは関係者たちを納得させるため、県出身の有名芸能人の顔が埋もれてしまうほど表紙に細かい写真を貼り付ける出来栄えにまとまってしまいました。吉門も、コンビニに並べられていた公式ガイドブックが、市販雑誌に埋もれていたとあきれます。しかし、公式ガイドブックのほうは妥協の産物となってしまいましたが、別に作ったパンフレットにはおもてなし課の意気込みを繁栄させました。デザイン事務所に聞きに行って勉強した余白も効果的に使い、温かみを出す手書きのフォントで、「レジャーランド化計画」と「おもてなしマインド」をPRするものでした。吉門も目を見張りました。

 おもてなし課が発足してから2年。公式ガイドブックの製作という、これから展開する「レジャーランド化計画」の足がかりを、おもてなし課は完成させることができました。そしてようやく、掛水は、多紀のことを、「明神さん」ではなく、「多紀ちゃん」と呼ぶことができました。

県庁おもてなし課の読書感想文

 『県庁おもてなし課』は読み終えていろいろな感想がわきましたが、今回は、「かっこよさ」について書いてみたいと思います。

 吉門と知り合ったころの掛水は、「グダグダ」で、(民間感覚から見れば)自他共に認めるかっこ悪い存在でした。吉門は、掛水のことをお坊ちゃんで苦労してなさそうと言いますが、掛水は、大学を出てそのまま県庁に就職しているので、民間の感覚を身に付けておらず(というか吉門と知り合うまでは身に付ける必要がなく)、県庁で仕事をしていました。そんな掛水は、仕事が見つからないアルバイトの多紀からみれば「エリート」なのですが、掛水自身は、自分のことをエリートだとは思っていません。というか、掛水には周りから自分がどう見られているのかや、自分のポジションが自分自身という「個」の存在から切り離して、社会一般から見た場合にどのくらいのものなのかを考えるという発想を持っていませんでした。

 そんな掛水は、吉門と知り合い、こてんぱんにダメ出しをされ、しかしそれでもめげずに吉門に食らいつき、吉門に頭を下げて教えを乞います。そんなときの掛水の思考回路は、ここで頭を下げた方が交渉が有利になるだとか、下げたくないけど給料をもらっているから仕方がないだとか、なんだかんだいって自分を納得させるというようなことは考えません。自分が「グダグダ」なので頭を下げるしかないと純粋に考えていました。また、佐和からバケツで水をぶっかけられたり、平手打ちをくらった時も、周りを見て状況を考えることはせずに、自分の感情のままに、佐和にくらいつき、佐和を追いかけます。

 掛水もおもてなし課に入る前に、「だから県庁はだめなんだ」くらいのことは聞いていたかもしれません。しかし、それを実感したことはなく(というか実感する必要がなく)、吉門と知り合い、おもてない課としての仕事を進める上で始めて、今のままではダメなのだと気がついたのだと思います。県庁の職員としては、ダメだからといって首になったり、給料が下がったりするわけではないと思いますが、掛水は、そんなことは考えません。自分が今のままでダメだと思ったら、真っ直ぐに「ダメでなくなるようになる」ために突進します。「ダメでない自分になるため」という発想も持っておらず、掛水の中に、自分の意識と存在との乖離はありません。

 掛水は最後には、すねた吉門からからまれるくらいに「かっこよく」なって、急に吉門にため口をきいたりしますが、そこも感情がストレートに出ていて、すがすがしかったです。そして、掛水が恋をする多紀は、掛水よりも就職先が見つからないという苦労をしている分、いろいろなことを考えます。が、あまり口には出しません。そして、掛水への恋に関しては、打算はなく、また、周りの目を気にするようなこともしません。恋する乙女の純真な気持ちのままに、掛水に付いていきます。

 最近は、「勝ち組」「負け組」「正社員」「派遣」「アルバイト」「アラサー」「アラフォー」「何とかガール」「(フェイスブック)男子」「(ミクシー)女子」などの言葉が氾濫しています。「玉の輿」「セレブ」「逆玉」「婚活」などの言葉もそうですが、それらは、人間を社会的に見た場合に、確率と統計や、平均などの観点からどうであるのかを表す一種の記号でしかなく、本人が真っ直ぐに生きていれば、どうでもいいことかもしれません。掛水も、多紀も、また、吉門も、佐和も、そういった言葉を追いかけたり、言葉に自分を当てはめて相対的に満足したりするような人間ではなくて、自分と自分の目の前にある現実世界に対して真っ直ぐに生きています。地に足をつけて生きているともいえると思いますが、斜に構えたり、クールになったりして、それでいて、自分と自分の目の前にある現実世界からは乖離してしまうような小説や登場人物たちが多い気がする現代社会の中で、『県庁おもてなし課』には、すがすがしさを感じました。『県庁おもてなし課』の一番の魅力は、登場人物たちの純粋さだと思いました。


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