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百花/川村元気のあらすじと読書感想文(ネタバレ)

2019年10月7日

百花のあらすじ(ネタバレ)

 音楽ディレクターの葛西泉は、同じ会社に勤める現在妊娠中の妻・香織と暮らしている。妊娠中にも関わらず、優秀なディレクターである香織は、現在も大きな仕事を任されており、初めて親になる不安を抱えながら、夫婦共に仕事に追われる日々を過ごしている。

 大晦日の日、泉は母の百合子が1人で暮らす実家に帰った。泉は母子家庭で、父親のことは何も知らないまま育った。昔ピアニストだった百合子が、自宅でピアノ教室を開き、女手一つで泉を育てた。百合子は近所でも評判の美人で、泉はそんな百合子と一緒にいることがとても嬉しかった。家を出て15年経った今は、年に2回ほどしか会うことがなくなったが、毎年大晦日は2人で過ごすようにしていた。

 しかし、今回泉が実家に帰ると母がいなかった。家の中で母の名前を呼び掛けてもおらず、泉は近所を探しにいった。百合子は寒い夜の公園で、コートも羽織らずにブランコに乗っていた。泉が声をかけると、買い物に行ったら少し疲れたと言う。しかし百合子の手には買い物袋も何も持っていなかった。結局、泉は百合子と一緒に近所のスーパーで買い物をして帰った。家に帰り、買ってきた食材を片付けながら、泉は冷蔵庫の中に食べかけのものや賞味期限切れのもの、逆に家に既にある食材を買ってきていることに気づいた。泉が指摘すると、「最近よくやっちゃうのよね」と百合子は笑って答えた。

 泉が香織と交際するきっかけになったのは、大物新人歌手の仕事を一緒に受け持ったときだった。その新人歌手は魅力的な歌声と世界観を持ち、社内でもデビューまでの期待がとても高かった。しかし、彼女は、寸前のところで年が離れた男性に溺れるように恋をして、その彼を追って逃げ出してしまった。その時に、香織はその新人歌手には父親がいなかったため、年上の男性に惹かれたのかもしれないという話をした。泉は自分も父親がいないと打ち明け、その話を香織が自然に受け止めてくれたことをきっかけに距離が縮まった。香織のお腹に宿る小さな命を思い、泉は自分が親になるという事を考えていた。思い出すのは、昔の百合子との思い出であった。百合子は母親でありながら、時には泉の父親にもなろうとしてくれていた。

 ある日、泉の元に警察から連絡が入った。百合子がスーパーでお会計をせずに商品を持ち出そうとしたという。慌てて百合子を迎えに行った泉に、警察官は百合子を病院に連れていくことを勧めた。泉も付き添い、百合子は病院に行き検査を受けた。そこで、百合子はアルツハイマー型認知症と診断された。泉は医師の話を聞きながら、自分の母が認知症であることが現実感のない話に聞こえた。母の記憶が徐々に失われていくことを、泉はすぐに受け入れることができなかった。

 泉は、実家に帰り百合子が買いすぎた食材などを整理しながら、疲れて寝てしまった百合子の代わりに家の掃除をした。そこで、食器棚の引き出しから、認知症についての本を見つける。そして本に挟まれていた封筒を見つけ、泉は胸騒ぎがして中身を確認した。それは、隣町の総合病院で受けた検査結果で、アルツハイマー型認知症の疑いがあると書かれていた。日付を見ると、半年も前のものであった。泉は半年前に百合子から頻繁に電話がかかっていたことを思い出した。要件をはっきり言わない百合子に対して、泉は仕事が忙しいからとすぐに電話を切っていた。電車で1時間半ほどの距離に住んでいるのに、1人で住んでいる母親に会いにいくこともしなかった。1人で検査を受けに行った百合子の姿を想像して、泉はひどい後悔に襲われた。

 百合子の希望もあり、百合子はヘルパーの助けを借りて一人暮らしを続けていた。泉はつわりで体調がすぐれない香織の代わりに家事をこなしながら、週に何日かは百合子の様子を見に行くようにしていた。ヘルパーとも逐一電話で情報を共有してもらうようにしていた。百合子の症状は日に日に進んでいっているのか、少女のようにわがままな言動をとることも多くなった。

