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舞踏会/芥川龍之介のあらすじと読書感想文

2006年10月15日 竹内みちまろ

舞踏会のあらすじ

 「舞踏会」は、17歳の令嬢がはじめての舞踏会に参加する場面からはじまります。鹿鳴館に向かう馬車のなかで話しかけてくれる父親の言葉も耳に入らないほどに令嬢は不安でいっぱいです。令嬢は何度も窓の外に目をむけます。貧しい東京の街灯が通り過ぎていきました。

 鹿鳴館の広い階段は両側が菊の花で飾られていました。階段の上の舞踏室からは陽気な管弦楽の音色がもれてきます。そんな様子が情緒たっぷりに描写されます。すれ違う人が誰しも信じられないという顔をしてたたずむほどに令嬢は美しいことが語られます。

 主人役の伯爵夫婦にあいさつを終えると令嬢は着飾った貴婦人たちが集う場所へ向かいました。すると、一人のフランス海軍の将校が令嬢に歩み寄りました。将校は、令嬢に手を差し伸べてダンスに誘います。

 令嬢と将校が舞踏会で時間を過ごす様子に移ります。将校は令嬢の手を取って人々の間をかいくぐります。はじめての舞踏会でしたが、令嬢は、将校がものめずらしそうな好奇心で自分に見とれていることに気がつきます。将校に見つめられるたびに、いっそうかろやかに足を滑らせながら開化の日本の美しさを内心で誇ります。令嬢の疲れをみとった将校から「もっと続けて踊りましょうか」と声をからけたときは「ノン・メルシイ」と息を弾ませながら答える余裕を持っていました。

 舞踏会の場面は続きます。ポルカやマズルカを踊ったあとに、令嬢と将校は腕を組んで階下に下りました。アイスクリームのさじを取ります。

 令嬢の心には女らしい疑問が湧いていました。令嬢は「西洋の女の方はほんとうにお美しゅうございますこと」と意味ありげに将校に聞かせます。将校は、令嬢がすぐにでもパリの舞踏会に出られるほどに美しいことを伝えます。令嬢は、思いを込めて、「私もパリの舞踏会に参ってみとうございますわ」と問いかけます。将校は、菊の花で飾られた会食室を見回したあとに、瞳の奥に皮肉なほほ笑みをうかべてどこの舞踏会も同じですよとつぶやきました。

 舞踏会の場面はまだ続きます。2人は舞踏室から出られるバルコニーにいました。すぐうしろの舞踏室ではあいかわらず陽気は音色やざわめきが聞こえてきます。令嬢は懇意の人たちと気軽な雑談をしていました。

 ふと、令嬢に腕を貸したままの将校が寡黙に星空を見つめていることに気がつきます。令嬢は、将校の顔をそっとのぞきこんで「御国のことを思っていらっしゃのでしょう」と声をかけます。将校は、同じほほ笑みを瞳の奥にともしたまま「ノン」と答えます。それでも何かを思ってるのでしょうと問う令嬢に、将校はあててごらんなさいと言います。夜空の彼方に色とりどりの花火があがりました。将校は、令嬢をやさしく見つめながら「私は花火のことを考えていたのです。我々の生(ヴイ)のような花火のことを」と答えました。

 「舞踏会」は次の章にうつります。物語が終わる第二章は短く書かれています。今では老婦人となっている令嬢が面識のある青年小説家と汽車で乗り合わせたことが語られます。青年が持っていた菊の花束を見て、老婦人は、菊を見るたびに思い出すと舞踏会にはじめて出たときのことを語りました。青年は老婦人の話を聞き終えると、将校の名をご存知ですかと問いました。ジュリアン・ヴィオとおっしゃる方と答えます。青年は、ではあの「お菊夫人」を書いたピエル・ロテイだったのですねと興奮します。老婦人は不思議そうな顔をして、ロテイという方ではありません、ジュリアン・ヴィオという方でしたと何度もつぶやきました。

舞踏会の読書感想文

 「舞踏会」は構成が印象に残りました。文字数のほとんどを使って舞踏会の様子を描写したあとに、最後に物語の基本軸である列車に乗り合わせた老婦人と青年の場面を提示しています。

 第一章で描かれた舞踏会の様子は老婦人の回想の物語でした。第一章は3人称で書かれています。視点は令嬢に固定されています。相手のフランス海軍将校の心は描写されません。はじめての舞踏会にもかかわらず、令嬢は、とても冷静でした。踊ったり、懇意な令嬢たちと社交したあとに、ふと、まわりを見つめる余裕を持っていました。そして、乙女心を内に秘めてもいました。しかし、そんな令嬢とはうらはらに、将校は、どこかまわりの時間が止まってしまったかのような自分だけの世界を持っているようです。聡明な令嬢は、将校の瞳の奥に宿った思いつめるような輝きを見ます。令嬢は、将校の目に郷愁を見ましたが、将校は魂の輝きに思いをはせていました。

 第一章が老婦人の口から語られた回想の物語であるというカラクリを理解したときに、令嬢の冷静さと、そんな令嬢の視線によって浮き彫りにされどこか別の場所を見つめているようなる将校のうしろ姿がいっそう鮮やかに思えました。

 そして、第二章では、新聞記者のような好奇心と興奮にかられる青年に対して、老婦人はあくまでも自分の思い出の世界にだけ生きていました。17歳の令嬢が舞踏会に参加したのは、まさに、開化の幕開けの時代でした。貧しさに満ち溢れる東京のなかで、鹿鳴館に代表される栄華が咲き乱れはじめます。

 老婦人が汽車で青年と乗り合わせたのは、花火のように咲き乱れた開化の夢が終わり、不況と軍国主義の影が忍び寄っていた時代でした。思い出の中にだけ生きる老婦人の姿は、そんな時代のきらめきと影すらも浮き彫りにしているように思えました。


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