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2012年10月10日 竹内みちまろ
28歳の「僕」は、結婚して8か月目に、妻の明乃が他の男とセックスをしていることを知りました。具体的には明乃のフリーメールで知るのですが、「僕」は、フリーメールを見る前から、そういうことが「わかってしまう」人物。明乃の浮気を知った「僕」は取り乱すこともなく、嫉妬することも、怒りを覚えることもなく、かえって、控え目でうぶですが並の女など比べものにならないほどの肉体を持っているという明乃の本性が淫乱なセックスに溺れるいやらしい女だということを確信します。明乃とだけは「普通」でいようと思い、「普通」のセックスしかしていなかった「僕」は(それでも明乃は絶頂して軽く失神していましたが)、ある「計画」を思いついて、笑っていました。
出版社に務める「僕」は、明乃の浮気相手である25歳のデザイナーに商談の用向きでアポを取り、デザイナーに会います。「僕」は、すでに希美という婚約者がいるデザイナーへ、デザイナーと明乃の浮気現場の写真や、探偵に調べさせた特定の日の行動表などをつきつけます。デザイナーは完全に我を失い、「僕」はデザイナーに、明乃との浮気を続けることと、「僕」の命令を忠実に実行することを有無をいわさず、要求しました。「僕」は、セックスをする女を撮影する癖のあるデザイナーに、明乃の淫らな写真を撮り、それをサイトにアップし、また、明乃からデザイナーへ送られた淫乱なメールをすべて写真に添付してサイトに掲載することを命じます。
デザイナーは、「僕」からの命令を忠実に実行します。短めのスカートで下着をつけないで直にストッキングをはいてくること…、キスをするときはよだれがしたたり落ちるほどに唾液をからませること…、自分の前では足を閉じないこと…、デザイナーは明乃につぎつぎと命令をします。明乃は、自覚がないままにいつのまにか尻を自分から動かし、飲み干したあとに何もいわれなくても優しく舌でからめ取り、そして、プレイをしている最中の顔がはっきりと映るように自分から髪の毛をピンでとめるようになりました。
前作『私の奴隷になりなさい』で、「僕」は、香奈という女を奴隷にしている「ご主人様」に会い、その「ご主人様」から、「君も自分の道を早く見つけなさい。君なら私と違う方法で、私よりも大きな国を築くことができるよ。お世辞ではなく、君にはそうなるべき性癖がある。資質ではなく性癖だ」と言われます。そして、「僕」は、「ご主人様」に捨てられた香奈の奴隷になり、「ご主人様」が香奈を捨てたように、「僕」は香奈から捨てられます。それから放心し、廃人のような生活を送っていた「僕」は、明乃と出会い、香奈に会う前の自分に戻れるかもしれないと思って明乃と結婚しました。
しかし、デザイナーによって明乃とも「普通」の生活ではいられないと確信した「僕」は、デザイナーにも「こちら側」に来る性癖があることを見抜き、第1段階としてデザイナーを開発し、第2段階としてデザイナーに明乃を開発させ、第3段階として明乃自身を開発していきます。「僕」は、デザイナーに、明乃を「奴隷」と呼び、デザイナイーを明乃に「ご主人様」と呼ばせるようにするよう、命じます。「僕」は、デザイナーに腰が引けたような行動をとったら浮気の証拠を突きつけて社会的制裁を加えると脅し、明乃が別れたいと言っても引き留めるように命じていました。そして、「僕」は寝静まった明乃の鼻孔に、ある「薬」を垂らし続けます。
明乃は能動的に淫らになっていきます。明乃は自分から首輪をはめては「つけた瞬間に、奴隷だと思いました。嬉しいです」と「ご主人様」に答え、メイドのコスチュームを身につけ、すきを見つけてはオナニーにふけり、性にどん欲になっていきました。デザイナーはいつのまにか、「僕」に尊敬に似た気持ちすら抱くようになっていました。
『ご主人様と呼ばせてください』のストーリーは、明乃が、「体が変」と言い始めることで展開します。明乃は、原因がわからず、前よりもぼんやりすることが多くなったといいます。しかし、物語の中の明乃は、夫である「僕」の本性を知らず、また浮気相手であるデザイナーが「僕」に操られるままに明乃に淫らなことをさせていることを知りません。行為を更新するサイトは、ドメインからサーバーまで全て「僕」が用意したものですが、明乃はそのサイトもデザイナーと自分との2人だけの秘密だと思っています。
一つ、興味深かったのが、前作の「ご主人様」が「僕」に指摘したように、「僕」がある性癖を強く持っているということでした。前作の「ご主人様」は、自身の性癖を「調教癖」と自覚しており、「ご主人様」は結婚して社会的には何らかの仕事をして「普通」に生きています。そして、そのような社会的な生活を壊さないことに最善の注意を払いながら、一方では、香奈のような「淫乱な女」を見つけ出しては、「仕込まれた女」に仕立て上げていきます。前作の「ご主人様」は、公私を分けているといいますか、社会的に生きることは社会的に生きること、そして、性癖は性癖と割り切って、それを両立させながら、あくまでも性癖についていは自分だけの世界として完結させていました。まさに「スモール・ワールド」です。しかし、前作で「あちら側」を垣間見てしまった「僕」は、「ご主人様」のように自らの性癖と割り切った付き合いができないままに、性癖という「あちら側」の住人としての資質を持ちながら、「あちら側」の住人として性癖と付き合うすべを知らず、明乃と結婚してからも、死人のような生活を送っています。
『ご主人様と呼ばせてください』で印象に残っている場面があります。「僕」が初めて、嫉妬なのか、後悔なのか、ただの感傷なのかわからない気持ちに捕らわれてしまった場面です。「僕」は、サイトを見返していたときに、出会ったばかりの明乃がデザイナーに送った、「あと飲み会は一応結婚している身ですので、途中で失礼させていただくこともあるかもしれません。それでもよろしければぜひ!」という文で終わるメールを読んだ時でした。「僕」は「この妻に会いたい」と思っていました。明乃は「僕」に、「二十歳のころの、普通に二十歳だったあなたに会ってみたい」と告げたことがありました。明乃から「おじいさんみたい」と言われる「僕」も、前作で香奈と出会うまでは「普通」でしたが、香奈と出会い、香奈の「ご主人様」と出会ってからは、香奈の「ご主人様」のように、自らの性癖とうまくつきあうことができません。「僕」が「ご主人様」のように達観し、「スモール・ワールド」の住人であることに満足すれば、「僕」も「僕」なりの幸せを得ることができるのかもしれません。あるいは、自らの性癖と対峙して何らかの決着をつければ、それはそれで、ストーリーもの(成長もの?/感動もの?)として成立するのかもしれません。しかし、「僕」にはそれはできない、あるいは、しない。そしてそれゆえに、前作から続き、本作が、エロを描くことが目的ではなく、エロを手段として人間を描いている作品なのだと思いました。
サタミさんの作品は、まだ2作しか読んでいませんが、あと何作が出ているようです。これからどんな世界が広がって行くのか楽しみです。また、前作に引き続き、今作でも、「普通」ではない「わかってしまう」という「僕」自身の物語は何も語られていません。語らないことによってしか表現できないこともあるとは思いますが、サタミさんの作品が、引き続き物語を語らないまま周辺だけをなぞり続けるのか、それとも、核心に踏み込むのか、それも楽しみです。
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