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異邦人/カミュのあらすじと読書感想文

2018年10月13日

 「異邦人」(カミュ/窪田啓作訳/新潮文庫)のあらすじと読書感想文です。

異邦人/カミュのあらすじ

 きょう、ママンが死んだ。私は主人に休みをもらい、バスに乗って、ママンの養老院に出かけた。埋葬の前、養老院の門衛は、蓋を開けてママンの顔を見せようと柩に近寄ったが、私は引きとめた。「ご覧にならないですか」というから、「ええ」と私は答えた。

 次の日は土曜だったから、海水浴場へ泳ぎにゆくことに決めた。水の中で、マリイ・カルドナに再会した。マリイはもと私の職場にいたタイピストで、私も彼女もお互いを憎からず思っていた。私は彼女と海を泳ぎ、彼女を映画に誘った。そのあと、彼女は私の部屋へ来た。

 月曜の夕方、同じ階に住むレエモン・サンテスが、私を飲みに誘った。養っていた女に騙されたので、女を殴ったところ、その女の兄が因縁をつけてきて、喧嘩をしたそうだ。レエモンは、女に仕返しをするため手紙を書いて女を呼び出したいが、自分では適当な手紙が書けないと思うので、私に書いてほしいという。私は手紙を書いた。

 まる1週間、私はよく働いた。週末、レエモンの部屋から、いさかいの物音と女の悲鳴が聞こえた。レエモンが殴ったらしい。巡査が来て女を帰し、事は収まった。レエモンは私の部屋へ来て、女に制裁を加えたことにどんなに満足しているかを語った。

 ある日、レエモンが私の事務所に電話をかけてきた。彼の友人がヴィラで日曜を過ごすよう誘ってくれたから、一緒に行かないかという。話を終え、電話を切ろうとした私を引き止め、彼は、例の女の兄を含むアラビア人の一団に一日中付きまとわれたと話した。

 日曜日、レエモンと、彼の友人のヴィラに行った。海辺を歩いていると、向こう側から2人のアラビア人が歩いてきた。レエモンは「あいつだ」といい、男を殴った。私はレエモンをなだめ、彼のピストルを預かった。

 レエモンはヴィラに戻ったが、階段を上るのが億劫だった私は、ヴィラの入り口にたたずんでいた。しかし堪えられぬほどの暑さだったので、しばらくして、ひとり浜へと歩き出した。岩陰の涼しい泉に行きたいと思った。

 もうあの一件は終わったものと思っていたが、そこにはレエモンの相手がまた来ていた。男は私を見つけると、体を起こし、ポケットに手を突っ込んだ。私はレエモンのピストルを握りしめた。眉毛にたまった汗が一度にまぶたを流れ、私の眼は見えなくなった。気づくと私はアラビア人を撃っていた。

 逮捕されるとすぐ、私は何度も尋問を受けた。弁護士は、予審判事側が、私がママンの埋葬の日に「感動を示さなかった」ことを知っており、それが問題なのだと言った。

 刑務所での暮らしには、やがて慣れた。夏が過ぎ、じきに次の夏が来た。ある日、私は護送車で裁判所に連れて行かれた。証人として、養老院の門衛、レエモン、マリイも来ていた。

 門衛は、葬儀の前に、私がママンの顔を見ようとしなかったことを証言した。マリイがあの一日について話したあと、検事は私のほうを指しながら、「陪審員の方々、その母の死の翌日、この男は、海水浴へゆき、女と情事をはじめ、喜劇映画を観に行って笑い転げたのです。もうこれ以上、あなたがたに申すことはありません」と、深刻な声で言い放った。彼によれば、私は浜辺でレエモンの敵を挑発し、レエモンにピストルを要求し、それを用いるためにひとりで出かけ、計画通り、確実にアラビア人を撃ち殺したのだという。

 検事は、「あの男の魂をのぞき込んで見たが、そこには人間らしいものは何一つない。私はこの男に対し死刑を要求します。」といった。

 私は暑さと驚きとにぼんやりしていた。裁判長は、何か言い足すことはないかと私に尋ねた。私は、「あらかじめ殺そうと意図していたわけではない」といった。裁判長は、では動機はなんだったのかと尋ねた。私は、自分の滑稽さを承知しつつ、それは太陽のせいだ、といった。

異邦人/カミュの読書感想文

 この物語の語り手、ムルソーは、日常に満足して生きており、あまり感情の起伏がなく情熱的ではないが、隣人が困っていれば助けてあげる、そんな人間です。

 そんなムルソーに、周囲の人々は、それぞれの描くムルソー像を重ね、実際の本人とのギャップに気づくと、勝手に怒ったり悲しんだりします。

 たとえば母親の死のあと、人々はムルソーに対し、分かった風に、いろいろと気を遣います。みんなが、「気持ちはわかるよ」と言ったり、「やけになっちゃいけない」と言葉をかけたりしますが、ムルソー本人は特に何も思ってはいない。

