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2015年10月21日 竹内みちまろ
東京よりもずっと西にある街で、フジシュンこと藤井俊介(ふじい・しゅんすけ)は中学2年生の2学期が始まったばかりの1989年(平成元年)9月4日、自宅の庭にある柿の木で首を吊って死んだ。父親が発見した時、既に心臓が停止していた。
俊介は、進級した2年3組で酷いいじめに遭っていた。俊介をいじめていたのは、三島武大と根本晋哉という悪(わる)2人と、2人から「おまえもやってみろよ」と言われ、いじめに加わるようになっていった者が数名。中でも、小ずるくて、お調子者で、よく嘘をつく堺翔平は、俊介がいなくなったら自分がいじめられるという恐れもあったためか、2人を俊介のいじめに繋ぎとめようと次から次へといじめのアイデアを出していた。その他のクラスの全員は、俊介がいじめられている間はクラスの“平和”が保たれるとばかりに、いじめを誰も止めなかった。学校自体も、荒れていた。
俊介は、遺書に3人のクラスメイトの男子と、別のクラスの同級生女子1名の名前を記した。三島と根本には、「永遠にゆるさない。呪ってやる。地獄に落ちろ」など、サッカー部の真田祐(さなだ・ゆう)には「親友になってくれてありがとう」など、2年5組でテニス部の中川百合子には「迷惑をおかけして、ごめんなさい。誕生日おめでとうございます。幸せになってください」など。
真田は小学校の時は俊介と一緒に遊び、俊介の家に行ったこともあったが、中学に入ってからは、俊介がサッカー部をすぐに止めたこともあり、疎遠になっていた。むしろ、「見ていてなんとなくいらいらする」とさえ思っていた。
俊介の自殺後、クラス担任の富岡は「信じてたんだ、先生は」、「裏切られたよ」などと怒鳴り散らし、真田はそんな富岡を冷ややかに見つめた。
マスコミの取材が殺到した告別式にはクラス全員で参列した。斎場のホールに設えられた焼香台で焼香を済ませた。その後、真田と中川の2人に遺体が安置されているホールの中に入って欲しいとの両親の意向が伝えられたが、中川は欠席していたため、真田だけが遺体に対面した。俊介の母親は「ありがとう、ありがとうね」などとうめき声を出しながら真田にしがみついた。俊介の弟の健介は泣きはらした目で真田をにらみつけた。俊介の父親・藤井晴男は真田の胸ぐらをつかんで「親友だったら……なんで、助けなかった……」と真田に詰め寄り、親戚や葬儀社の者から止められた。真田にとって、俊介の父親が「あの人」となった。真田が「あの人」の背中を見つける20年に渡る物語が始まった。
葬儀の後、「あの人」は遺書をマスコミに公開し、週刊誌が「いけにえ自殺」と名付けた。
『十字架』は、俊介が自殺した後の真田と中川の人生が印象に残りました。濃い人生だと思いました。
学校では、四十九日が過ぎてから、俊介の机が教室から片づけられました。3年生に進級してクラス替えがあると、俊介の自殺は過去の出来事になっていきます。が、卒業式の数日前、中川が俊介の図書室の図書カードがそのまま残っていたことを発見し、真田に見せます。俊介が自殺の当日に「世界の旅 ヨーロッパ」という本を返していたことを知ります。「世界の旅 ヨーロッパ」を本棚から取り出してみると、俊介が書いた「世界一周ツアー(決定版)」というルーズリーフが挟まれているのを発見します。
同じ高校に進学した真田と中川は「サユ」「ユウくん」と呼び合う仲になり、真田は都心の大学に、中川は郊外の大学に合格。2人とも、東京で一人暮らしを始めます。でも、お互いに俊介のことにどう整理を付けたらよいのか分からずに、悩み続けていました。
印象に残っている場面があります。大学2年生の夏、中川にとっては20歳の誕生日でした。中川は、真田に、誕生日を祝うよりも、俊介の7回忌に行くと言い始めます。「次は十三回忌だから、わたしも二十六で、お勤めもしていると思うし、結婚もしているかもしれないし……これが最後だと思う」。真田は、誕生日を2人で祝うのではなかったのかと中川を責めます。2人は、大学2年生の秋に別れました。
さらに6年が過ぎて、俊介の十三回忌の年、俊介の家を訪れた26歳の真田は、中川が婚約者を連れて俊介の家に来ていたことを知ります。中川は、13年前に俊介から贈られた誕生日プレゼントの貯金箱を俊介の母親に返していました。真田は、中川が約束どおり、結婚する相手を俊介の家に連れてきて、俊介にサヨナラを告げたことを知ります。真田はずっと、中川が幸せなのかどうかを気にかけていました。
2人は中学2年生という、何がよくてどうあるべきかや、自分はいかにあらねばならないのかということに対して、まだぜんぜん判断ができず、自分自身の基準や思想が心の中にできていない時期に、遺書に名前を記されるという出来事で、重い“十字架”を背負わされました。
そんな2人ですが、十字架を背負ってからの行動原理が、それぞれ違っていると思いました。
中川は俊介から解放されて幸せを手にするために(=その手段として、自分自身が後ろめさを持つことなく納得し、かつ、俊介や俊介の家族から許されるために)、真田は自身の幸せを顧みずに俊介をいつまでも忘れないために行動していると思いました。言葉を替えれば、中川は前向きに、真田は後ろ向きに、生きているような気がしました。
中川は、俊介の母親に乞われるたびに、ときにひとりで俊介の家に行き、母親の話し相手をし、もらいたくもないプレゼントを母親から受け取ります。『東洋日報』の記者の本多からは誰にも言わない方がよいとアドバイスを受けていましたが、自分から、俊介が自殺した当日に俊介から電話を受け、つれなく切っていたことを俊介の家族に話します。俊介の命日にこだわり、7回忌や13回忌には必ず顔を出します。一方で、俊介を見殺しにしたことなどに関して真田と話をしたりする場面は出て来ませんでした(中川はクラスが違いましたが)。また、俊介がいじめられていたときに気に掛けた以上は何もしなかったことで自分を責めている様子はありません。中川の行動原理は、俊介の家族から許しを得ることだけに注力しているような気がします。家族から許されて、(乱暴な言葉ですが)もうこの辺りでいいだろうと言えるところまでお付き合いすれば、中川にとって、そこで終わりなのかもしれないと思いました。だから、その時が来るまで、ひたすら俊介の母親に付き合っていたのかもしれないと思いました。
もし、中川が俊介から片思いをされていなかったら、中川も他の生徒たちと一緒に、じきに俊介を忘れ、青春と幸せを謳歌したかもしれないと思いました。
一方で、真田は、俊介の父親である「あの人」にこだわり続けます。「あの人」は、俊介をいじめ殺したことを永遠に忘れさせないために、中学の卒業式に俊介の遺影を持って乗り込んでいました。真田らを永遠に許さない態度を示しています。真田は、結婚して子供が生まれてからも、そんな「あの人」の背中を見続けます。
真田は不器用な一方、中川は生き方が上手なのかもしれないと思いました。
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