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花芯/瀬戸内寂聴のあらすじと読書感想文

2016年5月2日 竹内みちまろ

花芯のあらすじ(ネタバレ)

 不良少女のレッテルを貼られた古川園子は、終戦の翌年、数え年20歳(満年齢では18歳〜19歳程度)の時、脳溢血で倒れた父親の枕元で雨宮と祝言をあげた。園子の父親と雨宮の母親はいとこ同士で、昔、園子の母親が雨宮の母親から園子の父親を奪ったという。雨宮は高等学校に入る前から園子の家に引き取られ、秀才型の美少年だった。園子が小学6年生の頃から、2人はいいなずけと言われた。

 覚めていた園子にとって雨宮との結婚は日常の決められた出来事のようなことだった。父親に寵愛されて育った園子は、父親のいなくなる家で母親と妹の蓉子と一緒に暮らすよりも、H電線に就職していた雨宮と結婚し、東京で暮らす道を選んだのだった。

 結婚してすぐ、園子は長男の誠を妊娠し、3年が過ぎた。

 雨宮が京都支店に転勤になった。

 京都では、支店長代理の越智泰範が、住宅を用意をして待っていた。園子たちが住む家は、越智が離れの洋館を借りている北林未亡人の家の隣にある北林未亡人のアパートに用意されていた。

 北林未亡人は、園子の母親よりも年上で、越智よりも20も年上だった。越智が学生だった頃から越智をたらしこみ、縁談を片っ端からぶち壊し、自殺騒ぎを起こすなどして越智と別れないという。独身の越智は、社長と姻戚関係にある支店長の会計上の秘密をいくつか握っていた。

 引っ越しの荷物で散らかったアパートの部屋で、園子と越智は見つめ合った。園子の体の奥のどこかで何かがかすかな音を立てて崩れた。越智はどこかを針で刺されたような表情をし、園子は恋に落ちた。

 園子は、恋に身を焦がし始めた。園子は、それまでの自分がどれほど孤独で虚しく生きてきたのかを悟った。

 ある明け方、園子は越智の夢を見てうなされた。雨宮から「うなされていたよ」と声を掛けられた。雨宮は園子を引き寄せた。園子もいつものように営みに応じようとしたが、「けれども、そのすぐ後で、私の全細胞が私を裏ぎった」。園子は嘔吐感に襲われ、雨宮を無意識に突きのけた。

 園子は、「越智への恋情が、生理的に雨宮の肉体を拒否したのかと、さすがに愕然とした」。園子は不安を自分ひとりだけで抱えていくことができず、つい、「越智さんが好きになってしまったの。こんな気持はじめてなの」と口にしてしまった。

 雨宮は、園子が初めから雨宮への愛を持っていなかったことを信じようとせず、園子に暴力を振るうようになった。

 雨宮の仕事中、アパートの1階に住む正田という美術学校の学生が園子にモデルになってほしいと部屋に来て、園子に襲い掛かり、園子に突き飛ばされると、その晩に薬を飲んで自殺を計った。一命は取り留めたものの、アパート中の同情が正田に集まった。雨宮と園子の母親が相談した結果、園子が病気療養の名目で、実家に戻された。

 園子は自宅から外に出してもらえなかったが、女癖の悪かった園子の父親と懇意にしていた芸者の友奴のはからいで、家を抜け出し、汽車で11時間かけてやってきた越智と、友奴の家で4時間だけ密会した。

 およそ20日後、園子と越智は、箱根の温泉に出掛けた。園子は急に胃痙攣を起こして寝込んだ。越智がかいがいしく看病した。越智と温泉ですごした4日間だけ「私の恋は生きていた」。「その後二ケ月を経て、越智とはじめて肉体的に結ばれた時、私の恋は終わったのだ」。

 園子は家を出た。東京へ行き、友奴の娘の留美子の家に行った。園子は、留美子の世話で、銀座の帽子店に勤めた。帽子店のオーナーであるマダムの本職はコールガールの斡旋だった。園子は、報酬無しで指定された男と1度だけの交わりをするようになった。

