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ユートピア/湊かなえのあらすじと読書感想文(ネタバレ)

2018年1月28日

ユートピア/湊かなえのあらすじ(ネタバレ)

 鼻崎町では十五年ぶりに商店街祭りを行うことになり、祭りの実行委員に商店街から何名か選出された。堂場菜々子もその一人で、菜々子は夫修一と小学一年生の久美香と暮らしているこの町出身の女性である。病気の義父を亡くし、義母は5年前に失踪したため、彼らの残した仏具店を一人で切り盛りしており、狭い町の生活を窮屈に思っている。夫の修一は、この町では有名な冷凍食品加工会社ハッスイに勤めている。久美香は数年前の交通事故で足が動かなくなり車イス生活をしてるが、明るく元気に育っている。

 菜々子は町内のお祭りの実行委員の集まりで相場光稀と出会う。光稀の娘は久美香と同じ小学校に通う四年生の彩也子で、それがきっかけで二人は仲良くなる。光稀の夫の明仁もハッスイに勤めており転勤で鼻崎町に引っ越してきた。同時期に転勤してきた社宅の仲間と雑貨とリサイクルの店を開いていたが、何人かが再度転勤して町を出てしまっており、元々この町の出身ではない光稀は、現在いる社宅の仲間たちとの人間関係に煩わしさを感じることがあった。

 菜々子は実行委員の仕事は大変だと思っていたが、予想に反して、やるべきことは祭りの提案者である星川すみれがほとんど決めてくれていた。すみれは『岬タウン』という海が見渡せる高台の区画にパートナーである健吾に誘われて移り住み、同じ区画にはすみれや健吾と同じような芸術家が住んでいる。実は『岬タウンは』では5年前、資産家の老人が殺害される事件が起きており、犯人の芝田という男は行方不明のままであった。すみれはその事件を知らず、芸術家としてなかなか芽が出ない自分を誘ってくれた健吾を信じて移り住んできた。鼻崎町の美しい風景も気に入っており、まずは町民に鼻崎町の良さを広めようと、数年ぶりにお祭りを開催することにしたのだった。

 祭り当日、菜々子は店番や実行委員の仕事で忙しく、彩也子が久美香の車イスを押してお祭りを回ってくれていた。2人は無料でコロッケを配布している食堂に向かっていたが、その食堂で火事が起こる。彩也子が久美香をおんぶして脱出したおかげで2人とも無事であったが、久美香は避難している最中に転んでしまい、額に傷が残ってしまった。

 お祭り後、新聞に彩也子が国語の授業で書いた『翼をください』という作文が掲載され、周囲から称賛される。作文には久美香のことが書かれていて、人には片方だけ翼があり、仲良く手を取り合うことで飛べるという内容であった。新聞で彩也子の作文を見つけたすみれは、自分のウェブサイトで紹介させてもらえないかと菜々子と光稀に相談する。最初はすみれの提案に乗り気ではなかった奈々子と光稀であったが、娘2人の賛同もあり了承した。彩也子は事故の後、すみれの工房で翼のストラップを買っており、大変な思いをした久美香にも同じお揃いのストラップを買ってプレゼントしていた。彩也子の作文をサイトで紹介すると、その翼のストラップがたちまち人気になった。三人は話し合った結果『クララの翼』という慈善団体を設立し、翼のストラップの売り上げの一部は久美香のように車椅子で生活する人たちに寄付することに決めた。

 『クララの翼』の活動は雑誌やテレビにも取り上げられ、活動のシンボルになった久美香は注目されるようになる。しかし、そのことが原因である噂が広まるようになる。火事の時、食堂にいた女子高生たちが立ち上がる久美香を見たのだという。噂を聞いた光稀とすみれは慌てて奈々子に確認をする。2人の話を聞いた菜々子は、久美香が歩けなくなったのは交通事故が原因であるが、怪我ではなく心因性が原因であるため、突然歩けるようになる可能性もあると伝える。もし久美香が歩けるのであれば、『クララの翼』の活動自体が詐欺になる可能性もある。『クララの翼』の活動に対して不安を持ち始めた三人の仲にも不穏な空気が流れ始める。しかし、久美香の噂はネット上でも拡散されてしまい、久美香が通う小学校にも広まっていき同級生たちからも変な目で見られるようになる。『クララの翼』に対する中傷は続き、解散を余儀なくされたすみれはこれまでの収益100万円を寄付をして『クララの翼』を解散させる。

 『クララの翼』が解散しても、それぞれへの中傷はやまず、三人は心を擦り減らせていく。そんな時、光稀は夫の明仁から話があると言われる。すれ違いの多かったこともあり、離婚を言い渡されるのだと覚悟していた。2人で話し合うため、光稀は彩也子のことを菜々子にお願いしていたが、菜々子から久美香と彩也子が帰ってこないと電話が入る。放課後、彩也子は久美香と図書館に寄るはずであったが、菜々子が迎えに行くと二人の姿がなかったのだった。

 菜々子が自宅に戻るとFAXで脅迫状が届いていた。脅迫状は「二人は預かった、返して欲しければ金を持って鼻崎灯台に来い」という内容であった。奈々子と奈々子の夫・修一に光稀と明仁も合流し相談していたところ脅迫状に金額が書いていないことに気がつく。菜々子には心当たりがあり、金とはお金のことではなく、金(きん)のことではないかと指摘する。実は菜々子の家には、5年前に失踪した義母が置手紙と一緒に残した金(きん)があった。その金(きん)は5年前に起きた殺人事件の際に資産家の老人宅から盗んだ金(きん)ではないかという話になるが、今は誘拐された娘たちを優先しようと決める。そんな中、岬タウンのすみれの工房兼自宅が火事になったという連絡が入る。菜々子たちが娘たちがいるのではと慌てて現場に向かうと、燃えているすみれの工房の裏手から、彩也子と歩けないはずの久美香が歩いて現れ、無事を確認する。

