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アナログ/ビートたけしのあらすじと読書感想文(ネタバレ)

2017年10月07日

アナログ/ビートたけしのあらすじ

 水島悟が勤務しているデザイン事務所は、工業デザインを主として、喫茶店の内装からホテルのフロア、ショッピングモールのデザインまで幅広く手掛けている。上司の岩本のデザインは人気で雑誌に取り上げられるほど。しかし最近は、部下たちのアイディアをそのまま自分のものにしてしまうこともたびたびある。水島は、それに関して特に文句をいう訳でもなく、与えられた仕事を真面目にこなす。

 事務所で打ち合わせの最中、水島の携帯が鳴ってしまう。着信音は三波春夫の「東京五輪音頭」。たまたまバイブモードにしておくのを忘れたのだ。張りつめていた空気が一瞬にして壊れ、笑いが漏れる。高校時代の悪友・高木淳一に言われて、最近変えたばかりだった。

 岩本の注意を受けながらそっと携帯を見ると、その高木からの着信。久しぶりに、山下良雄も含めて飲みに行こうという誘いだった

 3人は岩本がデザインした(ことになっている)店「ピアノ」へ向かう。待ち合わせより早めに店に着いた水島は、店にあったインテリア雑誌を手にする。「ピアノ」の内装についての記事がでていた。もちろん岩本のもっともらしいコメントとともに……。

 すると水島の隣にひとりの女性が座った。品がよく、とても綺麗な女性。水島はとても気になり、思わず声をかけてしまう。女性は「みゆき」といった。みゆきは水島の手にする雑誌に興味を示す。水島は一瞬にしてみゆきの虜となった。

 みゆきは毎週木曜日に「ピアノ」にやってくるという。

 普段ナンパなどしたことがない水島だが、「今度またお会いしたら声をかけてもよろしいですか?」と言った。みゆきは嫌がりもせず、毎週木曜の夕方はだいたいここにいますよ、と答えた。

 こうして毎週木曜日、水島は、「ピアノ」でみゆきに会うようになるが、なかなか連絡先の交換とはならなかった。

 ある日水島は、なんとかみゆきの連絡先を聞こうとするが、みゆきは「お互い会いたいと思う気持ちがあれば、絶対に会えますよ。だってピアノに来ればいいんですもの」と言うだけだった。

 水島には年老いた母親がいた。郊外の施設に預けていた。数日前に手を骨折してしまい、医師からボルトを入れる手術が必要と言われるが、母親はそれを拒む。水島に極力迷惑をかけたくないという気持ちからだった。

 母親は小さいころから苦労して生きてきた。水島の父親が早くに亡くなり、ひとりで水島を育ててくれたのだ。まだ何も恩返しができていないことを悔やむ水島。

 ある日、大阪支社からホテルの内装デザインのヘルプをだしてほしいと要請がくる。水島がそれを任されることになり、一週間大阪へ行くことになった。もちろんみゆきに会えない……。水島は寂しさを募らせながらも仕事に集中する。

 翌週の木曜日、「ピアノ」へ向かう水島。みゆきはいつもと同じように現れた。するとみゆきは水島をクラシックのコンサートに誘った。

 コンサートを見たあと、二人で、水島が内装を手掛けたイタリアンの店で食事をする。二人の仲がぐっと縮まった気がしたが、お互いの連絡先は交換しないでいた。

 そしてまた大阪出張へ行くことになる水島。なんとか木曜までには東京に戻れるよう算段を取ろうとしていた矢先、突然高木から、水島の母親の容体が悪くなったと連絡が入る。慌てて東京へ戻る水島だったが、結局母の死に目に間に合わなかった。号泣する水島。高木と山下は水島に代わり葬儀を段取りしてやる。水島は友人の存在を実感する。

