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虐殺器官/伊藤計劃のあらすじと読書感想文(ネタバレ)

2017年4月26日

虐殺器官/伊藤計劃のあらすじ

 2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件以降、アメリカは、それまでは少なくとも公式には禁止していた暗殺を、「公式な介入」や「公式の戦争」と並ぶ選択肢の一つとして考慮に値するものと考えるようになった。

 28歳のクラヴィス・シェパード大尉は、情報軍の特殊検索群i分遣隊に所属するアメリカ軍人。特殊検索群i分遣隊は、特殊部隊を有するアメリカの5軍(陸軍・空軍・海軍・海兵隊・情報軍)の中で唯一、暗殺を請け負う部隊で、蔑みを込めて「濡れ仕事屋」と呼ばれることもあった。特殊検索群i分遣隊はCIAが暗殺において山ほどの失敗を重ねたのとは違い、スパイと兵士の能力を有するプロの暗殺部隊として作戦に従事した。作戦前にはカウンセリングと脳医学的処置によって受ける戦闘適応感情調整によって倫理と感情を戦闘に適応させ、戦場では最も怖いという、無鉄砲で盲目的に襲い掛かってくる少年兵でも躊躇なく射殺することができた。

 シェパード大尉は、旧ソ連に組み込まれていたある国に侵入した。その国は、ソ連崩壊後は資源を巡ってロシアと対立し混乱するも、少なくともイスラム教徒とキリスト教徒が共存していた国だった。暫定政府の国防大臣を名乗る元准将が武装勢力を率いて村々を回り、疑わしい者は片っ端から殺して、少年たちを兵士として挑発していた。シェパード大尉らの侵入チームは、元准将を暗殺することには成功したが、もう一人のターゲットであった虐殺を行っていた武装勢力の「文化情報次官」は、侵入した際に既にに姿を消していたため、取り逃がした。

 武装勢力の元准将を暗殺してから2年、世界のあらゆる場所で内戦と民族紛争が立て続けに起こり、そのほとんで虐殺が行われた。アメリカ政府は暗殺許可証を発行し続けた。シェパード大尉は、2年間に、暗殺の仕事に5回、関わり、うち4回の暗殺の標的にジョン・ポールの名前があった。ジョン・ポールは、武装勢力の「文化情報次官」だった男だ。

 シェパード大尉は、国防総省からの指令で、同僚のウィリアムズと共にワシントンに呼び出され、ソマリアで身柄を覚悟された黒人男性が拘束衣を着せられ、尋問される映像を見させられた。黒人男性は、「人を殺すにいたる観念を半年などという短い時間で育てられるものでしょうか」と尋ねられ、尋問者の主張が的を得ていることに当惑しながらも、「……育てられるのだ、現実に。それをわれわれが証明してしまった……。」と答えていた。

 シェパード大尉は、ジョン・ポールが「文化宣伝顧問」としてソマリア政府に雇われていたことを告げられ、現在、ヨーロッパに潜伏しているというジョン・ポールの暗殺を命じられた。シェパード大尉は、ジョン・ポールが妻と6歳の娘がサラエボで核のキノコ雲の犠牲になったときに寝ていた女、ルツィア・シェクロウプがいるチェコのプラハに向かった。

 シェパード大尉は、ジョン・ポールの個人情報を閲覧していた。

 ジョン・ポールは虐殺の歴史に興味を持ち、MITの研究者として言語の研究をしていたが、サラエボでヒロシマ・ナガサキ以来の歴史が終わりを告げた後、MITを辞め、半年間引きこもった。突然、国家や大企業のイメージをコーディネートする有名PR会社に入った。複数の国家のPRを掛け持ちしたジョン・ポールは、メディア受けしそうな閣僚をアメリカに招いてニュース・プログラムに出演させ、好意的な国との印象を持たせるために海外の記者が訪問しやすいプレスセンターを作った。

 ジョン・ポールは功績を認められ、いくつかの国の文化宣伝閣僚の補佐官になった。同時に、ジョン・ポールが担当したすべての国があっという間に内戦状態に陥り、そのすべてで虐殺が行われた。PR会社を辞したジョン・ポールは、プラハでいったん消息を絶ち、その後は世界中で姿を認められ、ジョン・ポールがいる場所では必ず虐殺が起こった。

 シェパード大尉は、プラハでルツィアに接触し、ルツィアの周囲を見張ることでジョン・ポールの組織の人間たちと交錯することができた。しかし、ルツィアと一緒にいるところを襲われ、捕らえられた。

 シェパード大尉と対峙したジョン・ポールは、ナチスドイツの公文書をはじめ、戦争か始まる前からのファシスト政権下でのありとあらゆるテキスト資料をデジタル化し、文法解析にかけたことを告げた。

 ジョン・ポールは、「どの国の、どんな政治状況の、どんな構造の言語であれ、虐殺には共通する深層文法があるということが、そのデータから浮かび上がってきたんだよ。虐殺が起こる少し前から、新聞の記事に、ラジオやテレビの放送に、出版される小説に、そのパターンはちらつきはじめる。言語の違いによらない深層の文法だから、そのことばを享受するみきたち自身にはそれが見えない。言語学者でないかぎりは」と告げた。