 警察が火事の現場を確認すると焼けた家の地面から芝田の死体が見つかり、5年前に起きた殺人事件と芝田を殺したのが健吾ではないかと警察が捜査を始める。警察に事情を聞かれた彩也子と久美香は、火事当日健吾に絵のモデルを依頼され工房に行き、健吾が用事があると言い席を外しているうちに、窯から破裂音が聞こえて火事になり、逃げようとしたときに久美香が歩けるようになったと説明する。大人たちはその話を信じたが、彩也子と久美香の話は本当のことではなかった。実は、彩也子と久美香が知り合った頃にはすでに久美香は歩くことが出来ていた。久美香は仲が悪い両親が別れないようにわざと歩けないフリをして家族の仲を繋いでいたのだった。しかし、お祭りの日に歩いているとこを目撃されたこともあり、どこかのタイミングで歩けることを知らせなければならないと考えた。そんな時に久美香が歩けることを見抜いた健吾が現れ、2人が誘拐され逃げ出す時に久美香が歩けるところを披露しようという計画を立てた。その計画はうまくいっていたように見えたが、健吾を待っている間に、彩也子はマッチが使えるようになったことを久美香に見せようとし、誤って火災を起こしてしまったのであった。

 行方不明になった健吾については、5年前の事件のことを知るある女性から警察に手紙が届き全ての真相が明らかになる。筆跡からその女性は菜々子の義母ではないかと考えられた。芝田の共犯者であった健吾は、資産家の老人を殺害した後、芝田と口論になった。実は芝田は資産家から奪った金を持って、不倫関係であった菜々子の義母と逃げようとしてた。義母が芝田との待ち合わせ場所に行くと、2人が口論しており、怖くなった義母は金を持ったまま逃げ出したのであった。口論の末、芝田を殺害した健吾は、犯行を隠すため、芝田の遺体を埋めた土地を買い、さらに金を奪って逃げた人を探していたのだった。菜々子から5年前に失踪した義母の話を聞き、菜々子が何か知っているのではないかと考えた健吾は、金のありかを探るために誘拐事件を計画したのであった。

 事件後、すみれはカフェと工房を立て直そうと考えるが、岬タウンに住む他の芸術家たちと仲たがいし町を出ることになった。同級生から軽井沢に新しい工房を紹介してもらい、そこで再スタートすることに決めた。明仁から話があると言われていた光稀であったが、話とはベトナムに転勤になるということであった。明仁は離婚して光稀と彩也子は自由に暮らしてほしいと伝えるが、光稀はベトナムについていくことを決める。菜々子は久美香が歩けるようになったことを喜ぶが、久美香によって繋がっていた夫婦関係は悪化していた。菜々子は、自分が常にこの町ではない、自分にとってのユートピアを求めていたことに気付く。しかし、自分の不運を土地のせいにしていただけだと悟り、今の幸せを享受する。事件から三ヶ月後、光稀がベトナムに行ってしまう前に、菜々子と光稀とすみれはもう一度会い食事をした。それ以降、もう二度と会わないであろうと感じた。

ユートピア/湊かなえの読書感想文(ネタバレ)

 田舎町に住む3人の女性の中心に、善意から始まった活動が徐々に悪い方向に傾いていき、過去に起きた事件と関連させて、最後はドキッとする終わり方で終わる本作。物語は、菜々子、光稀、すみれという3人の女性視点を交互に描く形で進んでいきます。視点が変わることで、同じ出来事を3人がどのように感じているのか、それぞれが抱えている不満や理想、他人との関わり方をとてもリアルに感じることができ、この話は実際どこかの田舎町で起こっていることなのではないか、と思わされます。

 本作に出てくる3人の女性は、ボランティア団体「クララの翼」を立ち上げ、病気で困っている人達を支援するために活動をはじめます。活動を通して、周囲の人や自分の閉鎖的な人生も、より良い方向に進むように、彼女たちなりに活動に精を出します。しかし、その活動がきっかけとなり、どんどん望まぬ方向へと話が進んでいきます。この本につけられた帯タイトルは「善意は悪意より恐ろしい。」。タイトルどおり、本人たちは良かれと思って行っていることだからこそ、一度歯車が狂ってしまっても本人たちには自覚がなく、狂った歯車は狂い続け、そのまま悪い方向に転がっていってしまっています。読者という第三者の立場から、彼女たちの人生を覗き見て、こういったことはもしかしたら自分にも起こり得ることなのではないかと怖くなりました。

 過去の事件がどこで関連づけられるのかというミステリー要素もありますが、先にも書いたとおり、人間関係の複雑さや厄介さなどが実にリアルに描かれていることが本作の魅力であると感じます。人と人が付き合う上で、全てが爽やかにキレイにまとまることなんてあり得ない、人生のどこかのタイミングでおそらく皆が感じたことのある閉塞感、表にはできないけれど人を疎ましく思ったり、妬ましく思ったりするドロドロした気持ち、そんな状態から、抜け出そうにも世間の目やこれまでの自分の人生を考えて、身動きができない生き辛さなどを丁寧に描いています。「イヤミスの女王」と呼ばれる湊かなえさんの作品らしい作品だと感じました。(まる)


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