本文へスキップ

読書感想文のページ > ボクたちはみんな大人になれなかった

ボクたちはみんな大人になれなかった/燃え殻のあらすじと読書感想文(ネタバレ)

2019年10月28日

ボクたちはみんな大人になれなかったのあらすじ

 42歳のボクは、ある朝、地下鉄に揺られながら、フェイスブックをチェックしていた。すると、ひとりの女性のアイコンが「知り合いかも」の欄に出てきた。ボクはそのページから目が離せなくなった。「小沢(加藤)かおり」という名前の彼女は、ボクが初めて自分よりも好きになった人だった。

 彼女と最後に会ったのは1999年の夏、リップクリームを買いに出掛けたという、なんてことないデートだった。別れ際、彼女は「今度、CD持ってくるね」とボクに言った。それが彼女の最後のセリフになった。現在の彼女は結婚して、幸せそうな写真をフェイスブックにあげていた。

 当時、酔った席で彼女のこと周りに話すと「よっぽど美人だったんだね」と言われることがあったが、彼女は間違いなくブスだった。ただ、そんな彼女の良さを分かるのは自分だけだとボクは思っていた。 渋谷の円山町にある安さだけが取り柄のラブホテル、そこは東京に唯一あるボクにとっての安全地帯で、彼女と一番長く過ごした場所だった。ボクが彼女との思い出を思い返していると、満員の地下鉄が揺れた。ボクは仕事に向かっている途中で、今の段階で既に遅刻して、アシスタントからはメールが絶え間なく送られてきていた。慌てて駅を降りたボクは、人の波に流されながら握りしめたスマホに目をやった。 ボクは「え!?」と声を出した。 ボクは彼女に友達リクエストを送信してしまっていた。

 彼女と出会った1995年、ボクは20代の前半で、エクレア工場で働いていた。エクレア工場で働く大半が外国人労働者で、日本人の同僚は七瀬という12歳上の男だけだった。工場の休憩室にはいつもアルバイト情報誌が置かれており、そのアルバイト情報誌の一番最後のページは文通相手を募集している文通コーナーになっていた。当時の雑誌にはこういった文通コーナーがよくあった。七瀬と一緒に文通コーナーを見ていたボクは、ひとりの女の子に興味を持った。自分が好きなアーティストのアルバムタイトルをニックネームに付けている女の子だった。ボクはそのページを眺め、ちぎってポケットに入れた。

 ボクは彼女に手紙を出して、彼女からも返事がすぐ届いた。そこから彼女との文通が始まった。ボクと彼女は、好きな音楽や映画について手紙を通して語った。サブカル臭が匂い立つ彼女は、常にボクの興味の先をいく存在で、ボクは顔も見たことがない彼女に既に惹かれ始めていた。10往復ほど手紙のやりとりをした後、ボクは彼女に「会いませんか?」と手紙を出した。彼女から「私、ブスなんです。」と一言返事が来たが、今まで彼女もおらず毎日エクレア工場で働いているだけのボクは、そんな言葉ではあきらめず彼女を再度誘った。ラフォーレ原宿で待ち合わせをして、ボクと彼女は初めて出会った。お互い最初は緊張していたが、気づけば初対面とは思えないほど夢中になって会話をしていた。夕方になっても別れがたく、ボクと彼女は自分たちのこれまでの人生についても語りあうまでになった。ボクは彼女と出会ったこの日、自分の人生がはじめて動いたように感じた。ボクは彼女に恋をしていた。

 ボクは彼女に恋をして、はじめてエクレア工場にあるアルバイト情報誌を真剣に読んだ。「テレビ番組の美術制作アシスタント募集」の求人に電話をかけて、すぐ面接が決まった。会社には社長1人で、面接に来ていたのはボクと関口という金髪の男だけだった。ボクはすぐ採用された。七瀬に見送られ、エクレア工場を退職したボクは、その日初めて彼女と渋谷の円山町にあるラブホテルに行った。このラブホテルはその後、ボクと彼女が一番長く過ごす場所になった。朝まで2人で過ごし10時のチェックアウトを目指してばたばたと身支度を整え、彼女はいつも最後にトイレに行く。ボクは彼女を待つ間、ベッドに脱ぎ捨てられた彼女のコートの匂いを嗅ぎながらその日の予定を頭の中で反芻する。いつの間にかトイレを終えた彼女は「変態、行くよ」とボクに声をかけ、「いつか2人で海に行きたいね」といつも言う。彼女と海に行く約束をボクは結局、叶えられなかった。