 ある日、ヘルパーから百合子がいなくなったと連絡を受けた。泉は慌てて実家周辺に向かい必死で捜索をした。警察から百合子が見つかったと連絡があり、向かった先は小学校の教室であった。教室に飛び込んでいった泉は、勢いで百合子を責める言葉を吐き出しそうになった。百合子は泉の顔を見て、「ずっと探していたのよ」と言った。百合子は迷子になった息子を探していると周りに説明した。百合子は「泉は昔からどこでも迷子になる」と言った。泉はそんな母を見ながら、昔の自分は母を心配させて探して欲しくてわざと迷子になっていたことを思い出していた。

 香織の出産日も徐々に近づいていることもあり、泉と香織は周りの人に相談して、百合子を施設に入居させることに決めた。百合子が安心して入れる施設を泉は懸命に探し、海の近くにある「なぎさホーム」という施設に入れることに決めた。百合子の入居日、泉も一緒に立ち会った。百合子は緊張した面持ちであったが、泉に心配かけまいとしていた。百合子の荷物は少なく入居準備はすぐに終わった。泉は海の見える部屋で百合子と並んで座りながら、人間の持ち物は、記憶と同じように、死に向けて必要なものが少しずつ減っていくのかもしれないと感じた。

 百合子を施設に残し、泉は片付けのために百合子が1人で住んでいた実家に戻った。沢山のものを整理していく中に、小さなメモが出てきた。そこには百合子の字で沢山の言葉が書かれていた。食材を買いすぎないこと、ヘルパーの来る時間、泉の名前、泉の好物、泉の仕事、泉に迷惑をかけないこと。そして最後に「泉、ごめんなさい。」と書かれていた。そのメモは百合子が繋ぎとめようとしていた記憶の断片であった。そのメモを見ながら、泉はずっと1人で苦しんでいた百合子を思って涙が止まらなかった。

 最後に、押し入れの中にある母の日記を見つけた。1994年から1995年の日記。泉と百合子には空白の1年があった。泉は、中学二年生になろうとしていたある日、百合子は朝食を作ってちょっと出かけてくると言い残したきり、1年間、泉の前から行方をくらました。泉と百合子の間では、なかったことになっている、その1年について泉は思い出していた。

 百合子は家庭のある人と関係を持ち、その人についていく形で家を出てしまった。百合子はまだ中学生だった一人息子の泉を捨てた。百合子が家を出てから5日間、泉は一人で百合子を待ち続けた。食べるものもなくなり、お金もなくなった泉は、母の手帳に書かれていた祖母の電話番号に電話をした。祖母とは疎遠であったが、週に2度ほど来てくれるようになった。泉は、その期間に百合子との写真を全てゴミ箱に投げ入れた。1年後、百合子は何事もなかったかのように帰ってきて、味噌汁を作っていた。泉は、喜びも怒りもなく1年間をなかったことにしてその後を過ごした。ただ、それ以来、味噌汁を飲めなくなってしまった。

 泉は母の日記を読み、初めてその時の1年間を知った。もう叶わないけれど、いつか百合子の口から説明して欲しかったのかもしれないと思った。泉の元に帰ってきた百合子は、その1年間を一生かけて償おうとしていたのだと感じた。

 「なぎさホーム」に入った百合子は、病状は進行しつつも穏やかな日々を過ごしているようだった。失われていく記憶とは裏腹に、表情も明るく、元気になっているようだった。泉は、調子が良いという話を聞き、百合子にどこかに出かけようと誘った。百合子は「半分の花火が見たい」と言った。泉は半分の花火という意味は分からなかったが、花火が見たいのだと思い、近くにある花火大会を調べて、百合子を連れて行った。花火を見ながら百合子は嬉しそうであった。花火大会が終わり、人混みの中を百合子の手を引いて歩いていると、百合子は突然「りんご飴が食べたい」と少女のように駄々をこね始めた。泉は仕方なく、りんご飴を買いに行くと百合子の姿を見失ってしまった。泉は慌てて百合子を探し、見つけた百合子は「半分の花火が見たい」を繰り返し、最後に百合子は泉に「あなたは誰?」と言った。

