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トリガール!/中村航のあらすじと読書感想文

2016年9月11日 竹内みちまろ

トリガール!のあらすじ

 一浪して機械工学科に入学した1年生の鳥山ゆきなは、理系の学科が得意だっというだけで工業大学を受験してしまった女の子。授業のガイダンスを受けるも、自分がこれから何をするのかがほどんどイメージできなかった。

 ゆきなは、女子学生の比率が少ない中、同じ新入生の和美と知り合った。町工場の家に生まれた和美は、父親っ子で、工場で働くお父さんの姿を追い駆けるうちに生粋の機械女子になっていた。

 ゆきなと和美は、サークルの新入生勧誘で、「T.S.L.(チーム・スカイハイ・ラリアット)」から入会を勧められた。「T.S.L.」は、年に1回、琵琶湖で開催されている、人間の力でプロペラを回して空を飛ぶ「人力飛行機」で飛行距離を競う「鳥人間コンテスト」に出場していた。

 ゆきなは、琵琶湖の対岸を目指して飛んでいく人力飛行機の映像を見て、「……凄い」と圧倒された。

 さらに、スクリーンの中に映し出されているパイロットは、必死にペダルを漕ぎながら、「風を拾え! そして今を生きるんだ!」、「太陽が昇りきる前に、生きる意味を探しにいくぞ!」、「飛ぶぞ! もっと飛んでやる!」と叫んでいた。ゆきなは、「マンガの中でしか見たことがないような気迫だった。だけど彼の本気は今、全世界を巻き込むように炸裂し、高らかに放たれているのだ」と感じた。

 「君たちだって飛べる。ほら、ここに名前を書けば、君たちだって飛べるんだよ」と誘われたゆきなと和美は、「T.S.L.」に入会した。

 「T.S.L.」は、機体の制作チームだけで100人を越す大所帯。プロペラ班、翼班、フェアリング班、電装班などに加え、庶務班もあった。和美は迷った末に、プロペラ班に所属した。

 ゆきなは、1学年上の小柄な高橋圭からパイロット班に誘われた。圭とサイクルショップにいき、直感で、ピンク色のサドルとピンク色のタイヤを黒いフレームが結んでいるロードバイクを購入した。

 パイロット班のメンバーは普段から、自転車を漕いでトレーニングを積んでいた。ゆきなも翌日から、キャンパスまでの数10キロをピンクのロードバイクで通い始めた。新しい風景に出会ったゆきなは、体験したことのなかった爽快さを楽しんだ。

 ゆきなは、圭と行動を共にする機会が多くなった。圭は、学食で、納豆、鳥のささみ、何もかけないスパゲッティなどストイックな食事を取っていた。圭は、「パイロットは、設計段階で体重と出力を指定されるんだ。お前は体重六〇キロで、出力は二五〇ワットを二〇分、とかって」と告げた。

 ゆきなは、圭と一緒に大学のトレーニングセンターに行った。しかし、ゆきなは、パイロット班のもうひとりのメンバーで、最大出力が1000ワットを軽く超えるという3年生の坂場から「女には無理だ」と一蹴された。ゆきなは、本気を出したら負けなような気がしたが、本気を出さないわけいはいかず、「わたし、真剣にやってみようかな、バイク」と圭に告げた。

 想像していた大学生活とは違ったものの、「T.S.L.」のパイロット班メンバーとして、ゆきなの学園生活が始まった。圭からストレッチやマッサージの方法を学び、ゆきなは日々変わっていく自分の肉体と会話をするようになった。「鳥人間コンテスト」では、人力飛行機は最後は必ず墜ちるか、(飛行禁止区域に侵入しないために)パイロット自らの手で墜とされることを知り、朝にもエアロバイクを漕ぐようになった。

 ゆきは、坂場、圭の3人で、トレーニングのためにロードバイクで山に行くことになった。ゆきなは、2人に付いて行くことができず、途中で引き返した。もう、サークルを止めようと思っていたとき、圭に、「ねえ、どうして、そんなに一生懸命になれるの?」と尋ねた。圭は「飛びたいからだよ。僕たちは飛びたいんだ」と答えた。

 「T.S.L.」の「鳥人間コンテスト」用の新しい機体「アルバトロス(アホウドリ)」のテスト飛行が行われることになった。「アルバトロス」の設計は、前回大会終了後から始まっていた。「アルバトロス」は2人乗りのため、コンテストに出場する中でも群を抜いて巨大だった。制作チームのメンバーは、試作品の組み立てや運搬などで徹夜の作業となったが、パイロット班は十分な睡眠を取り体調を整えることを義務付けられた。

