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黒革の手帖/松本清張のあらすじと読書感想文(ネタバレ)

2018年1月5日

黒革の手帖/松本清張のあらすじ

 原口元子は東林銀行千葉支店の預金係だった。そして預金係の立場を利用して、行金7000万円を3年間にわたって横領し続けた。「30にもなって独身のまま、男との浮ついた話もなく仕事を続けている」、このことが元子にとってコンプレックスだった。周りから何と言われているか、どう見られているかなどと想像し、イライラしていた。だから腹いせに行金を横領し、それを資金に新しい人生を始めることしたのだ。

 東林銀行を退職する際、元子は銀行の藤岡支店長と村井次長、そして顧問弁護士に「黒革の手帖」を突きつけた。そこには銀行の架空名義・無記名の預金者のリストが書かれていた。これが外部に漏れれば銀行は一気に信用を失ってしまう。

 銀行の架空名義・無記名の預金は、医者などの高所得者が脱税する際に作ることが多い。元子が作った「黒革の手帖」にも脱税目的で作られた口座のリストが書かれていた。元子は支店長・次長・顧問弁護士に対して、この「黒革の手帖」を支店長たちに渡す代わりに自分が横領した7000万円について警察沙汰にするようなことはしないよう約束させた。

 その後、元子は銀座に「カルネ」というバーを始めた。ホステスやバーテンなども雇い、少しずつ客を呼び込むつもりだった。しかし店の経営は思っていたほどうまくいかない。

 カルネのホステスの中に波子という女がいた。他のホステスとは実力が違う。客が求める女を演じ、売上も高かった。その波子についた客の中に楢林産婦人科の院長がいた。元子は「黒革の手帖」を支店長たちに渡していたものの、内容を複写していた。そして「楢林」の名がその「黒革の手帖」にふくまれていることを知っていた。楢林は多くの架空名義や無記名の口座を持ち、脱税をしていることが予想された。

 楢林は波子にマンションや多額のプレゼントを貢いでいた。さらに楢林は波子のパトロンになり、銀座のバーの開店をサポートすることになった。波子と楢林が付き合うようになったことで、楢林の以前の恋人であり側近であった看護婦長の中岡市子が波子に対する嫉妬と楢林の裏切りによる憎しみに狂った。元子は市子に同情するふりをして接近し、市子から楢林の隠し預金口座を聞き出した。

 元子は自分が雇っていたホステス波子への嫉妬と、カルネの経営不振脱却のために楢林を脅した。市子から聞き出した隠し預金口座のリストを見せ、自分の要求通りに金を出さなければこの隠し預金口座を国税局に伝えるという旨を話した。楢林は元子を憎み、怒りに燃えたが、どうすることもできず元子の要求をのむしかなかった。

 元子が楢林から金を巻き上げたことによって楢林の波子への支援が途絶えた。そのため波子はカルネまで殴り込み、元子に「銀座で営業ができなくなるようにしてやる!」と吐き捨てた。

 その後、楢林の脱税が国税局に見つかった。元子は楢林が自分を恨んでいるだろうとも思ったが、架空名義口座のリストや預金額のことなどは一切漏らしていないし、国税局は楢林の脱税を世間に発表する前から調べていたことだろうと考え、恨まれるのは筋違いだと思った。市子はまた楢林とよりを戻したようだった。

 一方、波子は楢林との縁が切れてから、総会屋がパトロンにつき原宿で「サンホセ」という店を営業し始めた。総会屋の背景には何がいるかわからない。「波子も堕ちた」と元子はいい気分だった。銀座を出ていったのは元子ではなく波子だったのだ。

 楢林がカルネに連れてくる友人の中に橋田という男がいた。医学進学専門予備校の理事長だった。医学予備校は裏口入学のために多額の寄付金を集めているという。元子は橋田が相当稼いでいるだろうと踏んだ。

 そして橋田の友人に安島という国会議員秘書がいた。二人は江口議員を通じて知りあった関係だった。安島は元子に橋田の悪口を語り、江口議員の叔父も橋田を恨み裏口入学者のリストを持っていると話した。これが外部に漏れてしまったら、橋田の予備校の経営も危うくなる。

 江口議員の愛人が営業していた「梅村」という料亭が赤坂にあった。江口議員の死後、橋田がそこを購入するという話を元子は聞いた。そこで橋田から梅村を購入し転売しようと元子は考えた。元子は橋田に裏口入学者のリストを突きつけて脅し、相場よりもずっと安値で梅村の跡地を売ることを約束させた。

 十分な資金を得たら、元子は銀座の一等地に立つ老舗「ルダン」を購入することにする。カルネを売却し、橋田を脅して得た金と預金を合わせれば購入できると思ったのだ。商談は順調に進み、元子は契約を交わした。

 全てが順調にいっているように思った。東林銀行の預金係で惨めな思いをし、その後、銀座のママになった。そしてこれから銀座の一等地で老舗の看板を背負って経営していく。そう思うと自分の人生が素晴らしいもののように感じていた。元子は自分の才能を開花させ、活かしていく快感に浸っていた。

黒革の手帖/松本清張の読書感想文

 人の恨みは買うもんじゃない。……ということを、読了後にひしひしと感じました。人に恨まれるようなことはやるもんじゃない。人の恨みとはどんなに恐ろしいものか……。

 これだけ人に恨まれるようなことをし続けてきた主人公・元子の物語がハッピーエンドなわけがない……と思いつつも、物語の中でそのような雰囲気は一切なく。むしろ、私はついつい元子の成功を祈ってしまいました。「このまま彼女が幸せになりますように。成功しますように」と。たくさんの人から恨みを買い、たくさんの人の人生を狂わせてきた元子を、なぜか応援してしまう。物語のハッピーエンドを願ってしまう。

 「これだけ人から恨まれながらも、人は幸せになれるのだろうか?」と疑問を抱きながらも、「元子なら幸せになれる!」という確信が、物語を読み進めるにつれて加速し、ハッピーエンドへの期待が高まっていきます。

 そんな確信を抱きながらも、「やはりたくさんの人から恨みを買った女。そんな女が本当に幸せになれるのだろうか」という一般的な疑問がどうしても心の中に残ってしまう。それでも残りのページ数が少なくなっていくにつれてハッピーエンドへの期待感が育っていく……。

 それは筆者がアラサー女性だからでしょうか? だから同じくアラサーで「新しい人生を歩みたい」と思って奮闘する元子に共感してしまうのでしょうか。……そうではないような気がします。

 多分多くの人がそれぞれの節目で「これからの人生」について悩み、「何か行動したい」という欲求を燻らせます。そういう経験をしたことがある人は、元子に共感し、物語を読み進めながら応援してしまうのではないでしょうか。

 複雑に入り組んだ伏線が、最後の最後に一気に回収されてすっきりしました。物語の設定に一切の無駄もありません。

 私が期待した通りのハッピーエンドなのか、それとも一気に気分を覆すようなバッドエンドなのかはここには敢えて書きませんが、読んだあとは叫びたくなるくらいすっきりする物語でした。

【この記事の著者:鈴木詩織】
愛知県で活動しているモデル・作家。趣味は写真と読書と執筆。 アメブロ


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