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太陽は動かない/吉田修一のあらすじと読書感想文

2018年9月18日

太陽は動かない/吉田修一のあらすじ

 AN通信という会社がある。表向きはニュース配信会社だが、産業に関わる極秘情報を入手し、高く売れる相手に売り捌くという裏稼業も行っている。

 鷹野と田岡はAN通信の工作員。上司の風間の指示のもと世界を飛び回り、文字通り命懸けでの産業スパイ活動を行っている。彼らの心臓には爆弾が仕掛けられており、毎日正午の定時連絡を欠かすと、裏切り者として亡き者にされてしまうという。

 ベトナム、ホーチミンのサイゴン病院で日本人患者が銃殺される事件があった。

 この日本人患者は、数日後にサッカー日韓戦が行われる中国・天津スタジアムを、試合当日に爆破する計画に関わっていた。

 爆破計画の目的は、中国企業の新源石油・韓国企業の南星・日本企業の興和の3社共同による油田開発を中止させることと考えられた。

 この情報を得た鷹野と田岡は、爆破を目論むウイグルの反政府過激派に計画を中止させ、油田開発グループに寝返らせるため、上海に発つ。

 上海で鷹野は、馴染みの雑技団の団長を通してウイグル過激派とのコンタクトを取ろうとするが、連絡を待つ間に田岡が何者かに拉致される。

 田岡の身を案じながらも鷹野は、ウイグル過激派の代表・シャマルと会う。

 鷹野は計画を中止することの利を説くが、シャマルはウイグルの歴史・尊厳を求める立場から耳を貸さず、交渉は決裂した。

 収穫のない会合の直後、鷹野は襲撃を受け、見知らぬ日本人たちに高層ビルへ連行される。

 そこで待っていたのは、油田開発を進めている興和の上海支社長と南星のアジア支社長だった。

 田岡を拉致し暴行を加えた上で天津に運んだという彼らは、田岡の無事と引き換えに、爆破計画を何としてでも止めることを鷹野に要求する。

 鷹野は再びシャマルと交渉しようとしたが、先方にその意思はなく失敗。

 やむなく、田岡を探しに張豪の部下・張雨を伴って天津に飛ぶ。

 鷹野と張雨は天津での協力者から情報を得て、田岡がいると思しき倉庫を捜索するも、僅かな差で田岡は連れ出された後であった。

 田岡が行わなければいけない毎日の定時報告は鷹野が誤魔化して代行していたが、上司の風間は鷹野の嘘を見抜いており、田岡のタイムリミットは近付いていた。

 鷹野と張雨はサッカー日韓戦の前日から天津スタジアムに忍び込み田岡を探すも、見つけられないまま日付は変わり、ついに開場・観客入場となる。

 爆破の時刻が迫る中、ふとした拍子で潜入していたシャマルと出くわす。

 同時に、スタジアムが爆破されることが会場の人々に漏れてしまい、周囲に混乱が広がる。

 どさくさに紛れて鷹野は田岡を発見し共にスタジアムを出るが、再びシャマルと遭遇する。

 行き掛かり上、シャマルの逃走を手伝うこととなり、爆破が起こるスタジアムを尻目に鷹野らは無事脱出することができた。

 ***

 それから一ヵ月の時が経つ。

 デイビッド・キムという男がいる。キムは表向きは韓国系通信機器メーカーの社員であるが、その実は鷹野らと同じ様な裏稼業を行っている。先日のサイゴン病院での銃殺事件は、彼の手によるものであった。

