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熱帯/森見登美彦のあらすじと読書感想文(ネタバレ)

2019年10月7日

熱帯のあらすじ(ネタバレ)

 作家の森見は、次作の構想を練りながら色々な小説を読みふけっていた。その中で、昔読んだ謎の本のことを思い出す。その本は、学生時代京都で暮らしていた森見が古本屋の100円コーナーで見つけた、佐山尚一が書いた「熱帯」という小説だった。

 「熱帯」は「汝にかかわりなきことを語るなかれ」という一文で始まる。物語は、ある若者が島の浜辺に流れつくところから始まる。若者は記憶喪失で、何もわからないまま、佐山尚一という男に出会い、そこから冒険が始まる。どんなジャンルの小説と形容するのも難しいが妙な魅力があった「熱帯」を、森見は毎日少しずつ読み進めた。しかし、森見が半分ほど読んだある朝、目が覚めるとその小説は消えていた。それから16年、続きを読もうと探し続けているが、見つけることができず結末を知らずにいるのだった。

 森見はある日、「沈黙読書会」という参加者が謎のある本を持ち寄り、参加者でその本について話をするという不思議な読書会に参加することになった。森見はこの読書会で「熱帯」の話をしようと思い、参加を決めた。会場となる喫茶店には、様々な人達が集まっており、すでに本の謎について活発に議論を交わしていた。いくつかのグループに分かれて会話をして、人々は好きな時に好きなグループに入って話ができるルールであった。

 森見が友人と一緒に各グループの話を聞いていると、あるグループで熱心に話を聞いていた20代半ばくらいの小柄な女性が目に留まった。女性自身も魅力的であったが、森見の目に留まったのは女性の膝に乗っている本であった。女性が森見の視線に気づき不思議そうに見つめ返した。その女性が持っていたのは佐山尚一の「熱帯」だった。

 森見は思い切って女性に話しかけた。女性は森見が「熱帯」を探していたことを聞くと、森見が知っている「熱帯」について聞いた。森見は最後まで読んでいない事を説明し、思い出せる限りのあらすじを話した。森見は女性に「熱帯」を読ませてくれと頼むと、その女性は「この本は読み終わらない。この本を最後まで読んだ人間はいない」と言った。そして、過去にも読もうとした人がいるが、誰も最後まで読んだことはない、「熱帯」は謎の本である、と言った。気づけば周りの人たちも、会話の続きを待っていた。そして、その女性は「熱帯」の謎について語り始めた。

 女性の名前は白石といった。白石は昨年の秋ごろ仕事を辞め、叔父が経営する模型店でアルバイトを始めた。客がいない時間、白石は小説を読んで時間を潰していた。店の常連客で、同じビルに入っている輸入家具の会社で働く池内は、模型と読書を趣味にしており、白石とも会話をする仲だった。読書家の池内は読書と共にメモを取る習慣があり、小説を読みながら心打たれた文章や複雑な相関図などをメモに残していた。池内は、メモを取る習慣ができるきっかけとなったある本についてのエピソードを白石に話した。

 池内は旅先のホテルのお土産コーナーでその本に出会った。読んでみると不思議な小説で、残りは帰りの新幹線で読もうと、池内は半分ほど読み進めたところで眠りについた。しかし、翌朝目覚めるとその本が消えていた。その本は佐山尚一の「熱帯」だった。池内がいくら探しても本は見つからず、記憶が消える前にとノートに覚えている限りの情報を書きだしたのが、メモ習慣のきっかけになった。白石は池内の話を聞いて、自分の記憶にもその本があるような気がし、池内に語り始めた。白石が学生時代京都へ一人旅に行った時、屋台の形をした不思議な書店で「熱帯」と出会った。夢中で読んだことは覚えているが、白石も結末は覚えていなかった。

 池内に話した日から、白石は頭から「熱帯」のことが離れなかった。それからしばらくして、池内がまた店に現れて、白石をとある読書会に誘った。池内はその読書会のことを、「熱帯」の中で出てくる組織の名を借りて学団と呼んでいた。学団には「熱帯」を読んだことがある4人が所属しており、みんなで集まって「熱帯」について調べている、と池内はいった。白石は「熱帯」についてほとんど覚えていなかったが、謎の本について知りたいという好奇心に敗けて参加することになった。

