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虚ろな十字架/東野圭吾のあらすじと読書感想文(ネタバレ)

2017年12月24日

虚ろな十字架/東野圭吾のあらすじ(ネタバレ)

 ペット葬儀屋で働いている中原道正に、警視庁捜査一課の刑事である佐山から連絡があった。5年前に離婚した元妻の小夜子が、背中を刃物で刺されて死亡したとのことであった。

 中原と小夜子が離婚したのには、ある事件が背景にあった。11年前、中原は広告代理店に勤めており、妻の小夜子と8歳の娘である愛美と幸せに暮らしていた。しかし、小夜子が娘を家に残して買い物に行っていたある日、娘が何者かによって殺害されてしまった。数日後捕まった犯人は蛭川和夫という男で、過去にギャンブルで借金を抱え、強盗殺人を犯し無期懲役が確定している男であった。半年前に刑務所を仮出所していた蛭川は、お金に困った挙句、中原家に入り込み金品をあさっていたところを愛美に見られ、殺したということであった。

 中原も小夜子も、死刑判決だけを望み、長い裁判を乗り越えた。そして裁判の結果、蛭川には死刑判決が下った。しかし、蛭川の死刑が決まった後も、中原と小夜子が負った傷は癒えることはなかった。2人でいると愛美が生きていた幸せだった時間を思い出して辛くなり、2人は互いの人生のために離婚することを選んだ。

 中原は離婚後、小夜子と連絡を取っておらず、佐山から事件のことを聞き、現在の小夜子を知る。そして数日後、佐山から犯人が出頭してきたと聞く。犯人は町村作造という男で、金目当ての無差別犯ということであった。

 中原は小夜子の両親に連絡をし、小夜子の通夜に参加した。そこで、小夜子は離婚後、ライターとして働いており、最近では万引き常習犯についての記事を書いていたと知る。また、殺人事件で家族を失った人の相談に乗る「被殺害遺族の会」に所属し、自分の過去の苦しみと向き合い他人のために活動していたことも知る。

 また、通夜の席では、小夜子に仕事を紹介していた日山千鶴子と、小夜子の取材相手である井口沙織という女性に出会う。 その後、中原のもとに、日山から小夜子が最後に書いた記事が掲載された雑誌が届いた。万引きに苦しむ4名の女性たちの記事であったが、1番最後に書かれた女性が、沙織ではないかと中原は感じる。他の女性たちは、自分の欲求のために万引きをしていたが、1番最後の女性だけは自分を罰するために万引きを繰り返しているように感じ、中原は通夜で感じた沙織の雰囲気がそのような感じだったと思い出していた。

 中原に小夜子の母から連絡があり、相手に死刑を求めるため裁判に出ることにしたと聞く。また、犯人である町村の遺族からの手紙があるという話を聞く。手紙の差出人は、町村の娘である仁科花恵の夫・仁科史也からであった。文也は静岡県富士宮市の出身で現在は慶明大学医学部附属病院で小児科医をしているとのことであった。また、小夜子は生前、出版を目指して原稿を書いていたことを知った。その内容は死刑廃止制度についてのものであった。

 中原は、小夜子の原稿を読み、小夜子は愛美が殺された事件を担当していた平井弁護士にも話を聞いていたことを知り驚いた。原稿の中で平井弁護士は、「様々な事件がある中で、結末として、犯人が死刑になりました、だけで良いのか」、「それぞれの事件には、それぞれにふさわしい結末があるべき」と述べており、そのことについて小夜子の意見は述べられていなかった。中原は、死刑廃止制度に反対の小夜子も平井の意見を聞き、悩んでいたのかもしれないと感じた。蛭川が死刑になった後も、2人がふさわしい結末を見つけられず苦しんでいたことが何よりの証であった。

 中原は原稿の内容が気になり、平井弁護士に会いにいく。そこで、死刑になった蛭川は、死刑を受け入れただけで、愛美を殺したことを反省していなかったと知る。平井弁護士が言った「死刑は無力である」という言葉が、中原には強く残った。

 中原は小夜子の原稿を読み、生前の小夜子が調べていたことを知りたいと思う。小夜子の母に頼み、生前に小夜子が調べていた資料を見せてもらうことにした。そこで、慶明大学医学部付属病院が開催している「こども医療相談室」の案内状を見つける。また、小夜子のデジカメの中を確認したところ、事件が起きる数日前に撮られた樹木の写真が何枚か残っており、中原は小夜子の仕事と関係ない写真に違和感を覚えた。

