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デビクロくんの恋と魔法/中村航のあらすじと読書感想文

2014年1月25日 竹内みちまろ

デビクロくんの恋と魔法のあらすじ

 高橋製作所の次女に生まれた杏奈(あんな)は、幼いころから父親による、ほらこの鉄の塊がお空を飛ぶんだよ、などという英才教育(?)を受けたためか、今では、『月刊溶接』を定期購読する「溶接女子」。高橋製作所の2階に住み、自身は、「アトリエタカハシ」の看板を掲げ、顧客の注文を取っています。

 そんな杏奈ですが、父親から、営業車のワイパーに挟まれていたという紙を見せられたとき、人生が変わります。「デビクロ通信」とタイトルが記されたその紙には、ジェイソンマスクを被ったトナカイのマークや、団らんに背を向ける斜に構えたサンタクロースのイラストが描かれ、「始まりは突然に」「出会いは夜更け過ぎに、愛へと変わるだろう」などと、毎年クリスマスの時期に流れる歌を連想させるメッセージ(?)が書かれています。

 「デビクロ通信」は不定期にワイパーに挟まれていました。杏奈は、周囲を気にしたり、張り込みをした末に、ついに、「デビクロ通信」を挟んでいく山本光に、「あの」と声を掛けることに成功します。杏奈よりも3歳年上の光は、大手書店に勤める書店員で、1週間に2回だったり、3週間に1回だったりと不定期に、夜になると黒いパーカーをかぶり、目の下にサソリのペイントを貼り、大きなイヤーホンをして、数部から数十部の「デビクロ通信」を、「ボム(掲示/配布)」している人物でした。郵便ポストに「デビクロ通信お断り」と張られていたときはさすがに光はめげましたが、杏奈はそんな光を「デビクロ兄さん」と呼ぶようになります。

 「デビクロ」とは、サンタクロースの心の中に生まれた闇で、デビルクロースの略でした。誰からも顧みられることのない孤独なサンタは、デビクロくんを愛しますが、もっと大切なものを守るため、次のクリスマスが来るまでに、デビクロくんとさよならすることを決意します。

 杏奈と光、そして、デビクロくんの恋と魔法の物語が始まりました。

デビクロくんの恋と魔法の読書感想文(ネタバレ)

 「デビクロくんの恋と魔法」は、読み終えて心がきゅるるんとしました。

 光が韓国人のソヨンさんに心惹かれていく場面は、とってもロマンティックでした。けがをした光にハンカチを残して去っていったソヨンさんですが、光が運命的な出会いによって再会を果たすという展開です。ベタですが、ストーリーが周到に作られていて、心地よく、甘酸っぱい青春の味を堪能させていただきました。

 「デビクロくんの恋と魔法」の魅力は、青春の味なのだ、と思いました。誰しもが一度は経験する初恋や青春の甘さは、永遠ではあるのですが、みんな、大きくなったら、そんな青春の甘さにさよならして大人にならなければなりません。

 「デビクロくんの恋と魔法」のストーリーは、ひと昔前なら、それこそ、登場人物が高校生や大学生という設定で語られる物語かもしれないと思いました。

 光は、なんとなく大学を出て、なんとなく就職して、仕事は黙々とこなし、マメは性格も手伝って、平和な日々を積み重ねています。おっとりとした性格で、情熱だとか、一人前になるだとか、成功だとか、マイホームだとか、そういったものとは無縁の世界を生きているような気がしました。

 ただ、そんな光の人生がスパークし、恋の物語が縦糸だとしたら、編集者に出会ったことで起こった変化を横糸として、ストーリーが展開していく場面は読みごたえがありました。光は、人生に夢も希望も持てないと言われる「さとり世代」とは違うと思うのですが、脱力していますし、ギラギラしたところは皆無です。厳しい社会では巧みな人間たちから利用されてしまうタイプかもしれません。

 でも、そんな光ですが、古い価値観で凝り固まっている人たちからすれば「無為」と言われるかもしれない数年間という時間を経て、ようやく、自分の人生を歩き始めます。

 思えば、学校を出る時点で自分の道が定まっている人などほとんどいないのかもしれません。もちろん、杏奈のように、高橋製作所を継ぐために高等専門学校に入って専門技術を身につけるという人生もあります。ただ、光のような人生を歩んでいる人も多いのではと思います。特に現代では、世間は、遅くとも学校を卒業する時点までには自分の道を定めることを要求してきますが、そんな現象が発生する原因が、たんに若者がそうしてくれた方が日本社会の構造的に都合がいいからというだけかもしれません(たとえば年金制度ひとつとっても)。

 いつも世間は、「○○世代」などと、自分のことは棚に上げて、他人をとやかくいいたがりますが、光は、もしかしたら、そんな世間など相手にせず、着実に自分の人生を歩んでいるのかもしれないと思いました。


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