 学団は、池内の他、古書の蒐集家である中津川宏明、都内の大学に通う学生の新城稔、マダム風な女性の海野千代が参加している。学団の仲間に迎えられた白石は「熱帯」について覚えている部分を話した。白石が話したことは既に周知の内容で、新しい発見はなかったが、それぞれが覚えていることを話し合うことで新しい記憶に繋がる、と学団のメンバーは思っていた。そうして思い出したことを年表のようにまとめていた。白石が参加した時点で、「熱帯」の中盤部分までの記憶は埋まっていた。しかし、後半になるとそれぞれの記憶があいまいで辻褄が合わず途方に暮れていた。白石は年表を見ていると突然今まで誰も思い出していない記憶を思い出した。誰もそんな記述はなかったと言ったが、とりあえずメモに加えられることとなった。

 白石が1回目の学団の会合に参加してからしばらくして、千代が白石の店を訪ねてきて自宅へ招待した。千代は白石と話すことでさらに記憶を繋ぎたいと考えていた。さらに他の学団メンバーを誘わなかったのは、それぞれが「熱帯」を自分だけのものにしたいと考えているからだと、千代は言った。白石は、「熱帯」を自分だけのものにしたいなんて思ったことはなかったので、千代と一緒に「熱帯」について語り合った。その中でまた一つ新しい記憶が繋がり、千代は学団を辞めると告げた。混乱する白石に対して、千代は「皆さんの読んだ『熱帯』は偽物なんです。私の『熱帯』だけが本物なの」と言い残して、その後姿を消した。

 千代が姿を消してから、新城稔や中津川も様子がおかしくなり、白石に対しても危険な言動をするようになった。そんな中、池内は「熱帯」の作者・佐山尚一の故郷である京都に行くことになった。行方をくらましたはずの千代から、池内に「私たちは『熱帯』の中にいる」という一文の手紙があったのだった。池内は、千代は実は作者である佐山尚一と知り合いで二人は京都で出会ったのだと、白石に伝えた。しかし、池内が京都に行ってからしばらく経っても連絡がなく、池内の仕事関係の人も連絡が取れないと言って困っていた。心配した白石の元に、池内から1冊のノートが送られてきた。それは池内の手記であった。そのノートを見て、白石は自分も京都へ向かうことに決めた。白石は京都へ向かう新幹線の中で、池内から送られてきたノートを読み始めた。

 池内のノートには、池内が京都へ到着してからの行動が細かく記されていた。池内は京都で、佐山尚一と千代の足跡を辿っていく。千代は池内が来る少し前に京都を訪れていたようで、池内は千代とゆかりのある場所を回っていく。そこで出会った人に話を聞いて、話は千代の過去の話までさかのぼっていく。そして、千代が過去に、千代の父・永瀬栄造が持っていたカードを盗み見たことがあると知った。池内はふとそのカードを自分も見なくてはいけない気になり、保管している人に見せてもらいに行った。

 そのカードの内容は、池内が京都に来てから経験した行動をなぞるような内容であった。池内は千代からもらった手紙に書かれていた「私たちは『熱帯』の中にいる」という意味を考えた。「熱帯」を読み始めた人は、いつしか「熱帯」という世界そのものを生き始め、それぞれが物語の主人公になっているのではないか、と池内は理解した。カードの記述では、ラストは図書館にて終わると記されていた。池内は図書館に向かい、何か手がかりを探したが図書館の資料からは何も出てこない。池内の前に残されていたのは、自分がずっとメモしていたノートだけだった。池内は椅子に腰かけ、ノートを見つめ、ペンをとり「汝にかかわりなきことを語るなかれ」という一文を書き記した。

