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ポプラの秋/湯本香樹実のあらすじと読書感想文

2015年7月13日 竹内みちまろ

ポプラの秋/湯本香樹実のあらすじ

 星野千秋が小学1年生の時、判事だった父親の星野俊三が交通事故で急死しました。妻で千秋の母親の星野つかさは、何日間も眠り続けます。

 千秋と母親は、千秋が夏休みの間に、必要最低限のモノだけを持って、2階建ての古いアパート・ポプラ荘に引っ越しました。女子大を卒業して、すぐにひと回りも違う父親と結婚した母親は、働いた経験がほとんどありませんでしたが、結婚式場の職を得ました。

 9月に入り、千秋は新しい学校に通い始めます。急に、父親がどこへ行ってしまったのか、ある日突然、父親がどこかへ行ってしまったとは一体どういうことなのかと考えるようになります。マンガに出て来る、登場人物がフタの開いたマンホールの穴の中へすっぽりと落ちて突然いなくなるというイメージが千秋の中で広がり、外の世界は人が突然いなくなってしまうマンホールの穴だらけなのではないかという強迫観念に捉われるようになります。

 千秋は、忘れ物が心配で寝る前にランドセルの中身を3回調べ、朝起きてからまた調べ直したりするようになります。登校中に家の鍵を閉め忘れたのではないかと心配で戸締りの確認に戻ったり、学校に着いたら、母親が交通事故に遭いはしないか、慣れない仕事で疲れて病気になったりはしないかと不安になります。

 千秋はそんな気持ちを誰にも話さず、母親から「学校は楽しい? 友達はできた?」と聞かれれば、「うん。おもしろいよ」と答えていました。

 10月になると、千秋の体が変調を起こし、熱で1週間、寝込みます。母親がそれ以上、勤めを休めなくなると、ポプラ荘の1階に住む大家の80歳のおばあさんが、千秋を預かると名乗り出ました。千秋は、勤めに行く母親といっしょに部屋を出て、1階のおばあさんの家に行き、おばあさんが敷いてくれたずっしり重い綿の布団にもぐり込みました。

 ある日、千秋は、「おばあさん、どうしてお供えなんかするの?」と聞きます。おばあさんは「あんたのおとうさんは、ちゃんとあんたのことを見てるよ」と告げます。おばあさんは、「いつ死んだってかまいやしないさ。だけど、あたしにはお役目があるんだ」と、自分には死んだ時に、あの世にいる誰かに手紙を届ける役目があることを口にします。

 千秋は少しずつ、外の世界と渡り合うことを覚え始めます。毎日、学校が終わると、前の晩に書いた父親への手紙を持って、おばあさんのところへ行きました。そんな千秋へ、母親は一回だけ、「星野俊三様 つかさより」と書かれた手紙を渡し、おばあさんのところへ持っていくように頼みました。

 千秋はポプラ荘で3年程過ごし、10歳のとき、母親の再婚で、ポプラ荘を出ます。義父、義兄、義姉は優しくしてくれましたが、どうしても、新しい生活に馴染めませんでした。再婚で新しい現実を掴もうとしていた母親とはどんどん気持ちが離れていきます。

 大人になり、看護婦になった千秋は、同じ病院で働く無口な検査技師を好きになります。が、「結婚の話はまたにしないか、流産だったのもきっと運命なんだよ」と言われます。

 病院を辞めたことを母親には告げていませんでしたが、退職して1か月程経った時、ポプラ荘のおばあさんの訃報が届きます。98歳でした。死ぬことを考えていた千秋は、ボストンバッグに替えの下着と洗面用具、そして、大量の睡眠薬を入れて、ポプラ荘に行きます。

 棺の中のおばあさんは、何百通もの手紙に取り囲まれていました。

 ポプラ荘の住人だった佐々木さんが、「星野俊三様 つかさより」と記された手紙を千秋に差し出します。千秋の母親から千秋に読むように伝えてほしいと言付かったと言います。

 母親の手紙には、父親の死の真相が書かれていました。読み終えた千秋は、「おかあさん、ありがとう」と母親の筆跡をなぞりました。

ポプラの秋の読書感想文

 「ポプラの秋」を読み終えて、人間には幸せになる義務があるのかもしれないと思いました。

 小学1年生の千秋は、父親の死の真相を教えられてはいないものの、母親が周囲の世界に怒りを抱き、周囲の世界を拒絶していることや、父親が死んだことにより住んでいる家を出なければならなくなったことを感じていました。母親が精神のバランスを崩し、千秋自身も強迫観念に狩られて、外の世界との係わり方を失っていきます。