 最初は全然仕事がなかった3人だけの会社は、テレビ局からの無茶な仕事を受け続け、大した儲けも出ないのに毎日休みなく働いていた。テレビ番組の美術制作と言っても、ほとんどがテレビ番組に使われるテロップの制作だった。新しいアシスタントが入っては辞めてを繰り返して、毎日朝から夜までほとんど寝ずに仕事を続けていた。しかし、泥臭い地道な仕事を受けてきたかいもあり、徐々に会社は大きくなっていった。金回りが良くなり、テレビ関係者とのパーティーに呼ばれることも増えた。ボクは華やかな世界に慣れず、パーティーでも愛想笑いを浮かべていることが多かった。そんな時、ボクはエクレア工場の同僚である七瀬に再会した。再会した七瀬は「BARレイニー」という店を新宿に構えていた。そのころ仕事の関係で新宿で朝まで作業することが増え、「BARレイニー」はボクと関口のたまり場にもなった。仕事は忙しく毎日朝から晩まで働いていたが、その当時に感じていた温かい感情を今でもボクは鮮明に覚えていた。

 会社はどんどん大きくなってVIPのパーティーや金持ちが集まるクラブに顔を出すことが増えた。ボクは佐内という実業家に誘われていったクラブで、スーと呼ばれる女性と出会った。スーは黒髪のショートヘアの美人で、佐内のお気に入りのようだった。ボクは仕事が全くない時代に来るもの拒まずで色々な仕事を引き受けてきて、下品な人間が東京という町を愛して住み着いているのだと知った。クラブで偉そうに女の子を口説いている佐内だって数か月後には消えている、そんな世界だった。ボクが一人クラブを出て外の空気をすっていると、後ろからスーが「自分と同じ目をしている人初めて会った」と話しかけてきた。そしてボクに「番号教えてよ」と言った。

 その時、彼女(かおり)は仕事でずっと憧れていたインドに行くことになり喜んでいた。ボクは彼女がボクと離れても全然寂しそうじゃないことに少しいじけていた。

 ボクがスーと再会することになったのはそれからしばらくたってからのことだった。ボクはスーとプラネタリウムに行って、その後、案内されたスーの部屋は風俗街にあるマンションだった。漫画やDVDなど物が散乱した部屋の中でスーはボクに、このマンションに住む女の子は全員風俗嬢なのだと説明した。客は受付をして女の子と待ち合わせをしたあと、この部屋に来てプレイをするのだと説明した。私用の部屋を使った風俗は違法とされていた。スーは将来舞台女優を目指していて、佐内に将来の支援をしてもらっている代わりに働いていると言った。そして、スーは佐内のことが好きだった。

 その時、スーに電話がかかってきて、今から客が来ると言った。ボクは部屋を出て、スーのマンションの前で、スーが男と部屋に入っていくのを見ていた。ボクはスーを待っている90分間を永遠のように長く感じ、自分は何をしているのだろうと思った。ボクはインドにいる彼女から届いたポストカードを取り出し眺めた。ポストカードには「こっちにおいで」とだけ書かれてあった。

 ボクは初めて、彼女がボクの知らない遠くへ行ってしまったように感じた。スーはボクが90分待っていたことに喜びを示した。ボクとスーはそれからよく合うようになった。ボクとスーはとても似ていた。お互いにとても好きな人がいて、その好きな人の強さに惹かれていた。そして自分の弱さに耐えられず、ズルい人間になっていた。それからしばらくして、佐内は家宅捜索を受け、佐内と出会ったクラブも跡形もなく消えてしまった。スーとは連絡が取れなくなってしまし、ボクはスーの本名も分からないままお別れをすることになった。スーは佐内が家宅捜索を受ける前日、ボクと朝まで過ごした後に「あなた」と声をかけた。ボクは何の言葉か当時はわからなかったが、それは、南極観測隊の妻が夫に送った3文字だけの愛のメッセージと同じことばだと、今になって知ったのだった。

 インドから帰ってきた彼女の話を聞いてボクはさらに彼女との距離を感じていた。彼女はインドでの経験を饒舌に語った。ボクは自分も仕事でどんなトラブルがあったのかを彼女に語ったが、自分が彼女に比べてちっぽけに感じた。彼女に悪気はないけれど、ボクが心酔していた彼女の自由さが、いつしかボクを追い詰めていることに気付いた。そして、1999年の夏、雨の日にボクと彼女は円山町にあるいつものラブホテルにいた。それが最後の日とは思えない普通の日だった。いつものようにベッドに横になっていたが、雨の音が強まり、彼女が今まで一度も開けたことがなかったホテルの窓を開けた。窓には外壁にベニヤ板が貼り付けられており、外の景色は見えなかった。「どこにもつながってなかったんだね」と彼女が言った。そして、彼女は「雨がやんだらリップクリームを買いにいきたい」と言った。

