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「少年A」14歳の肖像/高山文彦のあらすじと読書感想文

2013年9月4日 竹内みちまろ

神戸連続児童殺傷事件

 1997年の2月から5月にかけて、神戸で、複数の児童の方が殴打されたり、刺されたり、殺害される事件が発生。犠牲者のひとりの小学6年男児の方が行方不明になってから1か月と数日後、14歳の少年(当時)が殺人容疑で逮捕されました。神戸新聞社に犯行声明文が届くなど連日報道がなされ、マスコミが殺到し、集団登下校が行われるなど、該当地区は戒厳令下のような状態に置かれました。

「少年A」14歳の肖像

 『「少年A」14歳の肖像』は、1998年に雑誌「新潮45」7月号から9月号にかけて連載された「少年A『家族の風景』」に加筆・修正を加え単行本化したもの。著者の高山さん(山さん)は、事件発生直後から取材を開始し、1998年2月に取材報告として『地獄の季節』を上梓。『地獄の季節』の中で、エスカレートしていった犯行の詳しい経過や、逮捕された「少年A」が暮らしていた街の成り立ち、唯一の心のよりどころだった祖母の出自と来歴などを記しています。

 『「少年A」14歳の肖像』では、新たに知り得た少年Aの両親の証言をもとに、少年Aと少年Aの家族の姿を忠実に再現し、少年Aの精神鑑定や審判を通じて得られた少年Aの内面世界を関係者の証言とともに奥深くさぐってみようという試みがなされています。

地獄の苦しみ

 精神鑑定で医療機器によるさまざまな検査が行われました。現代の科学水準では、少年Aの内分泌、染色体、男性ホルモン、脳などに異常は見つからなかったそうです。

 が、少年Aは「直観像素質者」とのことでした。直観像素質者は、映像を記憶する(してしまう)能力の保持者のことで、ひと目見た風景をいつでもビデオテープを再生するように呼び戻すことができ、電車の中から一瞬見えた風景を後から緻密にスケッチしたり、本を紙面ごと記憶したりすることも可能。

 少年Aは、ぬくもりを教えてくれた祖母が小学5年生になったばかりの4月に亡くなってから、ナメクジやカエルの解剖を始め、やがて、猫に手をかけるようになりました。虫や動物を痛め殺すのは、ある意味では、男性なら誰にでもある原初的な攻撃性の表れとのことでしたが、少年Aの場合は、原初的な攻撃性がやがて自然に消滅し異性への感心が生まれるところ、猫を殺すうちにたまたま射精に達してしまったことにより、攻撃性と性衝動が別ちがたく結びついてしまったのだろう、という内容を著者は指摘していました。

 また、関係者の言葉として紹介されていた内容は、さらに踏み込んだものでした。

 少年Aは、猫を殺して性的に興奮する自分を「異常」だと落ち込み、猫殺しを止めて耐えている時期もあったそうです。しかし、「直観像素質者」としての能力がそれを許さず、ふいに、猫を殺しているときの光景がオールカラーで、音までついてよみがえってきてしまっていたとのこと。

「そんなこと、友だちに話してみたところで、だれもわかってはくれません。あの子は、たったひとりで耐えていなければならなかった。こうして悪童グループからも落ちこぼれていくわけです。地獄のような苦しみだったろうと言うひともいます」

『「少年A」14歳の肖像』の感想

 『「少年A」14歳の肖像』を読み終えて印象に残ったことは、著者が、事件が発生した背景に、戦後日本の姿を見ていたことでした。

 著者は、事件が発生した該当地区に何度も足を運び、周囲の自然や街の歴史を調べ、土地の人たちに聞き込みをし、高度経済成長期をへて失われたものへ目を向けていました。本書の中で、高度成長はそれまでに積み上げてきた財産の放出の上に成り立ち、いわば古道具を売って新しいモノに買い換えるようなことなので、1回しかできず、繰り返そうとするなら消滅へ向かう(でもそれでも、人々は高度成長を繰り返そうとするだろう)という内容のエッセイが紹介されていました。該当地区にある高度経済成長期に建てられた家を見て、著者は、「核家族を奨励するようなつくりだ」と感じていました。少年Aが事件を起こした背景とともに、悲惨な事件を発生させてしまった社会/悲惨な事件を止められなかった社会というものを考える必要があると感じました。

 また、母親の言動と、周囲の見方との間に存在する差異にも言及されていました。

 少年Aの母親は、長男である少年Aを産んだ1年後に次男をもうけ、次男誕生の2年後に三男を出産しています。次男出産を境に、少年Aを突き放すようにして育て、排尿、排便、食事、着換え、玩具のあとかたづけなど、厳しく徹底させました。母胎のやすらかな記憶から離れられず、母親と自分が別個の存在であることさえ理解できないといわれる時期に、少年Aは母親から引きはがされ、母親から口やかましく「躾」を受けるようになりました。

 「あとがき」で触れられていますが、『「少年A」14歳の肖像』は、「あくまでも少年Aの両親の証言に基づいて」書かれた書籍。犠牲となった小学6年男児の方の父親である土師守さんが出版した鎮魂の手記『淳』( 詳細 Amazonへ )と比べると、少年Aの家族の言動と周囲の見方との間に、違いがあるそうです。「読みくらべていただくなら、少年Aの母親の言動が土師家においてどのように受け止められていたのかが明瞭に理解されるはずである。それは土師家以外の多くの他者が、彼女の言動をどう思っていたかを象徴していることでもあるだろう」とのことでした。


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