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2019年10月16日
父親の転勤によって中学三年生の歩は、東京から青森県の山間にある町に引っ越して来た。歩は転勤族ということもあって、小さい頃から転校を繰り返してきた。歩が次に転校する先は、市立第三中学校という学校だった。歩は転校に慣れており、さらに人間関係を把握することに長けており、周囲に溶け込むことが得意だった。新しい学校にもすぐ馴染むことができるだろうと、都会とは違う新しい生活に想いを馳せていた。
第三中学校は、全校生徒が12人の小さな学校であった。転校の挨拶をした歩は、学校の中心にいるのは晃という男の子であることをすぐに理解した。翌日、同級生の女の子から、歩は晃が過去に暴行事件を起こしっていたことを聞かされる。晃は稔というクラスメイトの頭部を鉄鋼で殴りつけ、重傷を負わせたことがあった。稔は小太りで、八の字眉毛をした、気の弱い少年でいつも半笑いのような表情をしていた。しかし、学校では晃や数人の男子学生と行動を共にしていた。
転校して一週間ほど経ったある日、歩は晃が稔と同級生の藤間、近野、内田という男子と集まっているところに遭遇する。晃は歩に気づき、その集まりを見学するように言った。晃たちは花札を使った「燕雀」と呼ばれるゲームをしており、ゲームで負けた人には罰ゲームをさせるという。その罰ゲームは、アウトドア用品店でナイフを万引きしてくるという内容であった。ゲームに負けた稔は晃たちに言われてナイフを万引きした。歩は人生で初めて犯罪の現場に関わっていることを感じた。稔が盗んできたナイフは、また「燕雀」を行って所持する人を決めようと晃が言った。そのゲームには歩も参加することになって、歩はゲームに勝利してナイフを預かることになった。「燕雀」に参加した日をきっかけに、歩はクラスに溶け込むようになった。晃のことをとんでもない悪童ではないかと警戒していたが、その後は特に問題もなく中学生らしい生活を続けていた。歩は副学級委員にもなり、学級委員の晃をサポートしながら新しい転校先での生活を楽しんでいた。
ある日、晃は「燕雀」により、負けたら硫酸をかけるというゲームをしようと提案した。晃は実際に捕まえてきたバッタに、理科室から盗んだ硫酸をかけ腐敗させる姿を見せた。晃以外のメンバーは恐怖の中でゲームを行い、負けたのはまたもや稔だった。晃が本当に硫酸を使用してしまうのではないかと、周囲は肝を冷やすが、その時の罰ゲームでは硫酸ではなく安全な液体にすり替えたものを使用して、晃は硫酸を使用しなかった。しかし、その後も、晃は「負けたら缶ジュースやスナック菓子を買ってくる」といった罰ゲームを提案する。たいてい敗けるのは稔で、稔は半笑いを浮かべていた。晃は時に、狂気的な言動をすることがあり、他のメンバーは自分が負けないように必死であった。そんな中でも歩は晃を観察しており、ある日、晃がイカサマをしていることに気づいた。歩は毎回わざと稔を負けさせていたことに気づき、さらに晃がイカサマできるとしたら、自分にナイフを持たせたのも晃の意図ではないかと思った。
さらに、晃の言動はエスカレートしていき「彼岸様」と呼ばれる罰ゲームを提案する。「燕雀」で負けた人が失神寸前までビニール製の縄跳びで首を絞められるというゲームであった。このゲームには藤間、近野、内田も露骨に嫌悪感を見せたが、晃に従うことになった。ゲームが始まり、歩は今回も晃が稔を敗者にするためにイカサマをするところを見た。歩にとって、晃のイカサマは自分が負けないための保険になっていた。負けた稔は倒れるまで首を絞められ、危険だと判断した藤間によって晃は止められた。翌日、藤間は給食を食べた後に嘔吐し病院に搬送された。何の確証もなかったが、歩は晃が藤間の給食に微量の硫酸を入れたのではないかと思った。
ある日、歩がクラスメイトのほとんどが利用している理髪店に散髪に行くと、偶然、稔と出会った。同じグループで行動しているが、口数の少ない稔と歩は会話をすることがほとんどなかった。唐突に稔は「ナイフは自分が盗んできたのだから、自分に所有させて欲しい」と頼んだ。歩は燕雀に勝ったのは自分であると主張して稔の頼みを断った。実は歩は中学を卒業したら、父親の転勤によってまた引っ越すことが決まっていた。晃が自分に持たせたナイフを稔に渡してしまうことで厄介事に巻き込まれたくない、あと半年間の中学生活を平穏に過ごしたいという気持ちがあった。