 キムはベトナムでのパーティ会場で知り合った、AYAKOという謎の日本人女性と手を組み、新たな企みを開始していた。

 AYAKOの経歴は謎であるが、ベトナムのパーティで香港トラスト銀行のオーナーであるアンディ・黄という資本家に伴われていた。

 利に聡いアンディ・黄だが、先の新源石油の件では動きがなかった。

 しかし、今ほど投資会社の顧問をしている日本の代議士・能登と接触を始めたという。

 鷹野は不審に思い、香港のパーティでアンディ・黄と能登の動向を探るも、特に不穏な動きを察知することができなかった。

 その後、代議士・能登は日本最大手電機メーカーMETの幹部と中国エネルギー企業のCNOXと香港で接触していたことが分かる。

 鷹野と田岡は、能登が頻繁に会っているという霞ヶ浦の漁協関係者を探る。

 そこで鷹野らは霞ヶ浦に太陽パネルを浮かべる計画が進んでいることを知るが、直後に強引に拉致され、METの取締役・河上に引き合わされる。

 河上によると、蓄電池技術に長けたMETと、太陽光を取り込むソーラーパネル技術に長けたCNOXとの共同出資による、太陽光発電計画が進行しているという。

 河上は、計画を頓挫させないためにAN通信に協力を求めてきたのだった。

 鷹野は張雨と共にCNOX上海支社に潜入して、太陽光発電関連の情報を盗み出し、情報の解析結果を受けて敦煌の西に向かう。

 ヘリコプターにて上空から発見した巨大な太陽光パネルは、蓄電池とソーラーパネルに人工衛星の技術を加えた、宇宙太陽光による発電施設の一部と見られた。

 CNOXの目的は、蓄電池ノウハウをMETから得て宇宙太陽光発電を進めることにあり、霞ヶ浦を始めとした太陽光発電計画はフェイクであった。

 太陽光パネルを見て引き返した鷹野と張雨だが、ヘリコプターごと撃墜され捕まってしまう。

 その頃、キムはマイクロ波の研究を行う京都大学教授を父に持つ小田部菜々という女性に接近していた。瞬く間に二人は男女の関係になり、小田部一家の家族旅行に同行、婚約状態まで行き着けた。

 この情報を聞いていた田岡は、種子島に潜入する。

 小田部教授が、人工衛星打ち上げ実験に参加する目的で種子島を訪れているためだった。

 人工衛星打ち上げが成功すると、CNOX以外にも宇宙太陽光発電に乗り出す企業が出てくる。

 キムの目的は、打ち上げ実験の阻止にあり、既にキムに籠絡された小田部教授により、人工衛星打ち上げ実験の延期は決定済みであった。

 一方で、五十嵐という民主党の駆け出し議員がいる。

 五十嵐は、地元の祭りに参加した際に知り合った青年・広津より、チラシ1枚分で1軒屋分の電力をもたらす高性能太陽パネルの提供を受ける。

 この発明品を企業なり国家なりに売り出して欲しいというのが広津の希望であった。

 五十嵐とその秘書の丹田は、元自民党の重鎮・中尊寺を訪問し、このパネルの扱いについてアドバイスを求める。

 その場では曖昧な助言のみであったが、後日唐突に中尊寺より電話を貰い、五十嵐は経緯も分からず種子島に飛ぶこととなる。

 中尊寺は種子島で五十嵐と合流し、マイクロ波研究における小田部教授の重要性と、高性能パネルの技術を組み合わせた宇宙太陽光発電の可能性を語るが、打ち上げ実験の中止は想定外だった。