 しかし、そんな千秋は、ポプラ荘のおばあさんや、住人たちと触れ合うことにより、少しずつ外の世界との繋がりを取り戻していきました。

 父親の死後、母親が眠り続けていた間、千秋はお腹がすくと、自分で戸棚を開けてシャケ缶を食べていましたが、ポプラ荘で熱を出してから、おばあさんの家で寝るようになります。

 印象に残っている場面があります。

 おばあさんは、「薬の時間だよ」や、「体温を計りなさい」などという以外に話し掛けて来ませんでしたが、千秋が来るようになってから何日かして、「目医者に行ってくるよ。すぐ帰ってくるから」と小雨の中を出かけます。千秋は、寝返りを打ちながら、黄ばんだ掛け軸や、仏壇のおじいちゃんの写真や、日に焼けた本の背を眺め、いつの間にか眠りました。

 千秋が目を覚ましたら晴れており、辺り一面が金色に輝いていました。千秋は、寝床から出て、庭に面した掃き出しの窓を開け、寒いのも忘れて、透明な光がポプラの木に注いでいるのを眺めます。千秋は、記憶に残る限りでは、生まれて始めて、清々しさというものを意識に刻みました。

 この場面を読んで、子どもにとって、心配事から解放され、安心して、ただ周りを純粋なまなざしで見て過ごす時間というものは大切なのだなと思いました。

 千秋は、おばあさんの家で寝るようになってから、母親が会社を休むことを心配する必要がなくなり、また、ひとりで過ごす不安からも解放されたのだと思います。気を張ることもなく、自然に眠りに就くことができるようになったのではないかと思います。部屋中が輝いている様子や、透明な光がポプラの木に注いでいる姿は、大人から見たら何のことはない風景かもしれませんが、千秋にとっては発見であり、そんな発見の積み重ねが人間を作っていくのだと思います。

 秋にポプラの落ち葉でたき火をする場面も印象に残りました。

 佐々木さんは、ポプラ荘の前を通りかかる見ず知らずに人にも「お芋、食べていきませんか?」と声を掛けます。犬の散歩の途中のおじいさんや、保険のセールスの女性などが、おばあさんの庭に集い、あまり口をきかずに焼き芋を食べるのですが、大人になった千秋は「その記憶が、とても静かな絵のように、私のなかに焼きついているのだ」と言います。

 落ち葉を集めた千秋は、火をつけてくれるおばあさんが来るのを待つ間に、庭で寝てしまっていたりしました。大人たちが忙しい時間でも、子どもやおばあさんたちは別の自分たちだけの時間を過ごしており、そこには、のどかな風景があるのだと思います。

 そんな千秋ですが、大人になって幸せになっているわけではありません。むしろ、睡眠薬で死のうとするほどです。

 しかし、おばあさんが、千秋が大人になるまで生きてみると言った約束をちゃんと守り、そして、手紙を大切に保管しておいてくれたことを知ります。

 千秋は、「いったい私は、自分に対して何をしてしまったのだろう」と振り返りました。そして、「母が再婚して遠くへ引っ越したとはいえ、なぜ私は会いに来なかったのだ。大人になってからだったら、いくらだって自分の自由で会いに来ることができたはずなのに」と悔やみます。「おばあさんがそんなに努力して長生きしていてくれたのに、会いに来もしなかった自分がやはり責められてならないのだ」と自分を責めます。

 家族がひとつになり、近しい人たちと手を取り合って暮らせば一番いいのだろうと思いますが、千秋の母親のように忙しくていつも子どもといっしょの時間を作れるというわけではない人も多いです。

 それでも、千秋の母親は千秋を思い、おばあさんは千秋と一緒にいてくれて、千秋はかけがえのない時間を過ごすことができました。そんな周りの人たちと一緒に過ごした時間があるからこそ、千秋は、周りの人たちのためにも、自分は幸せにならなければならない、そして、後ろ向きにではなく、前向きに生きなければならないと感じたのではないかと思いました。


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