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ノルウェイの森|永沢とハツミ

2011年9月4日 竹内みちまろ

 小説『ノルウェイの森』の主人公ワタナベは、1968年春から1970年春までの2年間、寮生活を送ります。永沢は、その寮にいた2学年上の上級生で東大の法学部に通っています。今回は、永沢について考えてみたいと思います。

 永沢は、当時のワタナベ(『ノルウェイの森』という小説はメインの内容が回想になっています)の周りにいた人物で唯一、小説『グレート・ギャツビイ』(フィッツジェラルド)を読んだことがあり、そのことがきっかけで、ワタナベは永沢と親しくなります。『グレート・ギャツビイ』はワタナベにとって「最高の小説」でした。

 ワタナベと永沢が親しくなった出来事の詳細は、ある日、ワタナベが寮の食堂で『グレート・ギャツビイ』を読んでいると、永沢が隣に座ってきて、「『グレート・ギャツビイ』を三回読む男なら俺と友だちになれそうだな」と言います。ワタナベはいつも本を読んでいて、寮の周りの連中はワタナベが作家になりたいのだと思っていたといいますが、永沢はそのワタナベ「なんかはるかに及ばないくらいの読書家」でした。永沢は、原則として死後30年をへていない作家の本を手に取ろうとせず、「そういう本しか俺は信用しない」という人物。ワタナベは、フィッツジェラルドが死んでからまだ28年しか経っていないと言いますが、永沢は「構うもんか、二年くらい」。しかし。永沢が古典小説の読書家であることは寮では知られていなくて、永沢は、公務員試験を受けて外務省に入り、外交官になろうとしていました。

 永沢は、誰もが一目見ただけで「この男は特別な存在なんだ」と思うオーラを持っていたことが語られます。しかし、永沢は、相反する特質をきわめて極端な形で持ち合わせており、ある時は感動するほど優しく、ある時は恐ろしく底意地が悪くなったり、びっくりするほどの高貴な精神を持つ反面、どうしようもない俗物だそうです。ワタナベは、「この男にだけは何があっても心を許すまいと決心した」とあります。永沢は1年生の時に、新入生と上級生の右翼の学生たちがもめ、新入生代表として話をつけるために上級生のもとへ行き、大きなナメクジを3匹、飲んでいました。

 ワタナベと永沢は、永沢の誘いで女の子と遊びにいったり、永沢がワタナベの外泊許可の手伝いをしたりなどの関係でした。永沢には「大学に入ったときからつきあっているちゃんとした恋人」であるハツミがいて、ハツミは、平凡な外見でしたが、「少し話をすると誰もが彼女に交感を持たないわけにはいかなかった」女の子でした。ハツミは永沢のことを真剣に愛していて、それでいて永沢に何ひとつ押しつけず、ワタナベは、永沢の「俺にはもったいない女だよ」という言葉に、同意していました。

 外務公務員採用一種試験に合格した永沢から誘われ、永沢、ハツミ、ワタナベの3人でレストランに行く場面がありました。ワタナベは遠慮しようとしますが、永沢は「お前がいてくれた方が楽なんだよ。その方が俺もハツミも」と言います。酔った永沢は、ハツミの言葉尻を捉えては、ワタナベと女の子を取り替えっこした話などを切り出します。ワタナベは、今夜の永沢の意地悪さはハツミへ向けられていることを感じます。永沢は、ハツミに、「君と三年つきあっていて、しかもそのあいだけっこう他の女と寝てきた」などと言い始めます。永沢は「ただのゲームだ。誰も傷つかない」と言いますが、ハツミは「私は傷ついてる」と言います。永沢は、自分とワタナベは本質的には自分にしか興味が持てない人間で、2人とも自分のことを他人に理解してほしいと思っていないなどと話します。

(ハツミ)「でも私に恋してはいないのね?」
(永沢)「だから君は僕のシステムを――」
(ハツミ・怒鳴る)「システムなんてどうでもいいわよ!」

 というところでお開きへ向かい、ワタナベがハツミを送ることになり、2人でビリヤードをして、既に負って包帯をしていたワタナベの傷の手当てのために、ワタナベはハツミの部屋へ行きました。永沢は、ワタナベは自分と同じで心の底から誰かを愛することができず、いつもどこか覚めていて、そしてただ乾きがあると言いましたが、ワタナベは、永沢と話をしていると「時々自分が同じところを堂々めぐりしているような気分になることがあるんです」とハツミに告げます。自分のことを馬鹿で古風な女というハツミは、永沢と結婚して、毎晩抱かれて、子どもを生めればそれでいいと言います。

 ハツミはここで物語から消えますが、語り手である37歳のワタナベによってその後の姿が手短に語られます。ハツミは永沢とは別の男と結婚して、「――多くの僕の知りあいがそうしたように――人生のある段階が来ると、ふと思いついたみたいに自らの生命を絶った」そうです。ワタナベが、ハツミがワタナベの中の、そんなものが自分の中に存在していたことさえ忘れていた「少年期の憧憬のようなもの」を揺り動かしていたことに気がついたのは「十二年か十三年あとのことだった」とのこと。

 話が戻って、ワタナベが2年から3年になり、永沢が大学を卒業して寮を出て行く時、永沢はワタナベに、「自分に同情するな」「自分に同情するのは下劣な人間のやることだ」と忠告します。2人は握手をして別れました。

 ハツミの魅力は外見ではなく、内面にあると思いました。かわいいから好きなのではなく、好きだからかわいく見えるタイプの女の子かもしれません。思いやりがあって、一途で、ただ愛されることだけを願って、そんな自分のことをわかっている。ハツミは、ワタナベが失ってしまったものを持ち続けている女の子だったのかもしれません。

 一方の永沢は、ワタナベと同類という感じがしました。しかし、ワタナベと永沢は、思想といいますか、発想といいますか、流儀が違うのかもしれません。永沢はあきらめといいますか、わりきりといいますか、うまくいえませんが、意志の力を持って自分を制御していて、ある意味ではあきらめの覚悟も決めているような印象を受けました。それは、片意地というものとは違い、いい悪いは別にして、いい悪いを超えた次元の現象として、他人が口出しできない、人間のある一つの現実とでもいうようなものを永沢に感じました。


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