2017年11月21日
2016年、イギリスを発端に世界中で話題をさらった一冊の小説をご存じだろうか。「とにかく読んでいたい」「この作品を読み終えなければならない寂しさったらない」など、世界各地でずっと読んでいたい本として愛されている作品。デボラ・インストール著「ロボット・イン・ザ・ガーデン」(松原葉子訳)。本作がデビュー作となるデボラ・インストールは、8歳の頃からすでに自身の作品を出版社へと寄稿していたというから驚かされる。その彼女が成長し、子供を持つようになり、現代の技術の進歩と子供たちの滑稽な動きなどに触発され、執筆したのが、本作である。
「ロボット・イン・ザ・ガーデン」のあらすじ
物語の舞台となるのは、AI技術が進歩した近未来のイギリスの片田舎。
両親の死から立ち直れないでいるベンとその妻で法廷弁護士のエイミーは、結婚生活のけん怠期を迎えており、前に進もうとしない夫のベンにエイミーはうんざりしていた。
そんな最中、突如、庭に一体のロボットが現れる。AI技術の進歩により、一家庭に一体の高性能アンドロイドを抱えているのが主流となっている時代にはそぐわないタイプのレトロなロボット。ガシャガシャと音を立てるロボットに嫌気がさしたエイミーは、ベンに様子を見てくるように施す。
そのロボットは、ただただ木の下に鎮座している。
恐る恐る素性を尋ねるベンであったが、"アクリッド・タング"と"オーガスト"としか発さない。タングという名前で9月であるにもかかわらず、8月だと勘違いしているのかと悟ったベンは、彼の胸のシリンダーにひびが入っているのを見つける。このまま庭に放っておくわけにはいかないと思ったベンは、タングを家に招きいれるが、エイミーは良い顔をしない。終いには、そんな夫にも嫌気がさしたエイミーは離婚を切り出し、家を出てしまう。
ベンは、タングが"特別"なロボットだという直感を信じ、彼を直すためにカリフォルニアを目指すことを決意する。
ここから、カリフォルニア、テキサス、東京などをまたにかけた"2人"の珍道中が幕をあける・・・。
作者からのメッセージ
本作に込められたメッセージというのは、殻を破って前に進もうというものだろう。
両親の死を引きずり家に引きこもり、仕事も夢も結婚生活も投げ出してしまった青年が、完璧ではないロボットと出会ったことで、責任感を持つようになる。自身の頼りなさから父親になることができずにいた青年が、次第に大人へと一皮むける。
同時にアンドロイドと比べると古い世代であるロボットが、ベンとの旅や様々な人、物との出会いを通じて、あらゆる知識を吸収し、"人間味"も学んでいく。2人が世界の裏側を目指して旅する姿は、幼い子供と父親の旅路を連想させるのだ。
また、子供を持つことを忌み嫌っていたベンが、知らず知らずのうちに"父親"となっていく小気味よさも感じさせ、ただただ読んでいて、ほっこりさせる。
舞台となるのが近未来であるため、その街並みや時代の描写などにも、面白さを感じさせる。
例えばテキサスのとある町が放射能汚染により閉鎖されていたり、宅配便がドローンで届けられたり、有名なホテル・カリフォルニアがとんでもない宿泊サービスを行っていたりと、イギリス人作家らしい少々塩辛いユーモアも織り交ぜながら、近未来の世界を表現して魅せる。
アメリカに関してはブラックユーモアを効かせた表現がされているが、本作には東京も登場しており、日本人や東京に関しては寛大で美しい表現がされているので、ご安心を。
機械的でなく、むしろ人間味あふれるストーリー
「近未来」「AI」などという言葉が飛び交うと、どうしても難しく、専門的な話なのかと思われがちだが、全くそうではない。むしろロボット=タングの感情や人間らしい部分にフォーカスされているため、小学生の読書感想文としてもオススメしたい一冊だ。
作者も言う通り、ロボット工学に関しても若干は触れられているが、決して意味不明ではない。そういったところは気にせずに、この優しい物語に身を委ねてほしい。
読み終わった後には、勇気をもらえて、どこか心が温まる一冊だ。
中盤にはスリリングな要素もあり、読者の感情を思いのままに操る文章が素晴らしいの一言に尽きる。
小説の物語が終了しても、現実の世界では登場人物のTwitterアカウントも開設されており、その後の生活を垣間見ることもできるという。また、ベルリン国際映画祭では"最も映画化したい一冊"に選出されるなど、その人気の波は留まるところを知らない。
【この記事の著者紹介】
Sunset Boulevard(書評&映画評ライター):
映画を観ることと本を読むことが大好きな、しがないライター。オススメ小説の書評や読書感想文を通じて、本を読む楽しさを伝えられたら嬉しいです。また幼き日よりハリウッド映画に親しんできたため、知識に関しては確固たる自信があり、誰よりも詳しく深い評論が書けるように日々努力を重ねています。少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
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