お盆が明けたある日、晃から「カラオケに行こう」と電話がかかってくる。歩が待ち合わせ場所に行くと藤間、近野、内田と見知らぬ男たちがいた。男たちは第三中学校の卒業生だった。歩たちは森の中に連れていかれた。そこには、何人かの卒業生と卒業生の代表格である仁村と呼ばれる男、そして晃と稔がいた。晃はすでに顔を殴られた形跡があった。仁村は、晃たちに「燕雀」をするように命じた。仁村は過去に「燕雀」で晃を何度も暴行しており、晃がいつも提案していたゲームは、第三中学の卒業生がこれまでやってきたゲームであった。仁村は「燕雀」で敗者となった人に、「マストン」になってもらうと言った。「マストン」になった人は、後ろ手で縛られた状態で玉乗りをさせられる。藤間はおびえながら、晃は中学1年生の時にこの罰ゲームを受けて、顔面血まみれで酷いことになった過去があると知らされる。「燕雀」が始まり、歩はこの状況では晃がイカサマできないことを悟り、滝のような汗を流した。結果、ゲームに敗けたのは稔だった。稔は玉乗りをさせられ、何度も転び血だらけになりながら、仁村たちに暴行され続けた。歩たちは見ていることしかできなかった。
稔は突然、持参していたナイフを取り出し仁村を斬りつけた。稔は叫びながらナイフを振り回した。稔の顔は腫れ上がり、視界が見えていないように見えた。それまで黙っていた晃は、稔を見てその場から逃げ出した。他の男たちも稔から距離を取るために一斉に逃げ出した。歩も逃げ出そうとするが後ろから追ってきた稔に掴まってしまう。歩は稔がこれまでの復讐で晃を殺そうとしているのではないかと考えた。歩は「僕は晃じゃない」と稔に叫んだ。しかし、稔は「最初からお前が一番ムカついていた」と叫び、その腕を下ろした。
この作品は、父親の転勤によって東京から青森県の町に引っ越してきた中学三年生の歩が、同級生たちとの少し危険な遊びに巻き込まれていくというお話です。12人しかいない小さな学校、山に囲まれた田舎町、自然豊かで穏やかな雰囲気が、その後に待ち受けている不吉なできごとを、逆に狂気的に感じさせているような気がしました。ページ数はそこまで多くなく、読んでいるうちに怖さを感じ、気づけば最後まで読んでしまう少し不思議な作品だと思います。
この物語では晃という学校のリーダー格の少年が、稔という弱気でおとなしい少年に度々暴力的な行為を行います。おそらく都会の学校では「いじめ」と称されることだと思います。しかし、少年たちの中ではそれはゲームの一環となっています。遊ぶ場所もほとんどない、子どもの人数も少なくずっと同じ顔ぶれで進級していく、そんな田舎町ではこのゲームこそが彼らの娯楽になっているのではないかと感じました。私の中にあった「田舎の子は自然の中でのびのび遊んでいるのではないか」というイメージが、歯車がずれるとこういう結末になってしまうのかもしれないと恐怖を感じました。
物語の終盤では、どこか傍観者のように冷静な立ち位置にいた歩が徐々にその狂った歯車に飲み込まれていきます。少年たちにとって歩は東京から来た人間というだけで少し異質な存在だったと思います。歩は自身の社交性で少年たちの中に溶け込んだように見えましたが、おそらく少年たちはそう思っていなかったのではないかと思いました。最後の稔の言葉を聞いたときにそのことを強く感じました。歩の視点では、稔に暴力を振るっていたのは晃で自分自身が加害者である意識は皆無です。しかし、稔からすると、田舎の外からやってきて冷静に状況を見ることができるのは歩です。そんな歩は晃が稔を標的にしていることを誰よりも冷静に傍観していました。被害者からすると傍観者は直接手を出さないだけで加害者と同じであると感じました。このことは現代のいじめにも通ずるのかなと思いました。
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