 シェパード大尉は、仲間の突入で救出された。

 シェパード大尉は、ニューデリーも、カルカッタも核兵器にすり潰されたインドに侵入した。今回は、ジョン・ポールを殺さずに逮捕しろとの命令を受けていた。インドでは、いったんジョン・ポールの拘束に成功するも、列車で移送中に襲われて、ジョン・ポールを取り逃がした。シェパード大尉は、アメリカ政府部内にジョン・ポールの内通者がいることを確信した。

 ケニア、ウガンダ、タンザニアに囲まれた広大なヴィクトリア湖は現在、ヴィクトリア湖沿岸産業者連盟という名の独立国として先進国に承認されており、クジラやイルカを養殖して人工筋肉を生産していた。そこにジョン・ポールとルツィア・シェクロウプがいるとの情報を告げられ、シェパード大尉は、仲間と共にヴィクトリア湖に侵入した。シェパード大尉は知らされていなかったが、他の突入隊員には、ジョン・ポールとルツィア・シェクロウプの暗殺命令が出ていた。

虐殺器官/伊藤計劃の読書感想文(ネタバレ)

 「虐殺器官」には、上の「あらすじ」で骨組みだけをまとめた以外にも、罪と赦しや、テクノロジーが発達した未来社会像や、先進国と発展途上国の関係や、世界観など、多くの印象深い事象が描かれていました。が、今回は、クライマックスで、ルツィアが、シェパード大尉に、ジョン・ポールをアメリカへ連れて帰って裁判にかけ、虐殺を次々と起こしていたことを知らしめるように迫った場面について感想を書きたいと思います。

 ジョン・ポールいわく、虐殺器官とは、人間が食料不足をコントロールできなかった時代の食料不足に対する適応の名残とのこと。群れが生き延びるだけの食料がない際に、脳の中の価値判断が捻じ曲げられ、虐殺が起こるよ、皆殺しが起きるよというムードを醸成し、そのムードが社会的にあるところまで達した際に、“良心”に関わる特定の回路を抑制された人々の手でさまざまな形の虐殺が行われるといいます。ムードを社会の中で醸成するため、他の生物だったらフェロモンや匂い物質を使ったところ人間の鼻は器官としては退化した状態にあったため、言語を用いられたとのこと。虐殺が行われ、個体数が減れば、食料の供給が安定するため、ジョン・ポールは「じゅうぶん進化として残りうる特性だ」と主張します。

 ルツィアは、ジョン・ポールに、残虐性は人間の本性だと思うことで妻と娘がサラエボで核の犠牲になったときにルツィアと寝ていた罪の意識から逃れようとしているのだと告げます。ジョン・ポールは、違うと言います。ジョン・ポールは「愛する人々を守るためだ」と口にします。貧しい国々で虐殺が始まってから、先進国がテロの犠牲になることは皆無になったことを統計が証明していると告げます。

 そのあとで、ルツィアは、ジョン・ポールを生きたままアメリカへ連れて帰って虐殺を次々と起こしていたことを裁判にかけるようにシェパード大尉に頼みました。ルツィアは、「みんな、知る権利がある。知る責任がある。本当の意味で自由でいたいのなら、本当の意味で自由な国でありたいのなら。自由の責任を背負う必要がある。選んだ結果としての自由を背負う必要がある」と告げます。ジョン・ポールは「わたしひとりで背負おうと思っていた。だが、ルツィアの望みどおり世界の知るところとなったら、今度は彼らが選択を迫られることになるだろうな。屍の上に、テロのない世界を築くことの是非について」とシェパード大尉に言いました。

 作中で描かれていた、貧しい国々で内戦と虐殺が次々と起こることで富める国々が平和を享受するという構造は、説得力がありました。金持ち喧嘩せずといいますが、富める者同士は手を取り合って自分たちだけの豊かさを享受し、一方で、貧しいものは貧しいもの同士でいがみ合って、経済的にも精神的にもさらに貧しくなっていくというのは、現代の社会でも当てはまると思います。そして、富める者たちは、貧しい者たち同士の争いを黙って見つめるだけで、自分たちの平和が脅かされない範囲でしか手を差し伸べないような気もします。そして何より、そういった貧富の差の問題を誰も口にしないことを望んでいるようにさえ感じます。

 ルツィアは、そんな人々に、問題を突きつけろと言っていました。言葉を替えれば、そんな人々は問題を突きつけられ、選択を迫られる義務があるということでしょうか。

 国の豊かさというレベルではなくても、人間社会で生きていれば、日常のどんなところにも、同じ問題はあると思います。例えば、就活だったら、定員が限られている以上は誰かか採用されれば誰かが不採用になります。電車の中だったら、誰かが席に座ったらほかの人は座れません。会社でも、学校でも、町内会でもいいのですが、誰もやりたくない仕事でも誰かがやらなければなりません。逆にいえば、誰かかが損な役割をやってくれるから自分はやらなくて済み、その分の「自由」を手にしています。

 「虐殺器官」を読み終えて、誰かが犠牲になったうえで自分が「自由」でいられることに対しては誰も問題にされることを望まず、むしろ、口を閉ざしたまま心の中でその状態のままであり続けてほしいと願っているのかもしれないと思いました。

 そして、そんな心を持つ人間たちに対して、問題を突きつけろ、責任を負わせろ、選択をさせろ、そうするべきだ、と主張したルツィアの言葉には、損得を超えた人間の理性や良心というものを感じました。(竹内みちまろ)


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