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2019年10月23日
高級住宅地のひばりヶ丘に小さい頃から憧れ、少し背伸びをして念願の一戸建てを建てることができた遠藤真弓は、夫の啓介と娘の彩花と3人での幸せな生活に心躍らせていた。真弓はひばりヶ丘に住めば、人生が開けると思い、理想を持って引っ越してきた。しかし、遠藤家はひばりヶ丘で一番小さい家と呼ばれ、この街に住む婦人会の人たちは自分たちの街に誇りを持っているため、背伸びをしてひばりヶ丘に住んでいる真弓のことを快く受け入れず嫌がらせをするようになった。唯一真弓にとって、救いだったのは、向かいに住んでいる高橋家だった。妻の高橋淳子は歳が近い真弓にフレンドリーに接し、遠藤家と高橋家は家族ぐるみで親しくなった。
真弓は肩身が狭くとも楽しく過ごしていけると思っていたが、娘の彩花が私立中学への受験に失敗したことをきっかけに、家庭内暴力をするようになった。彩花は度々癇癪を起すようになり、遠藤家では絶えず罵声が飛びかっており、ひばりヶ丘には彩花の怒鳴り声が事あるごとに響き渡っていた。近所に住む小島さと子は、遠藤家で騒ぎがおきると必ず様子を見にきていた。真弓にとってはそのこともストレスだった。
その日は遠藤家ではなく、高橋家から大声が聞こえた。真弓は翌日ニュースで、高橋家の家主で淳子の夫である弘幸が、後頭部を殴られて死亡したことを知った。淳子は警察に自分が夫を殴って殺したと自供していた。高橋家の長女・比奈子と次男・慎司はその時間家を留守にしていたため、警察も淳子が犯人だとして捜査を進めていた。しかし真弓が聞いた高橋家からの大声は、淳子と慎司のものだったと記憶していた。そして、事件が発生した時間、真夜中に真弓はコンビニで慎司と出会っていた。慎司は真弓にお金を貸して欲しいと頼み、真弓は慎司に1万円を貸したのだった。しかし、その後慎司は失踪してしまい、行方がわからないとのことだった。
事件を起こした高橋家は、ひばりヶ丘の品位を落としたとして、小島さと子をはじめとした婦人会の人たちから、誹謗中傷の張り紙や、窓ガラスを割られるなどの嫌がらせを受けるようになった。高橋家を通りかかった彩花は八つ当たりの気持ちで、自分も石を投げ入れるふりをした。しかし、その場を真弓は目撃してしまった。真弓がそのことを咎めると彩花はまた癇癪を起し、家のものを投げつけ始めた。真弓は、自分が大切にしている家を傷つけられたことで、これまで我慢していた感情があふれ、彩花の上に馬乗りになった。真弓は、落ちていた花瓶の土を彩花の口に詰め込み、彩花の口を封じた。遠藤家の様子をまた覗きに来ていた小島さと子が、さすがに彩花が死んでしまうと思いその場をなんとか収めた。真弓と彩花のその様子を、夫の啓介は家の外で聞いていたが止めに入ることができなかった。啓介は娘がこんな風になってしまったのは、ひばりヶ丘に引っ越してきたせいだと悔やんでいた。啓介は家に帰ることができずに知人の家に向かった。そこには、鈴木歩美という、高橋家の長女比奈子の友人が住む家だった。それから啓介は歩美を連れて一緒に高橋家の誹謗中傷のビラをはがしに向かった。
高橋弘幸はエリート開業医だった。淳子は上品で美人な奥さんで、3人の子供にも恵まれていた。長男の良幸は医学部に通っており、今は実家を出て1人暮らしをしていた。長女の比奈子は私立のお嬢様学校に通っていた。次男の慎司は人気アイドル似でスポーツマンだった。高橋家は、誰もが羨む絵に描いたような幸せ家族だった。比奈子は事件の当日は次男の慎司から模試の勉強をするので誰かの家に行って欲しいと頼まれ、友人の鈴木歩美の家に泊まりに行っていた。事件が起きた後、慎司は行方不明になってしまい、比奈子は親戚の家に預けられた。しかし、親戚は事件のことを快く思っておらず、父親との関係を詮索したり、行方不明の慎司を疑ったりと比奈子は嫌な思いをした。耐えきれなくなった比奈子は長男の良幸に連絡をした。連絡を受けた良幸は、実は母親を2歳の時に亡くし、淳子とは血が繋がっていなかった。大学で忙しくしていて事件のことを詳しく知らなかった良幸は、実家の様子を見に行くことを決めた。比奈子は比奈子で、自分から良幸の元へ会いに行こうとバスに乗り込もうとしていたところ、行方不明になっていた慎司を見つけた。ちょうどバス停に良幸が到着し、高橋家の兄弟が揃うことになった。2人は慎司から事件の日のことを聞いた。