 「T.S.L.」の初代機は15年ほど前に完成した。「鳥人間コンテスト」で、他大学のチームが1人乗りの機体で10キロのフライトを成功させていたころだ。「T.S.L.」の機体は、2メートル、3メートル、測定不能などの記録しか出せず、「飛ぶわけない」と笑われ続けた。しかし、毎年、記録を伸ばし、現在では「T.S.L.」は入賞するようになっていた。

 ゆきなは、「T.S.L.」の歴史を聴きながら、「わたしの本当にしたいことって何なんだろう……。わたしもいつか、自分の情熱を握りしめることができるんだろうか……」と不安になった。

 「アルバトロス」のテスト飛行は失敗した。最大の痛手は、1stパイロットの圭が全治3カ月の左足首脱臼骨折をしたこと。圭の夏のコンテストへの出場が絶望的になった。以前のコンテストでの失敗を自分のせいだと決めつけていた坂場は、舵を取ることを恐れ、ペダルを漕ぐことに集中する2ndパイロットを務めていた。坂場は事故では、ほぼ無傷だった。

 圭は「おれ……飛びたいです」と泣いた。「必ず復帰しますから」という圭から、ゆきなは、「ゆきなちゃん、それまでは先輩と一緒に飛んで」と声を掛けられた。ゆきなは「わたしが飛ぶ……」と驚いた。

 坂場は、そんなゆきなを赤ちょうちんに誘った。お酒をほとんど飲んだことがなかったゆきなは、ビールのジョッキに恐る恐る口を付けた。初めて飲むビールが美味しくて、グビグビ飲んでしまった。坂場が「お前、飛ぶつもりはあるのか?」と聞くと、ゆきなは「えっ? 先輩、マジで言ってるんすか? わたしに飛べるわけないじゃないですか。だいたい先輩、女には無理だって言ってませんでしたっけ?」と嫌味たっぷりに言い返した。酔ったあげく、坂場に「飛ばない先輩は、ただのクソブタ野郎ですよ!」といい放った。

 翌日、坂場は、トレーニングセンターでペダル漕ぎながら、ゆきなに、「おれは1stパイロットをやる」、「おれが舵を取る。もう迷わねえ! 進路は西だ!」と告げた。「お前は2ndをやれ! お前が必要なんだ。おれがフルパワーで漕ぐから、お前はおれに付いてこい!」と大声で告げた。ゆきなは「はいっ!」と答えた。

 坂場が「飛びたいのか?」と確認すると、ゆきなは我武者羅にペダルを漕ぎながら「はいっ! 飛びたいです!」と答えた。

 「アルバトロス」は、坂場を1stパイロットに、ゆきなを2ndパイロットにして、「鳥人間コンテスト」に出場することになった。

トリガール!の読書感想文

 「トリガール!」を読んで、自分の周りに広がる風景を変えるのは、自分なのだなと思いました。

 流されるようにして「T.S.L.」に入会したゆきなですが、ロードバイクで通学するようになると、それまでに経験をしたことがない朝の爽快な風景と出会いました。厳しいトレーニングと体調管理を始めると、肉体を会話をする楽しさを知ります。それらは、「T.S.L.」に入ったことによって生まれた風景だと思います。

 さらに、ゆきな自身もマンガの中でしか見たことがない風景と表現していた、何かに打ち込む人間たちが発する情熱に包まれた風景が、ゆきなの日常生活の中に広がるようになりました。「太陽が昇りきる前に、生きる意味を探しにいくぞ!」、「おれが舵を取る。もう迷わねえ! 進路は西だ!」などと叫ぶのは、普通の人間たちの生活の中ではありえないことなのかもしれません。

 しかし、「T.S.L.」では、マンガの中ではなく、本当にそんな風景が広がっていました。

 「T.S.L.」にそんな風景が広がっていた理由を考えてみました。メンバーたちが情熱を傾け、そして本気になって行動して取り組んでいるからだと想いました。そして、そこまでして熱中している理由が、「空を飛びたいから」という想いである点も大きいと思います。これが、例えば、サラリーマンがビジネスを成功させる話だったり、政治家の話だったり、研究機関に務める研究者が仕事で何かを発明する話だったとしたら、それはそれで尊いものだとは思いますが、そういった話に出て来る人は、ビジネスマン、政治家、研究者などという肩書の範囲内で情熱を傾けているだけで、一歩離れれば、そういった肩書とは切り離されたプライベートな自分自身という存在があるのだと思います。

 しかし、「T.S.L.」のメンバーたちは、大学生という他には何も肩書がない人間であり、利害関係や出世欲、名誉を欲する心とは無縁の場所で生きていました。そんな何者でもない存在が「空を飛びたい」という想いだけで本気になっている姿は強烈でした。大学生たちはやがて大学を卒業し、それぞれの道を歩み、いずれは何者かになるのだと思いますが、人生を本当に豊かにするものって、社会的な生活を送る上での肩書とは無関係な時代や場所で、生まれるのかもしれないと思いました。


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