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人魚の眠る家/東野圭吾のあらすじと読書感想文(ネタバレ)

2018年12月21日 23時00分

人魚の眠る家/東野圭吾のあらすじ

 会社経営者の播磨和昌と、その妻・播磨薫子は、娘の瑞穂と息子の生人の2人の子供を授かるが、和昌の浮気がきっかけで現在2人は別居状態。すでに離婚の方向で2人の意思は決まっていたが、瑞穂の小学校受験が終わるまでは夫婦の形を保とうと話していた。夫婦生活をしていた時から、和昌は子育てにほとんど協力をしていなかったが、別居してからは完全に薫子に2人の子供の面倒を任せていた。

 ある日、和昌と薫子は、小学校受験の模擬面接のため、久しぶりに2人揃って瑞穂が通う塾を訪れていた。そこに薫子の妹である美晴から電話がかかってくる。その日、瑞穂と生人は薫子の母に預けられており、美晴の子である若葉も含めてプールに遊びに行っていた。そこのプールで瑞穂が溺れ、病院に救急搬送されたという連絡であった。瑞穂はプールの底にある排水口に指を挟め溺れてしまったという。和昌と薫子が病院に到着し、医師の進藤から告げられた話では、瑞穂は自発呼吸もなく脳死状態と考えられた。

 悲しみに暮れる薫子と和昌に、進藤から、残りどれだけ生きることができるかは不明であるが延命措置を行うという選択肢と、全ての臓器の機能が失われる前に臓器提供を申し出るという2つの選択肢があると告げられる。一晩夫婦で話しあった結果、瑞穂は自分のことよりも他の人の幸せを願う子であったことを思い出し、臓器提供することを決めた。しかし、瑞穂と最後の別れの場で、生人の声に反応し瑞穂の手が反応したように見えた。その光景を見た薫子は瑞穂はまだ生きていると感じ、臓器移植を拒否した。

 その後、薫子は瑞穂の介護に奮闘する。薫子は元々、和昌と離婚する予定だったが、瑞穂の介護には莫大な資金が必要になるため、和昌とは別居したまま夫婦でい続けることを決めた。また、和昌は薫子の様子を見て、これまで瑞穂に何もできなかったことを悔やみ自分にできることを考えていた。和昌の会社内では、脳と機械を繋ぐ最先端の研究を行っており、瑞穂の身体を動かす補助ができるのではないかと考えた。そこで和昌は部下であり研究者の星野から様々な情報を得る。星野の助言から、瑞穂は人工呼吸器がなくても呼吸ができる手術を受け自宅での療養を開始する。さらに、筋肉の衰えを防止するために、電気信号で手足を動かすリハビリを開始する。星野の協力のおかげで、瑞穂の身体が動き、その姿を見た薫子は大いに喜ぶが、意識のない人間の身体を機械によって動かすことに、和昌の父をはじめ、周囲の人間は気味悪さを感じていた。

 養護学校に進学した瑞穂の元に教師として新章房子が訪問してくるようになり、房子は瑞穂に朗読をしていた。しかし、薫子は、自分が見ていない間に房子が朗読をやめているところを目にし、脳死状態の瑞穂に朗読しても無駄だと思っているのではないかと感じる。また、朗読している童話の内容が、脳死した子は臓器移植が必要な子に臓器を渡すべきだと言っているような内容であると感じた薫子は、房子を怪しむようになる。

 ある日、薫子は房子のかばんの中から、臓器移植を待つ子どもの為の募金活動のポスターを発見する。そして、自分を房子と偽り募金活動に参加しはじめる。活動を通して、薫子は瑞穂のような脳死状態の子どもがいるのにも関わらず、日本国内では臓器提供がなかなか進んでおらず、お金のかかる海外での臓器移植をするしかないという現状を知る。しかし、募金活動をしている子どもの両親は、脳死状態の子どもだってどんな状態でもその親にとっては大切な命なので、ドナーが現れることに期待するものではないと言う。その話を聞き、薫子は多額の募金をするが、間に合わず子どもは亡くなってしまい薫子は涙を流す。また、多額の募金をしたことで、房子に問い合わせがいき、薫子が房子と偽ってたことがバレてしまう。しかし、そのことで房子としっかりと話が出来た薫子は、房子が瑞穂のことを思って朗読をしていたことを知る。

 瑞穂がプールで溺れてから3年が過ぎた。薫子の介護と星野の協力もあり、瑞穂はまるで眠っているだけの子どもに見えた。弟の生人は小学校に入学したが、最近は前より瑞穂の部屋に寄り付かなくなっていた。ある日、美晴やその娘の若葉が家に遊びに来ていた場で、生人は「お姉ちゃんが生きているというのは嘘だ」と言う。実は、生人の入学式に、薫子は車いすに乗せた瑞穂を連れていっていた。その光景を見た周りの保護者たちは、脳死して動かない状態の瑞穂を生かし続けていることに理解を示さないようだった。小学校の友達から子ども特有のストレートな疑問を浴びた生人は、次第に瑞穂は死んでいるのでは、と思うようになったのだった。

