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2012年10月30日 竹内みちまろ
高校2年生の鷺坂美樹は、女のような名前にコンプレックスを持っていましたが、森脇苑子は、小学校からのかわいい幼なじみで、親公認のガールフレンドでした。急行で30分ほどかかる通学電車では、いつもいっしょ。しかし、高校に入学してからもそれまでと同じというわけにはいきませんでした。奥手な美樹は、性欲や自慰と、周りの女の子たちをうまく合致させることができませんでした。また冷静になったときに、性欲がけがらわしいものに思え、ますます奥手になっていきました。が、男友だちから苑子との仲をからかわれたり、苑子を好きな男がいると聞くなどするうちに、かわいい幼なじみをほかの男に取られる恐怖にかられ、それが恋になりました。2年生になった始業式の日に、「俺とつきあってほしい」と告白すると、苑子はうつむきながら「はい」と返事をしました。
苑子は、かわいい彼女でした。学校のそばの城址公園のベンチでデートを重ねます。気心の知れた仲でしたが、苑子は、恥じらったり、うれしかったりすると、丁寧語で話す癖がありました。「去年はまだつきあってなかったからね」「いまはつきあってますが」、「なんか苑子、かっこいい」「急に褒めないでください」、「俺だって苑子以外の女と二人でどっか行ったことすらないよ」「嬉しいです」……など。
苑子は夏休み中も、演劇部の練習に熱中していました。しかし、美樹が「迎えとか行こうか?」といっていたカラオケボックスで行われた演劇部の打ち上げの時、初めて飲んだお酒に酔い潰れてしまい、1年生の仁藤憲和(のりかず)が別室で介抱しました。2人は関係してしまいました。
ちょうど苑子が仁藤と関係してしまった日、美樹は、苑子を迎えに行くため、いったんはカラオケボックスの前まで行きました。しかし、場の雰囲気に溶け込めず、「そいつ(苑子の彼氏)が何で来たんだ」と思われると考えたら、急にばかばかしくなって、引き返しました。信号で立ち止まると、用事のために夏休み中の学校に来ていた美術の志保先生から「どこか行くの? 駅だったら落としてあげるよ」と声を掛けられ、助手席に潜り込みました。サングラスをして運転する志保先生は学校とは別人で、美樹は、Tシャツの下の胸のふくらみに目がいってしまいました。
仁藤の彼女の奈美江が美樹を訪ねてくることで、美樹は、仁藤と苑子が関係し、その関係を続けていることを知ります。奈美江がカラオケボックスに案内し、美樹がドアを開けると、苑子が仁藤のものを握りながらくわえていました。後日、美樹が問い詰めると、苑子は「好きだったからしたのか、したから好きになったのか、もうわからない」と混乱します。「だって彼のことも好きになっちゃったんだもん。すごく気持ち良かったんだもん」という苑子へ、美樹は「どうやってしたか、全部言え」と言います。
その後、苑子から連絡はありませんでした。模擬テストの後、美樹はやることがなくなり、駅ビルの本屋で雑誌を立ち読みしたあと、夏の日差しを避けるため、ファミリーレストランに入りました。友人と美術展を見に来ていた志保先生と会い、「待っていられる? また送ってあげるよ」と声を掛けられます。車の中で志保先生から「さっき泣いてなかった?」と聞かれ、苑子を取られたことを告げます。「どうしてわかったの」「苑子と仁藤がやっているところに、連れていかれました」などと事情を話します。どうやってしたかを苑子に言わせたと告げると、志保先生は「その話、先生に全部してみる気はある?」と聞きました。
マンションの7階の志保先生に部屋に着くと、志保先生は「あたながすぐその場で見ているように言って」と告げます。美樹が苑子と仁藤が座っていた位置を話すと、志保先生は、無言で立ちあがり、目で美樹に横へずれるように伝え、「こんな感じね」と苑子が座っていたという位置に座ります。志保先生は「顔は見えたの? 髪がかかってて見えなかった?」と聞き、美樹は、渋谷に行ったときにプレゼントした髪留めをしていたので、はっきりみえたことを告げます。「舐めていた? キスしていた? 頬張っていた?」「「どのくらい見てたの?」などと、志保先生はうるんだ目で美樹をしっかりと見つめながら告げます。それから急に立ちあがり、洗面所で髪留めをつけて戻ってきます。「仁藤くんがしてたみたいにして」「下まで脱いでたんでしょう」
志保先生は、20代前半か中盤くらいの表情に似合わず命令口調で話す男を「ご主人様」と呼び、飼い主へ向けるような目で見上げ、鞭で打たれ、尻をたたかれ、「もっとぶってください」「しゃぶってもいいですか」「気持ちいいですか、御主人様」と懇願する女でした。