 園子と越智との関係は続いていた。園子は、遊び慣れた60歳を超えた男から、「かんぺきな……しょうふ……」と言われた。園子は、男から、ためらわずに金を取るようになった。雨宮と蓉子が結婚したという話を聞いても、園子にとっては無縁の世界での出来事だった。

 そんな園子にも、人知れぬ怖れがあった。

「私が死んで焼かれたあと、白いかぼそい骨のかげに、私の子宮だけが、ぶすぶすと悪臭を放ち、焼けのこるのではあるまいか」

花芯の読書感想文(ネタバレ)

 「花芯」を読み終えて、園子は悲しい女性だと思いました。

 園子は、父親が女を作るたびに母親が逆上して地団太を踏んで悔しがるくせに母親はさりげない微笑みを浮かべて父親を女の元へ送り出すというような家庭環境に生まれ育ちました。雨宮の母親は目先の変わった新興宗教に凝り固まっているような人物とのことで、「偽物の友情を、負けず劣らず披露しあう二人(=園子の母親と雨宮の母親)の愚劣さが、私にはがまんならなかった」と記されています。

 園子は女学校で友達ができない一方で、不良少年の3人グループの全員にキスや愛撫を許し、若い教師からのキスや愛撫も受け容れたりします。「孤独は、そのころから、すでに私の皮膚であった」とも。

 妊娠中、馴染みの八百屋に人だかりができる中、若い主婦が生後1か月ほどの赤ちゃんを抱いており、初老の主婦から「ね、かわいいでしょ」と声を掛けられた園子は「いいえ」と答えます。「まわりがしんとなった」と記されていました。

 園子は、純粋なのだと思いました。また、物事や所作や言葉の裏にある本質や本音や欺瞞というものが、見えてしまうのだと思いました。そして、見えてしまう人間の醜さとでもいうものと折り合いを付けることができずに嫌悪する一方、どこかにあると思っている本質や真実などというものを探していたのかもしれないと思います。

 妊娠中の園子は、ひどい悪阻に襲われます。「詩人も顔負けの、言語敏感症患者であった」といい、「人の言葉の嘘や醜さにいちいち噎(むせ)返り、食物を嘔吐してしまう。じぶんで何かしゃべろうとすれば、自分じしんの言葉がみつからず、私は溢れてくる想いに噎せ、吐くものもないせつない嘔吐を繰返す」とありました。

 ラストシーン近くで、遊び慣れた60歳くらいの老紳士は、園子に、以下のように告げました。

「きみのこんな女らしさ、女の完璧さは、私のように、人生のほとんど終りに近づいた者の目には、怪しくみえるより、痛々しい……。きみはおそらく、きみの恵まれた稀有な官能に、身を滅ぼされるよ。それが私には見える。それだけに、きみがいじらしくてどうしてあげてよいかわからないのだ」

 老紳士の言葉は「女らしさ」や「官能」についての言葉でしたが、それはそのまま、園子の「純粋さ」や「心」についても当てはまるのかもしれないと思います。

 例えば、「女らしさ」や「官能」を、「純粋さ」や「心」に置き換えて体裁を整ると、以下のようになります。

「きみのこんな“純粋さ”、“純粋さ”の完璧さは、私のように、人生のほとんど終りに近づいた者の目には、怪しくみえるより、痛々しい……。きみはおそらく、きみの恵まれた稀有な“心”に、身を滅ぼされるよ。それが私には見える。それだけに、きみがいじらしくてどうしてあげてよいかわからないのだ」

 遊び慣れた初老の男だったら、人間の本質とでもいうものが「見えて」しまっても、それを自分でコントロールして、折り合いを付けて生きてくことができると思います。

 しかし、園子は、世間や社会などというものと折り合いを付けて生きていくことが出来なかったのではないかと思いました。

 「花芯」は、園子の「官能」について描いた物語であると同時に、心が純粋すぎて痛々しく生きることしかできない園子の悲しさを描いた物語なのかもしれないと感じました。


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