読書感想文のページ > むらさきのスカートの女
2019年10月23日
わたしの家の近所には「むらさきのスカートの女」と呼ばれている人がいる。いつもむらさき色のスカートを穿いており、商店街を歩いているので、近所の人からむらさきのスカートの女として認識されている。道行く人は、彼女が商店街を通ると何かしらの反応を見せる。しかし、むらさきのスカートの女は周りにどんな態度をとられても、決して自分のペースを崩さず、商店街を颯爽と歩いている。わたしはそんなむらさきのスカートの女をいつも観察している。わたしは、いつも黄色いカーディガンを着ているが、むらさきのスカートの女のように周りに認識されているわけではなく、誰からも「黄色いカーディガンの女」と呼ばれることはない。
近所の公園には、「むらさきのスカートの女専用シート」と名付けられたベンチまである。むらさきのスカートの女は、いつも商店街でクリームパンを買って、公園に来て専用シートに座りクリームパンを食べる。公園で遊ぶ近所の子供たちの間では、ジャンケンで負けた人がむらさきのスカートの女の肩をポンと叩くという遊びが流行っている。子供たちの遊びのネタにされていてもむらさきのスカートの女は専用シートにじっと座っている。わたしは毎日むらさきのスカートの女を観察しており、むらさきのスカートの女がどんな家に住んでいて、どんな生活をしているのかを把握している。わたしは、むらさきのスカートの女と友達になりたいと思っている。
むらさきのスカートの女は働いていない期間もあるが、たまに働いていることをわたしは知っている。日雇いや数か月の仕事が多い。わたしが観察している限り、現在のむらさきのスカートの女に職はない。どうしたらむらさきのスカートの女と友達になれるのか考えたわたしは、同じ職場で働く仲間になれば声をかけられると考えた。わたしは専用シートに、毎日のように求人情報誌を置いて、自分と同じ職場に就職させるように仕向けた。わたしが辛抱強く待って、やっとむらさきのスカートの女は自分の職場の面接にくることになった。わたしは少しでもむらさきのスカートの女が良い印象を受けるように、彼女の家のドアノブに試供品のシャンプーをかけた。
むらさきのスカートの女は無事に面接に受かり、わたしと同じ職場で働くようになった。わたしは話かけるチャンスをうかがいながら、むらさきのスカートの女を見守っていた。わたしの仕事はホテルの清掃員だった。所長から、職場のみんなにむらさきのスカートの女が紹介された。むらさきのスカートの女は、最初は声が小さく自信がなさそうな印象で、わたしは心配になった。しかし、所長から大きな声で挨拶することを指導され、周りの先輩から髪を整えるようにアドバイスされ、むらさきのスカートの女の身なりはずいぶんとマシになり印象も良くなった。それから、むらさきのスカートの女は一生懸命働き、その真面目な仕事ぶりで先輩達からも気に入られた。仕事に慣れてくると、先輩達は、お客さんが残していった有料のお菓子やフルーツを、捨てる前にこっそり持って帰って良いことや、仕事の手の抜き方や楽しみ方のアドバイスをしてくれるようになった。
仕事の研修期間も終わって、むらさきのスカートの女は一人前の清掃員として仕事をするようになった。むらさきのスカートの女は、表情も見違えるほど明るくなり、清潔感のある容姿になり、他の清掃員と変わらない女性になっていった。公園でむらさきのスカートの女にタッチする遊びをしていた子供たちともフレンドリーに会話するまで仲良くなっていた。むらさきのスカートの女はホテルからこっそり持ってきたお菓子などを子供たちに分け与えて、すっかり子供たちの人気者になっていた。
しかし、最初はむらさきのスカートの女のことを真面目でいい子だと評価していた職場の先輩達は、時間が経つと悪口を言うようになった。さらに、所長とむらさきのスカートの女が2人で会っているところを見たという噂も広がり、むらさきのスカートの女は職場で孤立し始めた。心配になったわたしは、むらさきのスカートの女を尾行した。そこで、むらさきのスカートの女と所長の不倫現場を目撃した。休みの日、所長とむらさきのスカートの女は頻繁にデートをしていた。2人は近所の商店街も歩いていたが、商店街の人でむらさきのスカートの女に気づく人はいなかった。
ある日、小学校のバザーで、ホテルのタオルなどの備品が売られているという騒ぎが起きた。所長からも、ここ最近ホテルの備品が頻繁に紛失していると報告があった。職場の先輩達は、むらさきのスカートの女が犯人だと決めつけていた。先輩達はむらさきのスカートの女を問い詰めて、いつも清掃の時にお菓子を取って行って子供たちにあげていることを指摘した。むらさきのスカートの女はすべて先輩達に教わったことだと反論し、怒って職場を飛び出していった。