 ボクのスマホに彼女から友達リクエストが承認されたという通知が表示された。ボクは怖くなって、彼女との思い出を思い返していた。たしかに、彼女はボクが初めて自分よりも好きになった人だった。彼女の言葉一つで強くもなれたし弱くもなった。渋谷の円山町にある安さだけが取り柄のラブホテル、そこがボクにとっての唯一の安全地帯だった。ボクの手の中でスマホが小さく振動し続けている。「お知らせ」を開くと有名人や著名人と写っているいるボクの写真に彼女からの「ひどいね」が次々と押されていた。1つだけ「いいね」が押されている写真があった。それは14年前にラフォーレ原宿のポスターをデザインした時の写真だった。ボクと彼女が出会った場所で、出会ったあの日、彼女が「ラフォーレ原宿の看板をデザインしたい」と思い付きの夢を語っていたのだった。

 ボクはフェイスブックで彼女にメッセージを送ることはできなかった。彼女がどうして最後に「今度、CD持ってくるね」と言ったのか知ることもできなかった。付き合っているとき、彼女はいつも電話の最後に「キミは大丈夫だよ、おもしろいもん」と言っていた。この東京で社会の数にも数えられていなかった頃、ボクにとって彼女だけが自分を承認してくれる存在だった。ボクは彼女と最後に過ごしたラブホテルの朝を思い出していた。トイレに行った彼女を待つ間、ベッドに脱ぎ捨てられた彼女のコートの匂いを嗅ぎながらその日の予定を頭の中で反芻する。いつの間にかトイレを終えた彼女に「変態、行くよ」と声をかけられる。「2人で海に行きたいね」と言う彼女にボクは「ありがとう。さよなら」と伝えた。

ボクたちはみんな大人になれなかったの読書感想文

 この作品は、43歳になったボクが、昔大好きだった彼女に知らないうちにフェイスブックの「友達申請」を送信してしまったところから始まる物語です。そこから新たに恋愛が始まっていくわけではなく、その当時のボクの恋愛、そして人生を振り返っていくという内容です。短い章ごとに分かれているため一つ一つが非常に読みやすかったです。43歳という大人になったボクが、夢もなく、金もなく、仕事もうまくいっていなかった当時の自分を振り返ると、なぜか今よりも鮮やかで輝いて見える、読んでいて少しほろ苦いような気持になりました。また、燃え殻さんの書く文章がすごく詩的で読んでいて共感できる言葉や刺さる言葉が多かったのも魅力だなと思います。

 彼女と出会って、彼女の持つ自由さに憧れ、自分も変わりたいと思ったボクが、新しく仕事を初めて一生懸命頑張った結果、得られたものはボクが望んでいたものだったのか、考えてしまいました。仕事で成功して、お金や地位はそれなりに手に入れることができたけれど、きっとボクが求めていた、彼女に惹かれていたものは違う部分だったのだと思います。それはボクが悪いというわけでもなく、彼女が悪いというわけでもなく、人生は難しいものだなと感じました。純粋に彼女を愛していた頃よりも、世間を知ったボクが、理想と現実の差に焦りを感じ、彼女と比べてしまう気持ちが非常によくわかりました。

 この作品はもしかしたら女性よりも男性にはもっと刺さるのかもしれません。ボクが抱えているような、初恋の人との記憶、大好きだった人との記憶は、男性には特にとても共感できるのではないかと思いました。ただ、何者でもない自分を承認してくれる存在がどれほど心の支えになるのか、その点は強く共感しました。また、過去のある思い出を消化できずに大人になってしまうことは、恋愛に限らず誰しもあるのかもしれないなと思いました。そんな過去の自分を上手に成仏させることができた瞬間、自分の歩んできた人生に意味を持つことができ、1つ大人になれるのかもしれないなと思いました。(まる)


読書感想文のページ

運営会社

株式会社ミニシアター通信

〒144-0035
東京都大田区南蒲田2-14-16-202
TEL.03-5710-1903
FAX.03-4496-4960
→ about us (問い合わせ) 



読書感想文のページ