 後日、中原は日山に小夜子の原稿についての話をしていた。日山は内容に問題はないが、小夜子自身も悩んでしまっていた部分があるため、中原に加筆してほしいと依頼する。中原は、書くことに自信がないため、検討すると答えた。また、日山が送ってくれた雑誌のお礼を言い、万引き常習犯の記事に関して、4人目の女性の記事が気になっていると感想を述べた。日山から、4人目の女性は沙織で、小夜子は彼女に熱心にインタビューをしていたと聞く。日山から沙織の話を聞くと、沙織は部屋に樹海の写真を飾っているという。中原が確認してみると、小夜子がデジカメに残した場所と一致しており、その場所は沙織の地元静岡県富士宮市であった。静岡県富士宮市は、小夜子を刺した町村の娘である花恵の夫・史也の出身地であった。そして、小夜子が持っていた「こども医療相談室」を担当していたのも文也であった。

 中原は文也と沙織に話を聞くことになった。

 文也と沙織は同じ中学の出身で交際をしていた。沙織は母子家庭で、父親は昼間ずっと働きに出ており、文也とは沙織の家で会うことが多かった。高校生だった文也と中学生の沙織は十分な知識もないまま性行為を行い、子供を授かってしまった。沙織と文也は妊娠を周囲に隠したまま、2人だけで沙織の家の浴槽で出産し、生まれてきた子どもをその場で殺した。そして、2人で樹海に埋めた。その後、2人は別れることになった。

 文也は、自分の罪を償うため、子どもの命を救うことができる小児科医になった。また、毎年供養のために樹海に行っており、自分の罪についてずっと背負ってきた。数年前、供養のため樹海に来ていた文也は、自殺をしようとしていた花恵と出会う。

 花恵は、女にも金にもだらしない父親が昔から嫌いで、母が他界するとすぐに家を出て、父親とは連絡を取っていなかった。二十代後半で、田端という男に出会い花恵はすぐに惹かれた。田端は、新しい事業のために金がいると言って結婚を匂わせ、花恵からお金をもらっていた。花恵のお腹に田端の子どもが宿り、花恵は幸せの絶頂であった。しかし、田端は仕事でニューヨークへ行ったきり連絡が取れなくなった。その後、知らない女から連絡を受けて、田端は詐欺師で、お金に困った末に自殺したと聞かされた。生きる希望を失った花恵は自殺をするために樹海に行ったが、文也から声をかけられ自殺を止められる。文也と接していくうちに、少しずつ元気になっていった花恵は、これまでにあったことを文也に話す。そして、文也からプロポーズを受ける。

 沙織は、子どもを殺してから、自殺未遂を何度か起こした。母子家庭であった沙織の父親は、沙織のことを心配していたが、内緒で妊娠出産し、子どもを殺したということを言うことはできなかった。その後、上京し結婚したが相手に恵まれなかった。また、父親が火事で死んでしまい、自分が幸せになれないのも、父親が死んでしまったのも、すべて子どもを殺したせいだと思い生きていた。

 沙織は診療クリニックを通じて万引き依存症の取材に来た小夜子と出会う。取材を通して、沙織は小夜子に21年前の罪を打ち明ける。沙織の罪を聞いた小夜子は、自首を勧めた。沙織は罪を償っていないことに苦しんで自分を責め続けていた。ただ、自分が自首すると文也にも迷惑がかかると言った。小夜子は文也の病院の「こども医療相談室」に参加し文也に沙織のことを話した。文也が動揺しその場でしっかりと話ができなかったため、小夜子と文也は後日話すことになった。

 約束の日、小夜子は文也の家に訪れることになっていた。文也は仕事に行く前、花恵に小夜子が来ることを言っていたが、小夜子が来る理由については、文也は「若い頃に犯した過ち関して」とだけしか伝えていなかった。しかし、文也は緊急の事情で、帰りが遅くなることになった。花恵は家を訪れた小夜子に、その旨を伝えたところ、小夜子はせっかく来たのだからと家にあがり文也の帰りを待つことにした。その時、たまたま花恵の父・町村が金を借りにやってきた。町村は、花恵が文也と結婚したあと、文也から金銭の援助をしてもらい生活をしていた。花恵は客が来ていると追い返したが、町村は家にあがりこんだ。

