2018年2月18日 22時40分
まだ一人っ子が珍しい昭和の時代、同じ団地に住む大橋信夫と藤田公子は出会った。公子という文字が縦書きで書くと、ハム子に見えたことから、信夫はハム子というあだ名をつけた。6年生になり、クラスで全員の家族構成や連絡先が配られた時、公子と信夫だけが兄弟のいない一人っ子ということがわかった。一人っ子の2人であったが、互いに誰にも言えない兄弟がいた。
信夫には、信夫が4歳の時に交通事故で死んでしまった当時6歳の和哉という兄がいた。信夫は和哉の死のことをほとんど覚えていなかったが、両親が夜に信夫が寝る隣の部屋で時折、和哉の話をしているのを1人で密かに聞いていた。
公子は6年生になったと同時に陽介という弟ができた。4歳の時から母子家庭で育った公子であったが、母が村上という男性と再婚した。村上の連れ子だったのが4歳の陽介であった。陽介は公子に懐き、村上も公子と仲良くしようとするが、公子は頑なに距離をとり、母の再婚や兄弟の存在を学校では隠し一人っ子として生きていた。自分の母から事情を聞いた信夫は、公子の心情が気になり、困った時に助け合う一人っ子同盟を結んだ。
6月、信夫の下の階にオサムという男の子がやってきた。元々下の階は、北嶋のおじいさんとおばあさんが2人で暮らしていたが、事情があり、オサムが一緒に住むことになった。しかし、オサムは口を開けば嘘をつく子どもだった。信夫もオサムの嘘にイライラすることがあったが、完全に突き放すことはできなかった。
信夫のいる団地には、杉ヶ丘会館という会館があった。雨の日に遊び場がない日は、団地の子どもはみんな会館で自由に遊んでいた。しかし、団地の役員会で、『杉っ子クラブ』という地域の小学生向けのクラブをつくり、杉ヶ丘会館はその活動のために使うと決まった。一人っ子は可哀想だから優先的に入れてもらえると聞き、信夫は不愉快な気持ちになった。結局、他の子たちはみんな杉っ子クラブに入ったが、信夫は入らなかった。元々そういったものに興味のない公子も、そしてオサムも入らなかった。
ある時、団地のおばさんの財布が盗まれる事件が起きた。信夫は、オサムが、おばちゃんが1人で営んでいる『ビンゾコ』という駄菓子屋で、豪遊しているという話を聞いた。信夫は嫌な予感がしてオサムを問い詰めた。
お金を盗んだのはオサムだった。オサムは自分の事を一生治らない「うそつき病」と「どろぼう病」だと言った。オサムの両親はオサムが小さいときに、薬を飲みすぎて死んでおり、オサムは天涯孤独であり、信夫と同じ一人っ子であった。盗み癖があるためオサムは親戚中をたらい回しにされ、今回かなり遠い親戚である北嶋のおじいさんおばあさんに引き取られた。今回が最後のチャンスで、また盗みをすれば施設に入れられると言われていた。
信夫はオサムの話を聞き、なんと話せばいいかわからず、信夫が好きなキリン公園に連れて行った。信夫にはキリン公園から見える好きな景色があった。キリン公園から見える給水塔は、朝と夕方の数分だけ、陽射しの照り返しで給水塔が発光しているように光り輝いて見える。信夫は、その数分間を『奇跡の三分間』と呼んでいた。冬になると、奇跡の三分間が起きやすくなる。冬になるまで、この場所にいたいというオサムに、信夫は『ビンゾコ』以外で盗みをしていないことを確認した。オサムがやっていないと言うので、オサムを信じて、盗みのことを周りに言わなかった。
しかし、信夫が家に帰ると信夫が修学旅行に行った時に亡き和哉くんに買った、見ざる聞かざる言わざるの置物の、「言わざる」だけなくなっていることに気づいた。オサムが数日前に家に遊び来ていたことが頭をよぎり、信夫は裏切られたむなしさで北嶋のおばあさんや信夫の母の前でオサムに怒りをぶつけた。信夫のせいで、オサムの盗みが北嶋のおじいさんおばあさんにばれ、施設に預けられる事を不安に思ったが、なんとか追い出されることはなかった。
秋、和哉の命日が近づくと信夫の母の体調は悪くなる。今年も体調が悪そうで、運動会の前日も寝込んでいた。運動会の前日、クラスでは先生が、運動会に親が来ない子の確認をした。親が来ない子は教室でお昼を食べることになっており、公子は当たり前のように手をあげた。
公子の家では、公子の母、再婚相手の村上、弟の陽介が運動会に行くのを楽しみにしていた。先生からの連絡で教室での公子の行いを知った公子の母は公子を叱り、公子は家を出た。
父と買い物をしていた信夫はキリン公園にいる公子と出会った。家に連れ帰り一緒にごはんを食べ、公子と和哉の話をした。それだけで公子は落ち着いた様子になり、翌日の運動会、公子の家族は全員参加した。
運動会の次の日の和哉の命日、信夫は初めて父に連れられて和哉の事故現場に行き、そこで事故の詳細を教えてもらった。信夫はそれまで全く実感がなかった兄の死を受け止め、初めて兄のために涙を流した。