志保先生は美樹に「したいの?」と聞き、美樹は子どもようにうなずきます。「してあげるけど、先生のいうことが聞ける?」「はい、なんでも聞きます」。志保先生は、「いつやるか、どんな風にやるかは、全部先生が決める」こと、「絶対に口答えしないこと」などを美樹に約束させます。志保先生は、「じゃあ今日はここまでだけど、明日、朝から一日中、やらせてあげる」と告げ、美樹を帰らせました。
美樹は、ときに、いつの間に志保先生とこんな関係ができあがったのだろうなどと志保先生の毛が一本もはえていない股間に自分のものをこすりつけ合わせながら、考えたりしますが、キスに夢中になって性器をいじる手がおろそかになると「いじって」と志保先生が唇の隙間から言ってきたり、きちんと懇願しなければならないと思い「入れさせて下さい。お願いします」とお願いしたらさらに「ちゃんと言って」と直接的な言葉を使うように指導されたりするうちに、キスをしたりなめたりするときは志保先生のようにたっぷりと唾液をなすりつけることを覚え、志保先生の耳をなめながら先生が喜んでくれそうな言い方で卑猥な言葉を口にしたりするようになっていました。
志保先生は、首輪、縄、拘束具、コルセット、形の違う3本のムチ、手錠、エナメルの手袋、美樹にはよくわからない医薬品のようなものの使い方も美樹に教えます。志保先生と美樹は、「先生がこれまでやってきたみたいな、そういったセックスでもかまわない?」「はい」「どんなことでも嫌がらないで、受け止める?」「はい、先生の命令を聞きます」と言葉を交わします。美樹が初めて自分から「命令」という言葉を口にした瞬間、志保先生はビクンと体を震わせた、一気に目がとろんとしたように見えました。
『彼女はいいなり』は読み終えて、性癖というものを考えさせられました。美樹は、大学生になってから振り返っているように、志保先生から「特別授業」を受けていました。志保先生は、「汚いと思う? 変態だと思う?」と問いかけながらも、美樹につばをかけさせて興奮したり、臭いまましゃぶって直接的な言葉を叫んだりしていました。それは志保先生の性癖で、美樹は驚きながらもそんな志保先生との行為に耽溺していきます。そして、これもあとになってから振り返っていましたが、志保先生から教えられた行為は、美樹の性癖でもありました。美樹は、大学生以降、女の子たちと付き合うようになって、してあげるのが好きなのといいつつも、臭いまましゃぶってくれる人がいないことに気がつきます。
美樹は志保先生と出会うことによって、自らの性癖を知りました。志保先生も、美樹も、性癖をさらけ出してむさぼり合った時間は幸せだったのではと思いました。しかし、美樹はまだ車も持って折らず、ホテル代も払えない高校生で、志保先生には志保先生の事情がありました。2人の関係は終わってしまったのですが、別れのとき、セーラー服を着た志保先生が背伸びをして「ありがとう。忘れないわ」とキスをする場面は、なんともロマンティックです。確かに、性癖や趣向は個人の自由ですが、相手にとっても同時に自由で、性癖や趣向が合わない人に強要しても、お互いに気持ちのいい関係はできないと思います。美樹と志保先生は、性癖がぴったりだったのですが、お互いの事情があって別れなければなりませんでした。それが人生というものかもしれませんが、『彼女はいいなり』は、出会いと別れを描き、さらにその別れが美しく描かれていることがとても印象に残っています。人はなぜ生きるのか? ということも大切な命題ですが、人はどう生きるのか? ということも、比べることができないほど、重要な命題です。志保先生は完成された女として登場し、美樹の人間としての物語は語られませんが、それでも、『彼女はいいなり』は、読み終えて人生というものを考えさせる深みがありました。
性癖は、外部から入ってくるものではなく、内面からわいてくるものだと思います。娯楽や楽しみということとも、また違います。娯楽や楽しみはお金で買えるかもしれませんが、性癖は買えません。なぜなら、同じ性癖を持った相手が必要だからです。それも、好きな人を喜ばせたいだとか、相手に気持ちよくなってほしいだとか、気に入られたいだとか、そういったことではなくて、志保先生のように、ぶたれたいから相手にぶってもらう、首輪をされたいから相手にしてもらう、臭いものをしゃぶるのが好きだからしゃぶるという本能のままの行為を、受け入れる・入れないではなくて、自分がそうしたい・されたい・させたいと思うからする人が必要になります。『彼女はいいなり』は、人間というよりも、人間同士の関係を描いた作品なのかもしれないと思いました。
追記:『彼女はいいなり』は、読みながら、美樹に気づかれないように同志のような目配せを送ってくる奈美江や、さんざん汚されたうえに仁藤から捨てられた苑子が、美樹の「いいなり」になっていく物語なのかなと思っていました(少し、期待していました)。それにしても、恥じらいながらも敬語で素直な言葉を口にする苑子は、かわいらしいなと思いました。
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