淳子は成績の良い長男・良幸のように、慎司も医学部に進めるように勉強に力を入れるように日頃から強く言っていた。淳子は慎司がバスケットボールの大会に出る条件としてテストで好成績を納めることを挙げていたが、慎司が淳子が提示した成績に達しなかったため、慎司のバスケットボールで使うボールやユニホームを勝手に捨ててしまった。事件当日、そのことを知った慎司は淳子を怒鳴りつけた。騒ぎを聞いた弘幸が仲裁に入り、一度場は落ち着き、淳子と弘幸はリビングで話し合いをしていた。そのあと、慎司の部屋に来た淳子は慎司に散歩に行くよう言い、慎司はそのまま家を出た。そのため、その後、何が起こったのか慎司は知らなかった。慎司の話を聞いても、事件の真相はわからなかったため、3兄弟は実家に戻ることにした。すると啓介は歩美がビラをはがしているところだった。そして、そのビラをはがすなと小島さと子が怒りだしたのだった。
さと子の声を聞いて真弓と彩花も家から出てきた。遠藤家の3人、高橋家の兄弟3人、そして小島さとこ子はお互いに確執を持ちながらも、事件のことについて互いに知っている真相を語った。事件当日、啓介は、妻と娘が怒鳴り合う家に帰る気になれず自宅の車の中にいた。そこから、高橋夫妻が話している声を聞いていた。慎司と淳子の言い争いの後、弘幸は淳子に慎司にそこまで期待しなくても良いじゃないかという話をしていたという。3兄弟は啓介からその話を聞いて、実は淳子は前妻の子と実の子を意識して育てていたことに気がついてショックを受けた。淳子は弘幸が前妻の子である良幸には期待をしているのに、自分の子である慎司に対しては期待していない態度をとったことに激昂して殺害してしまったのだった。真実を知った3人は、それでも自分たちが母親を支えていかなくてはいけないと決意し、慎司が弘幸に追い詰められていて、淳子は慎司を助けるために殺したのだと警察に嘘の証言をした。
この作品はひばりヶ丘という高級住宅街に住むある一家の父親が殺された事件のお話です。しかし、ただの殺人事件をなぞるミステリーとは違う印象をうけ、ミステリーの重要な事項である犯人は誰かという点よりも、事件に関わる人間たちの物語だと感じました。事件に関わる人間たちとして、遠藤家、高橋家、そして小島さと子という3つの視点で、ひばりが丘での生活が描かれています。人間の中にある、見栄やプライド、自分勝手な感情など、人には見せたくないドロドロした負の部分が描かれており、さすが湊かなえさんの作品だなと思いました。ドロドロした負の要素でありながら、そういう感情がある人間が実際にいるなというリアリティが感じられ、物語にのめり込むことができました。
特に印象的だったのは、遠藤家と高橋家の二つの家族です。遠藤家は物凄く裕福な家庭というわけではないけれど、妻の真弓がひばりヶ丘に強い憧れを持っていて、無理をして一戸建てを建て引っ越してきた家族です。しかし、周囲から嫌がらせを受けて、娘ともうまくいかず決して幸せそうな家族には見えません。真弓は、理想を追い求めすぎるあまり、本当に大切な親子のやりとりや夫婦のやりとりがおろそかになって、幸せから遠のいているように感じました。高橋家は夫が医者で、みんなそれぞれ優秀な学校に通っており、誰もが羨む家族に見えました。しかし、妻の淳子は前妻との子と実子の違いを強く意識しており、そのことを子どもに押し付けてしまっていました。そしてそのことがきっかけで、殺人事件まで起こしてしまいます。高橋家と遠藤家、ケースは違うように見えますが、結局自分の理想を誰かに押し付けてしまったなれの果てのように感じました。
「こうなりたい」、「こうありたい」という理想を持つことは悪いことではないと思います。しかし、その理想の形を無理に他人に押し付けてしまってはいけないのだと思います。特に家族という他人よりも深い付き合いをする関係の中では、より相手を思いやって、相手に向き合って接していかなければならないと思いました。
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