12月、団地で自治体のお祭りに参加することになった。参加希望する町内の子ども達は無料で法被を貸してもらうことができる。『杉っ子クラブ』に入っている子は申し込み不要で法被が用意され、「その他」の子は申し込みが必要だった。信夫は友達から申し込むように言われたが、「みんな」と「その他」に分かれていることを嫌に思い、申し込みをしなかった。しかし、母から、申し込みをして、法被をオサムに貸してあげるように言われた。6月に引っ越してきたオサムは、自治体への手続きをしていなかったので、申し込みの資格がなかった。融通の利かないルールに信夫はイライラした。しかし、体調不良で入院していた北嶋のおばあさんが、オサムがお祭りに参加するのを楽しみにしていたので、信夫は申し込んだ。
ある日、オサムは自分の秘密を信夫に話した。オサムの父と母が薬を飲みすぎて死んだというのは嘘で、真実はオサムを残して自殺していたのであった。そして、北嶋のおじいさんがオサムの引き取り手を探し始めたが、なかなか決まらず悩んでいるという話をした。おじいさんもおばあさんも、もう歳で長くオサムを育てることは難しく、オサムは自分が出て行くことを受け入れていた。
何もできない自分を情けなく思った信夫は、公子にオサムについて相談した。公子は、オサムが家を出て行くことについては何も言わなかったが、『ゾンビゴ』に連れて行こうと言った。オサムが起こした事件について、犯人は公にされていなかったが、噂にはなっており、そのせいで、町内会の取り決めで、『ゾンビゴ』での買い食いに制限がかけられていた。オサムを怪しんでいた『ゾンビゴ』のおばちゃんは、オサムに嫌な感情を持っており、オサムが店に近づくだけで怖い顔をしていた。
信夫と公子に連れられて、オサムは『ゾンビゴ』に行った。信夫と公子はオサムにお金をあげ、1人で入るように言った。オサムは、怖々お店に入っていき、「ごめんなさい」と何度も言いながらお菓子を買った。おばちゃんはオサムに「また来なさい」と言った。
その日、オサムの引き取り先が決まった。オサムは4月から施設に行くことになった。町内会のお祭りで思い出を作ったオサムであったが、結局『奇跡の三分間』を見ることなく、団地を去った。
信夫と公子の卒業式の1週間前、公子は突然ホームルームで「今日から卒業式まで、私の名前は村上公子です」と言った。信夫はキリン公園で、公子になぜあんなことを言ったのか聞いた。公子は、本当は6年生になってからずっと村上公子だったのに、一度も使わず藤田公子に戻るのはもったいないと言った。1年前、愛しあって結婚したはずの公子の母と村上は離婚が決まっていた。公子と母は4月に引っ越すため、中学校は信夫とは別の学校に行くことになっていた。
公子は村上公子として卒業した。公子に1年間だけ弟がいたことは、誰も知らないままであった。卒業式が終わった夕方、信夫はキリン公園で公子と『奇跡の三分間』を見た。公子は泣いていたが、三分間が終わると黙って歩き出した。
一人っ子が少数派であった時代、互いに一人っ子ではない一人っ子の信夫と公子、そして、オサムの3人の小学生。決して、仲良しの友達という関係ではありませんが、相談できる相手がいない密かな悩みを持ち大人へ気遣いながら生きている3人には、互いに共感できる部分があり助け合っていたのだと思います。タイトルの同盟という言葉が非常にしっくりくるなと思いました。
作中で印象的であったのは、『杉っ子クラブ』と信夫たちとの関係性です。「みんな」と「その他」という扱い方は、無意識に人を傷つけるのではないかと思いました。また、少数である一人っ子の子達を可哀想と表現するのも、言っている本人たちに悪気がないのはわかりますが、傷つけてしまう言葉だと思いました。それは、作中の時代だからというわけではなく、現在でも言えることだと思います。信夫が作中で感じていた悲しみやイライラした感情は、私の子ども時代のことを思い出すと非常に共感できるなと思いました。大人よりも子どもたちの方が、もしかしたらそういった無意識の差別を敏感に感じているのかもしれません。自分も大人として、気を付けていかなければいけないことだと考えさせられました。
子ども時代の悩みは、大人になると忘れてしまうことも多くあります。ですが、この作品を読んで、私も子どもの時、両親の目を気にしたり、変に気を使ったり、逆に受け入れずに反抗してしまったり、子どもなりに悩んでいたな、と思い起こしました。みんな子どもから大人になっていく過程で、少なからず痛みや苦しみを抱えるものではないかと思います。信夫や公子に、人には言えない兄弟がいたように、その痛みや苦しみは周りの人には見えていなかったかもしれません。オサムのように心の痛みが別の形で見えてしまっていたかもしれません。子どもたちが痛みや苦しみを乗り越えて大人になっていくことを、わかってあげられる大人になりたいと思いましたし、作中の3人にどうか幸せな未来が待っていて欲しいと思いました。(まる)
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