所長は、むらさきのスカートの女のアパートにやって来て、盗品の話を確認した。そこで、むらさきのスカートの女は所長まで自分を疑っていると知り、怒り狂った。2人は言い争いになり、もめたはずみで所長はアパートの廊下から転落し、地面に横たわって動かなくなってしまった。むらさきのスカートの女は動揺し、必死に所長の身体を揺さぶり、声をかけた。そこでわたしはむらさきのスカートの女に声をかけた。所長の様子を確認したわたしは、むらさきのスカートの女に「もう死んでいる」と告げた。
泣いているむらさきのスカートの女に、わたしはすぐに逃げるように言った。逃げるために、どんな経路を使えば良いのかを一気に説明した。バスの時刻や電車の乗り換え時刻も全て説明した。逃亡用に駅のコインロッカーに着替えなども用意しているので、それを受け取るように指示をした。最終的に、ビジネスホテルに辿りつきそこで待っているように指示をした。一気に完璧な指示をするわたしに、むらさきのスカートの女は困惑していたが、わたしに促されるままに動きだそうとした。しかし、バス代を持っていなかったむらさきのスカートの女が引き返してきたので、わたしは自分の定期券を渡して送り出した。
その後、わたしは大変な目にあった。むらさきのスカートの女に定期券を渡してしまったので、自分のお金がなくなってしまい、金目のものを探しに自宅に戻った。自宅といっても、わたしはもう住んでいない家だった。お金がないわたしは家賃が払えず、漫画喫茶に住んでいた。生活に必要な最小限のものは、駅のコインロッカーにまとめていれていた。なんとか家から硬貨を見つけたわたしは、バスにのってコインロッカーに行ったが、むらさきのスカートの女は私の全ての荷物を持ち去ってしまったようだった。仕方なく道行く人に100円ずつ貰い、ビジネスホテルを目指した。しかし、ビジネスホテルにむらさきのスカートの女の姿はなかった。
わたしは、職場の同僚と、入院している所長のもとに見舞いに行った。病室には所長の奥さんもいて、むらさきのスカートの女は所長にストーカーをしていた最低の女ということで話が進んでいた。病室からいったん人がいなくなった時、わたしは所長に静かに話しかけた。わたしは所長に給与の前借りと、時給をあげて欲しいというお願いをした。所長は、わたしに「昇給の審査が通るわけない。遅刻、早退、無断欠勤ばかりで周りのスタッフからもクレームが来ている。クビにならないのが不思議だ」と厳しく断った。わたしは、所長が、以前芸能人女性が泊りに来たときに、彼女のパンツを盗んだことを知っており、その話をネタにお金を貸してくれるように脅した。
ある日、わたしは商店街に行き、クリームパンを買って公園にいった。そして、むらさきのスカートの女専用シートに腰を下ろした。気を付けて見ていないと誰かが座ってしまうと思ったわたしは、自分が座ることにしたのだった。そして、わたしが買ってきたクリームパンを口に入れようとした時、ポンと肩を叩かれた。わたしの背中を叩いた子どもは笑いながら逃げて行った。
この作品は、「むらさきのスカートの女」と呼ばれている、いつもむらさき色のスカートを穿いている女性の話を中心に進んでいく物語です。物語は、むらさきのスカートの女の日常生活や、新しい職場にはいってからの出来事などが描かれているのですが、物語の語り部である「わたし」の存在が、非常に奇妙な世界を作っていると感じました。気づけば物語に引き込まれてしまうので、一気に読むことができました。読了後のなんとも言えない不思議な気持ちは他では味わったことのないものだと思います。
物語の序盤、むらさきのスカートの女の様子を読んでいると、どこの町にも知り合いとまではいかないけれど、よく見る特徴的な人物はいるものだなと昔を懐かしむ気持ちになりました。わたしも子どものころ、近所で毎回同じ時間に見かけるおじさんのことを「○○おじさん」などと友達の間で呼んでいたことを思い出しました。むらさきのスカートの女もきっとそんな感じで近所の人に注目されている人だったのだと思います。しかし、そんなほのぼのした気持ちも、物語を読み進めていくうちに、徐々に奇妙な感覚に陥り、最後にはむらさきのスカートの女よりも、この物語の語り部であった「わたし」の存在の方が強烈に印象に残り、気になってしまいました。むらさきのスカートの女に異常なまでに執着している「わたし」が、最終的に自分もむらさきのスカートの女のようになってしまうというラストは、不思議な感覚ではありますが、なぜかとてもしっくりくるラストだと感じました。
周囲から浮いていると思われている人物に注目しすぎるあまり、自分がいかに周りから浮いているか気づかない、という状況に少し恐ろしい気持ちになりました。この物語の「わたし」はむらさきのスカートの女に憧れている設定だったので、結末として良かったとは思いますが、現実の世界で考えると、自分が人からどのように見られているのかというのは自分では気づかないものなのだろうなと感じました。
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