 文也の帰りが遅いため、小夜子は日を改めると伝えて帰ろうとしたが、花恵は文也の過去の過ちが気になり、小夜子に話を聞く。そこで、文也と沙織が子どもを殺した話を聞く。小夜子は、人を殺した人間は罪を償わなくてはいけないと言い、文也は自首するべきだと主張した。花恵は、話を聞いて、文也が自分を助け、結婚してくれたのは、その償いなのだと理解し感謝の気持ちでいっぱいになった。花恵は小夜子に文也は罪深さを理解し誠実に生きているので、今回は見逃してほしいとお願いするが、小夜子はどんな理由があっても人殺しは許されないと意見を曲げずに帰っていった。

 文也が帰宅し、花恵が話を聞いたことを知る。覚悟を決めるしかないと花恵に告げたが、そこで花恵は、気づかないうちに町村が帰っていたことに気づく。その場では、来客がいたため帰ったのだろうと思って気に留めていなかったが、翌日町村が深刻な顔で文也と花恵の元やってきた。町村は、自分が小夜子を殺したから、文也には自首をせずにこのまま花恵を幸せにして欲しいと頼む。また、町村は沙織にも接触しており、沙織に小夜子を殺したことを告げた後、自首をせずこのことを隠し通せと言っていた。花恵も文也に自首をして欲しくないと頼み、文也は全てを隠し続けることを決意した。

 文也から事件の全貌を聞いた中原に対し、花恵は小夜子の意見は間違っていたと思うと伝える。「小夜子は殺人を犯した人は罪を償わなくてはいけないと言っていたが、文也は生きている間ずっと罪を償うために、小児科医になりたくさんの命を救ってきた。花恵の命を救い花恵が身ごもっていた子どもの命も救った。刑務所に入れられても反省していない人間がたくさんいる中、文也はずっと償ってきた。どちらが真の償いだと思うか」と涙ながらに訴えた。

 中原は、このことを警察には話さず、文也の判断に任せることにした。結局、文也と沙織は自首をし、そのせいで皮肉にも小夜子を殺した町村に対し、文也の秘密を守るための殺人ということで情状酌量の余地が出てくることとなった。しかし、文也と沙織が子どもを埋めた場所からは何も発見されなかった。そのため、2人の罪を立件することは難しいということであるが、小夜子が殺された事件に関しては、2人が罪を犯したことを前提に町村に刑が決まると聞き、中原は矛盾だらけだと感じた。

虚ろな十字架/東野圭吾の読書感想文(ネタバレ)

 本作では死刑制度という大変重いテーマが取り上げられています。愛する娘を殺された中原や小夜子の心情というものは、小説の中だけの話だけではなく、現実世界で愛する人を失った悲しみを持つ人達の心情そのものであったのだと思います。愛する人を殺されてしまうということがどれだけ苦しいことなのか、被害者遺族が犯人に死刑を求めてしまう気持ちは誰もが理解できると思います。また、尊い命を奪っておいて犯人だけが生きていること自体が耐えられない、と思う人がいることについても納得ができました。

 しかし、本作に出てくる中原や小夜子を見ていると、犯人が死刑になったからと言って、すべてが解決するわけではないということも強く感じます。

 私は、本作の中で平井弁護士が言った「死刑は無力である」という言葉が非常に心に残っています。死刑は、犯人を罰することはできます。しかし、愛する人が殺された事実を消すことはできません。死刑制度では、被害者遺族の心の傷を癒すことはできないのだなと感じました。また、これはその犯人によって差があるのかもしれませんが、本作で愛美を殺した蛭川のように、犯人側からしても死刑判決を受けることで、自分の向き合うものは自分自身の死になってしまい、犯した罪に向き合い償っていくという行為から逃れることになってしまうのではないかとも思いました。

 物語の最後に花恵が中原に述べた言葉は読者に向けて考えさせる言葉のようにも思えます。もちろん、文也と沙織が犯した罪は法律で裁かれるべきものであると思いますし、罪を隠してきたことも重く受け止めるべきだと思います。しかし、大切なのは、法で裁かれることだけではなく、本人がどのように罪に向き合い償おうとしているかの姿勢ではないかと感じました。償う気持ちがあり誠心誠意生きていけば、法で裁かれなくても良いわけでもありませんが、法で裁かれ刑罰を受ければすべて許されるわけではありません。罪を償うとはどういうことなのかを今一度考えさせられる作品でした。(まる)


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