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ノルウェイの森|四ツ谷から駒込までの散歩道

2011年9月4日 竹内みちまろ

 小説『ノルウェイの森』は、37歳になった主人公「僕」の回想の物語です。『ノルウェイの森』の冒頭は、ドイツの空港に着陸した飛行機の中で、37歳の「僕」がビートルズの「ノルウェイの森」を耳にし、「自分がこれまでの人生の過程で失ってきた多くのもののことを考え」ます。回想で、20歳前後だったころに、直子と再会した物語が語られます。

 「僕」が神戸の高校の友人だった「直子」と会ったのは、「僕」が大学に入学したばかりの1968年の5月。中央線の電車の中でたまたま出会い、四ツ谷駅でいっしょに降ります。JR四ツ谷駅は、江戸城(現・皇居)の外堀のほとりにありますが、2人は、四ツ谷から、市ケ谷、飯田橋、お堀ばた、神保町交差点、お茶の水、本郷、駒込まで歩きます。四ツ谷から市ケ谷へ向かっていた時は「日曜日の午後のあたたかい日差しの下では、誰もがみんな幸せそうに見えた」のですが、「駒込に着いたときには日はもう沈んでいた」という距離でした。

 このページの筆者が市ケ谷にある大学に通い、また、現在、東京で仕事をしている関係で、『ノルウェイの森』の散歩道にある場所は、何度も歩いたことがあります。『ノルウェイの森』の散歩道のルートを見て、一番に思うのは、桜の名所が多いなということでした。

 四ツ谷から飯田橋までは外堀公園があり、まず、ここが桜の名所です。飯田橋から、お堀ばたに向かう間には、桜の名所として有名な靖国神社があり、お堀ばたには、春は桜で埋め尽くされる千鳥ヶ淵(ちどりがふち)があります。駒込には、国の名勝・六義園があり、六義園のしだれ桜も有名です。

 また、『ノルウェイの森』の散歩道のルートには、大学が多いです。四ツ谷から飯田橋までの間だけでも、上智大学、法政大学、東京理科大学などがあり、神保町交差点からお茶の水には、東京医科歯科大学、明治大学、日本大学、専修大学など。そして、東京大学は本郷です。

 現在は、さすがに東大の安田講堂は残っていますが、明治大学には地上23階・高さ120メートルのリバティータワーが建ち、地上27階の法政大学のボアソナードタワーは外堀沿いにそびえています。1973年生まれのこのページの筆者が大学に通ったころとは、キャンパスの雰囲気も、街の風景も、まったく違います。

 そして、『ノルウェイの森』の舞台となった、1968年の春からの数年間は、もっと違ったと思います。例えば、当時、神保町交差点からお茶の水にかけては、「日大闘争」の「戦場」になっていたといわれています。しかし、当時を知らないので、街の風景が実際にどうだったのかはわかりませんが、ただ、少なくとも、『ノルウェイの森』を読む限りでは、街の風景としては、物語の舞台が1968年の春からの数年間ではなく、仮に2008年の春からの数年間であっても成立すると思えるくらい、ある意味では不自然に、街の風景の描写がなかったように思いました。

 大学の中の出来事としては、「中庭でヘルメットをかぶった女子学生が地面にかがみこむようにして米帝のアジア侵略がどうしたこうしたという立て看板を書いていた」り、講義の途中で、「まるで漫才コンビみたいな2人組」がヘルメットをかぶって入ってきて演説を始め、配られたビラを見た「僕」が「説は立派だったし、内容はとくに異論はなかったが、文章に説得力がなかった」と感じる場面はありました。でも、「僕」は、アルバイトで「地図の解説を書いてる」という緑から「出ましょうよ」と誘われて教室を出ました。また、夏休みの間にストが機動隊につぶされ、廃墟と化した大学を期待して登校した「僕」が、無傷の大学を見てがく然としたことなどが書かれています。

 『ノルウェイの森』で使われている言葉や表現としても、隠語、あだ名なども含めて、寮で同室になった地図の勉強をしている「突撃隊」というあだ名の学生を「見るからに右翼学生という格好」と書いていたりする場面はありますが、しかし、当時の世相をかんがみれば、ちょっとした表現にももっと、例えば学生運動に関する隠語などを使ったりすることのほうが自然であるような気もします。1970年になって、セクトに入っている学生が寮内にヘルメットや鉄パイプを隠し持っていて、体育会系の学生たちと小競り合いになり寮から追い出された話などが語られますが、どこか事務的に語るという口調です。また、緑から「あなた『資本論』って読んだことある?」と聞かれる場面などは世相を反映しているような気がしましたが、とにかく、「僕」の意識や、目に映る風景に学生運動というものがないような気がしました。また、「僕」は一人で新宿まで出てジャズ喫茶に入ったりもしますが、当時のジャズ喫茶は、ヘルメットをかぶったまま入って、隣に座った知らないヘルメットに「君、どこのセクト?」などと聞く場所だと聞いたこともあります。しかし、そのような風景が「僕」の目に入ったことは書かれておらず、「僕」は、平和で孤独な読書の時間を過ごしたりします。

 しかし、よく考えてみれば、『ノルウェイの森』で語られる風景は、「僕」の目に映ったリアルタイムの風景ではなくて、回想の中の「僕」がいる風景でした。37歳の「僕」が、当時の「僕」を思い出しながら語っているわけで、思い出す必要のないこと、思い出したくないこと、思い出しても書かないことなど、もろもろの意識の働きの作用の結果、学生運動については独特に描かれているのかな、とも思いました。


→ ノルウェイの森のあらすじと読書感想文


→ ノルウェイの森|直子と僕


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→ 映画「ノルウェイの森」のあらすじと読書感想文


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