 薫子は生人の言葉にショックを受けるが、生人の言葉を慌てて止めようとした美晴や若葉の言動を見て、2人もまた、瑞穂が死んでいると心の中で思っているのではと憤りを感じた。実は、美晴の夫が一度瑞穂の姿を見たときに、薫子の前では理解を示したような態度を取っていたが、家に帰ると美晴と若葉に「みんな薫子に合わせて瑞穂が生きている風に演じているだけだ」と指摘したことがあった。その言葉を聞いた2人は、これまで瑞穂に延命措置をしていることに理解を示し、薫子に対しても協力しているつもりだったが、たしかに自分たちは瑞穂と2人きりの空間にいたときに瑞穂に話しかけることはなかった、薫子のいる場でだけ話しかけていた、と自分たちの行動に自信をなくしていた。薫子に非難され、言葉を返すことができず2人は家を出て行った。

 生人の誕生日。薫子は家族を集め、さらに生人の友達を呼び、誕生日会を開こうと企画していた。しかし、生人は友達は呼んでいないと言う。薫子がなぜ呼ばなかったのか問い詰めると、生人は入学式以降、瑞穂のことでいじめられそうになり、友達には「お姉ちゃんは死んでいる」と言っていた。そのため瑞穂のいる家には呼べないと言い、その言葉を聞いた薫子は怒り、生人の頬を叩き、今からでも友達を呼ぶように言う。

 薫子は星野の協力の元、電気信号を使い、身体だけではなく瑞穂の表情も動かせるようにしていた。その様子を見れば瑞穂が死んでいるだなんて誰も言わなくなるだろうと言った。薫子の様子を見ていた和昌は、どれだけ瑞穂の身体を動かせようとも、瑞穂はプールでおぼれた時と変わらず脳死状態であると進藤から聞いていたことを伝え、薫子の気持ちもわかるが、周りの人にまで価値観を押し付けるのはよくないと薫子をなだめる。

 ふいに薫子は、キッチンから包丁を取り出し、自ら警察に通報する。駆けつけた警察官に、自分が瑞穂を刺したら逮捕されるのかを問う。「瑞穂は脳死だと言われ、周りの人は瑞穂のことを死んでいると言っているが、今ここで瑞穂を刺して自分が殺人の罪に問われたら瑞穂はこれまで生きていたことになる。喜んで刑に服します」と薫子は言い、瑞穂の心臓を刺そうとする。そこで薫子を止めたのは若葉であった。瑞穂がプールでおぼれた日、実は瑞穂は、若葉がつけていたおもちゃの指輪をプールに落とし、その指輪をとってあげようとして溺れてしまったと告白する。若葉は、瑞穂のことを殺さないで欲しいと薫子にお願いし、薫子はその話を聞いて、包丁を下した。そして、生人に叩いたことを謝り、友達に瑞穂の話はしなくて良いと告げた。

 その後、薫子は瑞穂を前のように外に出すこともなく、電気信号で身体を動かすこともなく、家でゆっくりと時間を過ごすようになる。そして、ある日、瑞穂が夢枕に立ち、薫子にお礼とお別れを告げる。その日から瑞穂の体調は悪化し病院に入ることになった。薫子は、瑞穂がお別れを告げに時に瑞穂の死を感じた。そして、その出来事を和昌と医師である進藤に伝え、瑞穂の脳死判定を依頼する。そして、脳死の結果を聞き、臓器提供を申し出る。

 瑞穂の心臓は、宗吾という男の子に移植された。その子は瑞穂が生きているころに播磨家を訪れたことがあった。今はすでに瑞穂が住んでいた家は空き地になってしまったが、瑞穂の部屋で香っていた薔薇の香りのようなものを、宗吾はふと感じるのであった。

人魚の眠る家/東野圭吾の読書感想文

 本作は自分の愛する人が脳死状態になってしまったとき、残された家族はどんな決断をするのか、人の生とは、死とは何なのか、など非常に考えさせられることが多い作品です。脳が死んでいる状態で、話すことも笑いあうこともできない、その状態で命を繋ぐ選択をした薫子の行動が、正しいのか間違っているのか、なかなか答えがでるものではありませんでした。そもそも正解のない問いのようにも思えました。

 弟の生人が「お姉ちゃんが生きているというのは嘘」であると母の薫子に訴えるシーンがありますが、子どもというのは大人よりも純粋であるがゆえに残酷であると感じました。脳が死んだ状態の人間を「死んでいる」と判断することはできませんが、動かず、目をつむったままの状態は「生きている」と言えるのか、難しい問いです。ただ、本作で瑞穂の死を誰よりも否定している薫子ですが、そんな薫子が誰よりも瑞穂の身体を電気信号で動かそうと必死になっていたのは、身体が動いてこそ、人間が「生きている」と実感できると、無意識で感じていたからではないかと思います。電気信号によって、動かない身体を動かす行為を「生きているように見せかけるための嘘」だと感じた生人を攻めることはできないのかもしれません。

 薫子が包丁を突き付けて警察官に問いかけるシーンも非常に印象的なシーンです。周りの人は瑞穂を死んでいる人だと言う、ただ死んだ人を殺すことになるのか、その場合は罪に問われるのか、脳が死んだ時点で死亡なら、心臓を止めても死亡したことにならないのか。なんて難しく重く苦しい問いなのだろうと思いました。娘を殺すことで娘の生を主張しようとする母の狂おしいほどの愛情に、感動とも、恐れとも近い感情になりました。瑞穂は、脳死判定も死亡判定もされず、生きていることになっています。ただ、そういった書面上の生死ではなく、周りで生きる人たちの対応が瑞穂が本当の意味で生きているか死んでいるかを決めているのではないかと感じました。(まる)


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