 意識を取り戻した時、池内は無人島にいた。しかし、どうやってここへ来たのか、自分が誰なのか、彼は記憶喪失になっていた。彼が島を歩いていると1人の男に出会う。その男は佐山尚一だった。彼は元の世界を思い出すことができずに、「熱帯」の物語の主人公として、佐山と一緒に冒険を始めた。物語には魔王や、魔王の娘が出て来て、現実の世界の人物とリンクしているところがあった。魔王の娘は若い日の千代で、魔王は千代の父・栄造だった。長い長い冒険の末、彼は、魔王である栄造と話をすることになった。そこで、彼は栄造からあるカードと、ある物語を託さる。その物語は、栄造もかつて別の誰かから託され、その物語もまた誰かから託された物語であり、誰かに語り継ぐことで永遠に終わらない物語であった。

 物語を託された彼は、佐山や物語の登場人物と別れ1人になった。1人で過ごしているうちに、冒険の日々を記録しておこうと思った。それから、佐山尚一と出会ってからの日々を書き続けた。彼が、物語を書いている間、傍らにあったのは魔王である栄造からもらったカードであった。そのカードに記されていたのは、具体的な登場人物などに違いはあったが、不思議なことに、話の大筋は彼が冒険した内容の全てであった。物語を書いていくうちに、彼は、自分自身が「熱帯」の作者、佐山尚一であることを思い出した。「熱帯」とは物語ることで生み出され、生み出された物語の登場人物がまた「熱帯」を物語ることで、終わりなく続いていく物語であった。

 物語を書き終えた佐山は、知らない間に千代たちが生きる現実世界に帰還した。そして30年の月日が経ち、佐山は、冒険の日々、そして自分が書いた「熱帯」の記憶がどんどん薄れていくのを感じていた。佐山は「熱帯」とは何だったのかを考えながら、千代に誘われてある読書会に出かけた。それは「沈黙読書会」と呼ばれる謎のある本を持ちよる読書会だった。そこには池内という男が参加しており、佐山に挨拶した。そして読書会が始まり、池内がある女性に声をかけた。その女性は白石と名乗り、1冊の本を取り出した。森見登美彦という小説家が書いた「熱帯」だった。佐山は無人島での鮮やかな景色が脳裏に浮かんだ。そして白石は語り始め、また「熱帯」の門が開いた。

熱帯の読書感想文

 この作品は、誰も読み終えることのできない謎の本「熱帯」をめぐって進む作品ですが、主人公が変わり、視点も変わり、時代も変わり、ジェットコースターのような勢いで不思議な世界にいざなわれていく作品です。物語の中で、さらに物語が語られ、その中でさらに物語が語られる、まるでマトリョーシカのような作品です。

 正直、読了後の感想はまとめるのも、誰かに伝えるのも難しく、それはまるで物語の中で登場人物たちが感じた「熱帯」の感想そのもので、自分が今どの世界にいるのかも分からなくなるほど、深みにはまってしまう作品だと思います。物語のラストが、自分が今読んでいる森見登美彦さんの「熱帯」に繋がるというラストも、とてもゾクゾクする感覚で、その「熱帯」は私が読んだ「熱帯」なのだろか、とさらに謎が出て来て続きの話を聞きたいと思ってしまいました。

 この作品を読んでいると、どんどん現実なのか空想なのか、誰かの夢なのか、はたまた現実なのか、あやふやになっていく不思議な感覚に陥りました。でも、この感覚はどこかで感じたことがある感覚で、なんだろうと考えた時に、それは自分が読書をしている時のふわふわした感覚に近いと気づきました。本を読むという行為は、誰かが考えた空想の世界、本の中のストーリーに自分が入り込んでいくことだと思います。現実の世界と重ね合わせて共感したり、空想の世界でしか味わえない経験に興奮したり、そんな現実と空想の行き来を楽しむのが、読書の醍醐味ではないかと私は思います。この作品では「熱帯」という本の謎を解き明かす人達の現実の物語が、「熱帯」という空想小説と混ざりこむことで、まさに、その「読書体験」である現実と空想の行き来が一つの小説になってしまったのではないかと感じました。「読書体験」を小説にするなんて、そんなことが実際に可能なのかいまだに信じがたいですが、不思議な世界に身をゆだねてみるのも悪くないなと思わせる、強い魅力がある作品だと思います。


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