 分娩室に入った香織を待つ間、泉はどうしようもない不安に襲われていた。自分がどうしたら父親になれるのかを考えていた。自分の目に映る百合子は、初めから母親であったが、百合子も手探りで泉の母親になったのだと初めて気づいた。看護師に呼ばれて、分娩室に入ると、ひと仕事を終えたような顔をした香織と赤ん坊がいた。赤ん坊の泣き声を聞いた時に、言いようのない何かがこみあげてきて、泉は周りの視線など気にせず嗚咽した。きっと自分も父になれる日がくるのだろうと思った。

 百合子が亡くなって葬儀が行われたが、泉は涙を流すことはなかった。百合子がいない世界を受け入れるには時間が必要だった。小さい頃から百合子と過ごした実家を1人で片づけていると、どこかで爆発音が聞こえた。それは花火の音だった。その時ふと泉の記憶がよみがえった。泉と百合子がこの家に引っ越してきた日の夜、家から花火が見えた。しかし家の前には大きな団地が建っており、花火は半分しか見ることができなかった。百合子はその花火を、今までで見た花火の中で一番きれいだと言った。小さい泉は、一瞬で消えて忘れてしまう花火を悲しいと言ったが、百合子は「色や形は忘れても、誰と一緒に見て、どんな気持ちだったかは思い出として残る」と言った。

 泉は一人で半分の花火を見上げた。自分が忘れていたことを、百合子はずっと覚えていたのだった。母が最期に見たかった花火を見せてあげることができなかった。その後悔と半分の花火が、百合子との思い出を次々に蘇らせた。百合子が自分にしてくれたこと、その時の嬉しかった自分の気持ちがあふれ出て来て、泉は言葉にならず、うずくまり涙を流し続けた。

百花の読書感想文

 この作品は、もうすぐ子供が産まれる泉と認知症を患った母・百合子の親子の物語です。母1人子1人で生きていた親子が抱える過去の記憶と、その記憶を徐々になくしていく母。忘れていく方も、忘れられていく方も、どちらも辛く切なく悩ましく、読んでいて胸が締め付けられました。愛する人との限りある時間を大切にしたい、そう思わせてくれる作品だと思います。

 1人暮らしをする母・百合子に認知症の初期傾向が出て、徐々に症状が進行していく様子など、実際に認知症の家族と過ごしている方の苦悩が伝わってきて、私も祖父母や両親のこと、また自分がそうなってしまったら、などと考えてしまいました。ストーリーの終盤で明かされる2人の過去も衝撃的でした。その後、何事もなかったように親子として生きて、でも確かに何かがあったと感じる空気感が絶妙に表現されていてとてもリアルでした。その1年間は百合子の口から語られることはなく、泉にとっても決して良い思い出ではないけれど、それでも百合子は泉を愛していて、泉も百合子を母として愛しているというのがとても伝わってきて、親子関係というのはどんな人間関係よりも濃い分、複雑なのだろうと感じました。

 また、人の記憶の曖昧さや未熟さについても考えさせられました。認知症が進みどんどん記憶が失われていく百合子が、泉が覚えていない小さい頃の記憶を鮮明に覚えていたり、思い出の花火について泉は百合子が亡くなるまで思い出せなかったり。認知症だからというわけではなく、実は自分たちも記憶を忘れたり、曖昧に覚えていたり、ふとした時に鮮明に思い出したりしながら生きているということに気づかされました。百合子が言った「色や形は忘れても、誰と一緒に見て、どんな気持ちだったかは思い出として残る」という言葉がとても印象的でした。人の記憶は曖昧で未熟だからこそ、思い出に残っている記憶の大切さを感じた言葉です。儚く消えていってしまう毎日の記憶の中で、大切な人との思い出はどうか残していきたいなと強く感じました。(まる)


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