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限りなく透明に近いブルー/村上龍のあらすじと読書感想文

2013年4月8日 竹内みちまろ

 『限りなく透明に近いブルー』は米軍の横田基地がある福生で過ごす「僕」や仲間たちの様子が描かれていました。主人公がいて、ヒロインがいて、敵が現れて、最後に2人が結ばれる…というストーリーものではありません。「僕」や仲間たちは、誰かの部屋に集まって騒いだり、ヘロインやLSDをやったり、パーティーをやったり、仲間が釘尽きバットで足をやられた仕返しに日比谷野外音楽堂のガードマンを拉致したり、ケイを殴るヨシヤマへオキナワが「お前ケイが死んだら殺人だぞ」と告げたりします。『限りなく透明に近いブルー』は、そんな様子がひたすら描かれた作品でした。

 印象に残っている場面があります。人間のこぶし程のハシシが香炉でたかれたオスカーの部屋での出来事でした。ケイは「誰のが一番でかいか比べるわ」と、「犬のように絨毯を這い転がって一人一人くわえて回」っています。部屋のあちこちで体をくねらせる3人の日本人女性を見ながら、「僕」は、ワインを飲み、はちみつを塗ったクラッカーを食べていました。

 そんな様子を眺めながら、「僕」は、「ここは一体どこなのだろうとずっと考えている」と書かれています。この場面に限らず、全編を通して、「僕」は、といいますか、「僕」の意識は、「僕」の目を通して描写される場面から乖離して、そして、周りの人間の目に映る「僕」という存在からも乖離して、どこか別の場所にあるようでした。

 「僕」は、自転車に乗った郵便局員や、鞄を提げた小学生や、犬を連れたアメリカ人が狭いすき間を通り過ぎたり、ポプラの木が雨に濡れてコンクリートや草が冷やされていく時の匂いを感じたり、リリーに話し掛けられて、「リリーは一体何をしゃべっているのだろう」と疑問したりします。そんな「僕」は、仲間たちからも異質に見えるようです。リリーから、「リュウ、あなた変な人よ、可哀想な人だわ、目を閉じても浮かんでくるいろんな事を見ようってしているんじゃないの? うまく言えないけど本当に心からさ楽しんでいたら、その最中に何かを捜したり考えたりしないはずよ、違う?」「あなたは何かを見よう見ようってしてるのよ、まるで記録しておいて後でその研究をする学者みたいにさあ。小さな子供みたいに。実際子供なんだわ、子供の時は何でも見ようってするでしょ?」などと指摘されていました。ラスト近くでは、「リュウ、あなた疲れてるのよ、変な目をしてるし、帰って寝た方がいいんじゃない?」と言われていました。

 「僕」が、感情や感性や感覚を失っていく理由はわかりません。「リリー、僕帰ろうかな、帰りたいんだ。どこかわからないけど帰りたいよ」などのせりふはありますが、「僕」の中で何か決定的な事件があったのか、「僕」は子どものころのまま時間が止まってしまったのか、あるいは、何かから目をそむけようとしているのかなどは、作品の内側で提示されている情報からはわかりませんでした。ただ、読み終えて、「僕」は感覚も感性も豊かな方だと思うのですが、感情を失って、自分を失ってしまってすらいるとも思える「僕」の姿は、「僕」の目に映る、異常ともいえる周りの風景からはかけ離れていて、どこか、静謐で探究的なところもありました。「限りなく透明に近いブルー」は若者の風俗を描いた小説というよりも、自分を見失い、自分から乖離してしまった「僕」の心を描いた作品だと思いました。


→ 風の歌を聴け/村上春樹のあらすじと読書感想文


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