 母親のことばかりでなく、職場の上司は、「ムルソーは若いから、出張でパリに住めることになれば喜ぶに違いない」と考えていたし、隣人のレエモンは、「ムルソーは自分と仲間になりたいに違いない」と思っています。

 それぞれに勝手な自分像を作り上げられたムルソーは、面倒になって初めから相手の解釈に合わせたり、時に「それは違う」と否定したり、また本当の気持ちを分かってもらおうとしばらく奮闘した後、疲れてあきらめたりということを重ねていきます。でも、心の中ではいつも、相手の解釈は違うと思っている。

 殺人を犯すまでは、人との間に誤解があってもそれはそれで問題がなかったのですが、一度反社会的な行動を取ってしまったムルソーは、人々に勝手に解釈されるうち、凶悪犯罪者に仕立て上げられていってしまいます。

 誰かに理解されることをあきらめ、絶望したムルソーは、死刑という形でその世界に終わりが来ることも、それはそれでよいと受け入れる。この物語は、そんな風にも感じられました。

 他人を理解することは難しい。私たちも、誤解され、誤解しながら生きているのかもしれません。

 私は、自分が感じた気持ちを、誰かに正確に伝えたいと願うとき、いつも、その難しさを思い知ります。気持ちを一つ、言葉に表してみれば、それはそれで違うような気がしてくる。その言葉をもっと詳しく説明しようと踏み込めば、それもまた違うように思えます。

 たとえるなら、果物を切ったらもう片方の断面があり、もっと細かく切ったらまた新しい断面が現れるように。思いを言葉で刻むほど、新しい側面が生まれ、近づきもするが、かけ離れてもいく感じ。この感覚も、うまく表現できないけれど、そんな感じがするのです。

 だから、自分の思いを厳密に100%の言葉で表すことはあきらめて、「はい、これが私の気持ちです」と、どこかで妥協して相手に差し出しているように思うことが多々あります。それは、本当はいろいろな感情の入り混じった気持ちを、シンプルに、「嬉しい」とか「悲しい」とか、初めから存在する型に当てはめることにも似ています。

 そしてそれを伝えるためには、同じ型が、相手の中にも存在しなければならない。人は、自分が経験したことのある、感じたことのある感情しか理解できないからです。

 相手の中にその特定の概念がなければ、どんなに多くの言葉を使って表現しても、自分の思いが伝わらない。自分と違う生き方をしてきた人に気持ちを伝えようと願う時ほど、言葉の無力さを思い知ります。「心をそのまま取り替えっこできたらどんなに良いだろう!」と思います。

 ムルソーが自分の思いを伝えようと言葉を繋ぐほど、周りに誤解されていく様子を見ていたら、そんな瞬間のもどかしさを思い出しました。

 たしかに、ムルソーを理解することは難しい。彼は感情をわかりやすく表現せず、共感を呼ばないからです。おそらく、私たちの中に、ムルソーと同じ気持ちの型が見当たらないのです。

 またムルソー自身も、自分の気持ちを型に表すことを嫌います。彼は既存の言葉や相手の解釈に妥協せず、どこまでも自分が感じたままの気持ちを伝えようとする。彼は、母親の死を悲しくないと言います。彼の弁護士は、悲しみの感情を抑圧していたのではないかと言いますが、ムルソーはそれも否定します。

 この世界で最も自分に近い存在であろう母親との別離を悲しまず、恋人のことも「愛していない」と言うムルソーの、他にどんな気持ちをわかってあげられるのか。

 おそらく読者も、この物語の登場人物の立場からムルソーを見ていたなら、彼を理解することはできなかったでしょう。ムルソーが裁かれる法廷に座っていたら、検事の熱弁に説得され、その判決に頷いてしまったのかもしれません。

 しかし読者は決して、ムルソーに下された判決を妥当だとは思わない。法廷のシーンではきっと、ムルソーと一緒に、「それは違う」と叫びたくなる。ムルソーの語りをずっと隣で聞いていた読者は、検事の言い放った「人間らしい心がひとつもない」という言葉があまりに見当違いに思えるほど、ムルソーが感情や意識を持っていることを知っているからです。

 それこそが、この作品のすごさではないかと思います。作者の巧みな描写によって、読み手は主人公と心を取り替えたように、彼の言葉の向こうにある、感情の動きや他人に理解されないもどかしさを感じ、その日々の小さな出来事に意識を向け、まぶしい太陽に照らされる景色を、彼の目を通して見ることができます。

 ムルソーは、恋人のマリイを大切に思っているし、母親を愛している。彼はただ、その感覚の集合を、「愛」や「悲しみ」という型に入れなかっただけ。自分が感じたままに表現しようとしただけだと、気づくことができます。

 この物語を読むときには、ムルソーという人間を、その台詞や感情表現を追って判断するのではなく、ぜひ、彼の隣に座って、ゆっくりとその語りを聞いてみてほしい。彼の感覚のひとつひとつを想像しながら読んでほしい、そんな一冊だと思いました。 (みゅう https://twitter.com/rekanoshuto13


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