 田岡は五十嵐に接触し、小田部教授のCNOXへの寝返りを伝え、高性能パネルの技術を中尊寺の息が掛った企業ではなく、CNOXに売ることを提案する。

 その間、鷹野は囚われの身のまま、張雨とともに過酷な拷問を受けていた。

 定時連絡の期限、すなわち心臓が爆破される正午に限りなく迫るが、シャマルに救出され何とか命を繋ぐ。

 数々の暴力を受けて這々の体の鷹野だが、身体を休めることはできない。

 鷹野と田岡は、高性能パネルの扱いについて五十嵐と交渉する。

 五十嵐は日本の代議士として、中国企業であるCNOXにパネルを売ることに抵抗感があり、鷹野はMETとの接触を提案する。

 しかし、そこに突如現れたAYAKOの横槍を受ける。

 AYAKOはCNOXが優勢であることを伝えた上で、連絡先を五十嵐に渡し去っていったが、五十嵐は情報の吟味をすべきと考え、鷹野との接触を続ける。

 五十嵐と鷹野は、中国の議員を通してCNOXを失脚させる計画を立てる。

 五十嵐の馴染みの議員・郭健がタイミングよく日本に滞在していることが分かり、五十嵐は早速会合を設ける。

 事前に鷹野が探り出した、CNOXから中国の議員への賄賂の事実。

 このスキャンダルを駆使すれば、CNOXの幹部は粛清され宇宙太陽光発電からも手を引かせることが可能と考えられた。

 五十嵐は賄賂の証拠を郭健に託した。

 一方、丹田はMETとの提携に未来なしと判断して五十嵐を裏切り、AYAKOと太陽光パネルを開発した広津を引き合わせてしまう。

 AYAKOは広津と太陽光パネルのサンプルを伴ってサンフランシスコに向かう。

 単純にCNOXに売るのではなく、他の企業も含めた競売にかけることで値を釣り上げる狙いだが、これはCNOXとアンディ・黄への背信である。

 アンディ・黄の怒りを買ったAYAKOは、広津とともに身柄を拘束される。

 CNOXから中国議員への賄賂の事実について、郭健の働きにより明るみになるのは時間の問題だった。そうなれば計画は頓挫する。

 アンディ・黄は、高性能パネルを宇宙太陽光発電計画に組み込むことを諦め、AYAKOと広津をパネルもろとも海に沈めることを決める。

 AYAKOと広津の救出に向かう鷹野と田岡だが、港に着いた時にはAYAKOと広津を乗せたコンテナ船は既に出港してしまっていた。

 海上からコンテナ船に乗り付けるため、漁船に乗り込む二人。

 田岡に細かく指示しようとする鷹野だが、田岡はうるさそうに遮る。

「要するに死ぬなってことでしょ!」と。

 鷹野は頷く。

 そして二人は、コンテナ船に乗り込んでいくのであった。

太陽は動かない/吉田修一の読書感想文

 なんと目まぐるしい話だろうか。

 情報を得る、移動する、工作する、潜入する、交渉する、脱出する。そして、とにかくよく拉致・監禁される。この一連の流れを形を変えて何度も繰り返す。

 登場人物が生命の危機に瀕する事も珍しくない。スペクタクルである。

 主人公・鷹野の人生の一部を切り取っただけでこうなのだ。組織に生殺与奪を握られ、終わりなき戦いを続けるであろう彼らのことを思うと絶句する。

 作中、天津で死の淵から救出された後、田岡は鷹野に問う。なんで助けたのかと。

 血が繋がっている訳でもなく、友情に溢れている訳でもない、所謂ビジネスパートナー。田岡が死んだところで、鷹野にペナルティもない。そして田岡は更に、何のために生きているのか、死にたくないから生きているだけかと、鷹野に問う。

 それに対して鷹野は怒る。死にたきゃ死ねとと吐き捨て、テーブルを卓上の料理ごと蹴散らし、その場を去る。

 助けられた側としてはあまりに身勝手な言い方に、鷹野は怒りを覚えたのだろうか。いや、それだけではないように思う。

 人間は、図星なことを指摘されると怒る。きっと鷹野も心中では組織のことを信用しきれていない。

 この仕事を続け一定の年齢まで生き延びれば、自由と望むだけの金が与えられるというが、そうなった人をこの組織で見たことはない。不安ばかりとも言える。

 それを分かっていながら、今はただ従い、生きようとしている。

 田岡の言い分は鷹野が既に通過した地点であろうが、蒸し返されたような苛立ちと、解決方法が提示されない子どもじみた主張への呆れがあったのではなかろうか。

 このように殺伐な雰囲気が漂う中で、個人的に最も印象に残ったのは、菜々とデイビッド・キムの恋愛模様である。

 産業スパイであるキムにとっては、重要な技術者である小田部教授に接近する為の、言わば「かりそめの愛」。

 最初の方は「そろそろ結婚しそうだ」と自ら客観的に言うぐらいに遊び…というかゲーム感覚で楽しんでいるキムだが、章が進むにつれ菜々との平凡でありふれた生活が心地よく感じるようになっていく。

 一方で菜々は、キムの真意に勘付き、真相を告げられた後でも少しでもこの時間が長く続くことを願う。

 キムの元を訪れたAYAKOに対いて、菜々は感情的な言葉を浴びせる。あなたは本気で誰かを愛したことがあるか、私は、ある、と。AYAKOはそれに動揺し、キムもまた揺らぐ。

「幸せはゴールじゃなくて、毎日拾って集めてくもんなんだよ」。

 このような台詞を本音ベースで話すほどにキムは変わる。

 産業スパイとして世界を飛び回り、人を騙し、事によっては人を殺めもするキムが、である。

 不思議なことであるが、物凄く一般的にまとめると、自分の知らない世界・得難いものに憧れる、ということなのだろうか。

 当然、どのような生き方にも地獄はあるが、想像できる範囲には限りがある。

 隣の芝生は青く見える。

 どのように青さが保たれているか、詳しくは知りもせずに。

 しかし、そんな平穏な生活は長く続かず、目まぐるしく変わる状況を報せに、AYAKOや田岡がキムの元へ訪れる。

 キムは選択を迫られる訳だが、最終的に彼が何を選んだかは、本書未読の方は是非自分の目で確かめてみて欲しい。 (chen


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