 大阪のホテルの工事が進みだす。水島は一年ほど大阪に駐在することになる。一年もみゆきと会えなくなるのは我慢ができない。水島は、みゆきとの関係を進展させたいと考える。高木と山下に相談すると、それはもう結婚しかないだろ、と言われる。水島もそれしか方法はないと感じ、婚約指輪を用意し、次の木曜日にみゆきにプロポーズしようと「ピアノ」に向かうが……。

アナログ/ビートたけしの読書感想文

 ビートたけしさんの書きおろし小説が出ると聞いて、これは読まねばとすぐに予約をした。テレビに出て、映画も撮って、さらに小説を書くなんて! ほんと、どれだけバイタリティーのある人なんだと思わされる。しかも内容は「恋愛小説」だという。意外だった。どんな物語を展開させるのか、興味津々で読み始めた。

 まず冒頭のセリフで驚いた。

 カタカナ語が多くて意味が分からない(笑) あえてそのようなセリフになっているが、それがかえって惹きつけられ、あっという間に物語の中に入り込む。

 文体は丁寧でありながらも、会話の部分になると、たけし節さく裂の、漫才のような掛け合いが繰り広げられ、思わず声を出したり、苦笑したり……。その掛け合いが、さらに登場人物を立体化し、世界観を具体的にものへと導く。

 タイトルは【アナログ】。この現代だからこそ生まれた物語だなと思った。

 とにかく便利すぎる世の中になった。それこそ昔は、何かあったら家の電話に連絡したものだし、もちろん家族の人が出て取り次いでもらうことが当たり前だった。

 大人になり、それでもまだ携帯がさほど普及していない時は、好きな人と連絡を取り合おうとしても、家の電話しかない。留守電に吹き込んで、帰りを待って……。そんな切ない時間を過ごしたことは遠い昔……。

 今は待ち合わせの場所を決めないことすらある。待ち合わせ時間が近くなったら、「○○の前にいるよ」とメールやLINEをする。天敵は電源のみだ。

 アルバイトを決めるときですら、LINEでやり取りするらしい。でもそのアドレスやIDが消えてしまったら、一瞬にしてその関係は消えてなくなる。関係が繋がりやすく、途切れやすい時代だと改めて思う。

 そんな時代に逆行するような、主人公の水島とみゆきの出会い。

 毎週木曜日の夕方、店で会う、ということだけの約束でその関係は形成されていく。もしその店へその時間に行けなければ、もちろん会えない。その理由を告げることすらできない。その特別感がむしろの二人の関係を深めるのに役立っていく。

 相手の名前しか分からないというのは、とてもミステリアスだと思う。

 もしかしたら相手が嘘をついているかもしれない。もしそうだとしたら、それまでの縁だろう。

 実際、「みゆき」は偽名だった。素性を隠すには訳があるのだが、水島は最後にその理由を知り、すべてを受け入れ、みゆきと一緒になろうとする。相手にまっすぐに向かおうとする水島がとてももどかしく、ピュアで、がんばれと応援したくなる。

 現代的なツールといえば、すぐに思い浮かぶのがLINE。「既読」にならなければ、なぜ? と思い、「既読」になったらなったで、なぜ返事がない? と勘ぐる。便利すぎるために、見なくてもいいことを山ほど見るようにもなり、何でもないことを悪く考え、疑心暗鬼になってしまうこともある。

 水島とみゆきの関係のように、「今日そこにいなければ、しょうがない」と思う方が、余計なことを考えず、むしろ割り切れるのではないだろうか。

 さらに、水島、高木、山下の友人関係の描き方もとてもよかった。男同士のおバカな会話から、お互いへの想いの深さを感じとれる。素敵な関係だなと思う。

 そして水島の母親への想い、母親の子への気遣いがまた静かに心に沁みていく。恋愛小説でありながら、友人や家族のエピソードも心地よく、読んでよかったと思える作品だった。

 情報があふれる日常。無になり、自分で何かを考えるような時間も減っている。たまには便利なものをすべて手放し、今ここにいる自分を、ゆっくり見つめ直してみたいと思えた。(スギ タクミ


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