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さざなみのよる/木皿泉のあらすじと読書感想文(ネタバレ)

2019年9月23日

さざなみのよる/木皿泉のあらすじ(ネタバレ)

 癌治療のために入院している43歳の小国ナスミは、しばらく疎遠だった叔母の笑子が見舞いに来たことで、自分の死期が近い事を感じる。ナスミは早くに父と母を亡くし、姉の鷹子と妹の月美の三姉妹、それと父の叔母である笑子の四人で過ごしていた時期があった。毎日ナスミのベッドの傍らには夫の日出男がいてナスミを見守っていた。ナスミは、今までの自分の人生、そしてこれまで支えてくれた家族のことを思い、安らかに眠りについた。

 ナスミの容態が急に悪化した日、家族で様子を見たあと落ち着いてきたので、日出夫と鷹子だけが病院に残ることになった。鷹子は夫婦二人の時間もとってあげたいと思い、日出男を残し病室を出て売店にご飯を買いに向かった。売店にはナスミがいつも読んでいた漫画があった。死んだら最新話が読めなくなると悔しがるナスミの姿を思い出し漫画をレジに入れた。その時、日出男から連絡があった。鷹子が病室に戻るとナスミは既に息を引き取っていた。日出男が病室を出て一人になったのを見て、鷹子は別れを悲しむ時間の大切さを感じた。鷹子は漫画の最新話をナスミに向かって読み聞かせ、涙を流した。

 ナスミの容態が落ち着いたので、一旦家に帰った月美は、妻の姉が危篤状態だというのにスヤスヤ寝ている自分の夫を見てある事を思い出した。笑子が教えてくれた全ての人の幸せを願う呪文である。月美は嫌いな相手まで幸せになるのは納得できないと思った。しかし生前ナスミは「心に思っていなくても呪文を口に出してごらん」と言っていた。その時は素直に従えなかったが、ナスミの病気が見つかってからは時間さえあれば呪文を唱えていた。そのうちに月美は“全ての人の幸せ”の“全ての人”の中に、自分自身もいるということに気付いた。

 ナスミを看取った日出男は、ぼーっと病室を眺めていた。生前ナスミと日出男は、人をひらがなやカタカナの文字に例えて遊んでいた。ナスミは「ガ」で、日出男は「キ」だと言いあっていた。そんなことを思い返していると、鷹子に遺影をどうしようかと聞かれ、日出男は携帯の写真を見返すことにした。その時、携帯にナスミがこっそり動画を残していた事に気付いた。動画の中のナスミは、日出男に新しい家族を作ってほしいと伝えた。「と」の文字のような人が良いと言っていた。その動画を見て、日出男はナスミがなくなった瞬間には流せなかった涙を流した。

 自宅にいた笑子はナスミの訃報を聞き、ナスミとの思い出を振り返る。笑子はナスミの名付け親であったが、学生時代のナスミは早く家族の元を離れたいと考え、親にも反抗しており、笑子ともケンカが絶えなかった。ナスミの母親である和枝は、死ぬ間際までナスミの心配をしていた。そこで笑子はナスミとの約束を思い出す。その約束とはナスミの母がナスミに残したダイヤモンドを、台所の柱に貼って欲しいというものであった。ダイヤモンドが、あの世とこの世を結ぶ窓となって、家族を見守ることができるとナスミは考えていた。笑子は自分も死んだあと、この窓からこの世を覗くことを想像して、死ぬのも悪くないことだなと感じた。

 ナスミの中学時代の同級生で理髪店を営む清二は、人づてにナスミが亡くなったことを知る。中学時代、怪我で野球部を辞めることになった清二と、母親を亡くしたばかりのナスミは、お互いの寂しさを共感し東京への家出計画を立てていたが、約束の日にナスミは来なかった。清二は、ナスミの通夜に行く前に、あの時なぜナスミは来なかったのか考えていたところ、妻の利恵から当時の清二にはナスミよりも大事にしたいものがあったのではないかと指摘された。それは野球だった。清二はナスミの人を見透かしたような目を思い出す。そして、利恵はナスミ自身も本当はもっと母親を大事にしたかったのではないかと言う。清二はナスミの最期の顔を見ながら、あの時の自分の寂しさを思い出し、現在、利恵といる幸せを再確認した。

 鷹子の元に、ナスミの東京時代の同僚だった加藤由香里という女性から、ナスミに線香をあげたいと連絡が来る。由香里はナスミと同じ会社で働いていた頃、不倫相手の上司にだまされて堕胎させられた。ナスミはその上司を2発殴り、代わりに上司から痛い目にあった。しかし、由香里はその後ナスミを避けるように退職した。由香里はナスミが入院していた時に一度お見舞いに来て、過去の事を謝罪した。そして現在、由香里もあの上司に紹介された職場で働いていると言った。子どもを奪われて、その代わりに仕事を貰った自分を由香里は卑下した。ナスミは由香里に、新しい職場でお金にかえられないくらい良い仕事をするようにと笑って言った。そして、自分の死後、1週間くらい経ったら落ち込む家族を元気づけて欲しいと由香里に頼んだのだった。約束どおり由香里は小国家を訪れ、ナスミが見守っていると伝えた。由香里は、お金にかえられないことが自分にもできただろうか、と空の上のナスミに問いかけた。

 ナスミの四十九日の日、清二の妻・利恵は夕食の準備中に、ナスミのことを思い出していた。実は利恵は結婚して1年経ったころ家出をしたことがあった。高校の同級生が、美術家として活躍していると聞き、変わりのない日常を変えたいと思った。清二の帰りが遅くなる夜、利恵がスーツケースを持って駅に行くと、同じくスーツケースを持ったナスミがいた。ナスミは2度目の家出だという。1度目は清二との未遂に終わった家出で、その時ナスミは、母が死ぬ前に戻りたいという気持ちからだったといった。でも、どこか違う場所に行っても変わるわけではないと気付いたと言う。利恵はナスミの話から、自分は可愛がってくれた義父がいた時間に戻りたかったのだと気付いた。利恵は家出せず、ナスミを見送ることにした。ナスミの2度目の家出は、昔に戻りたいという気持ちではなく「誰かにとっての戻れる場所になりたい」という気持ちからだった。ナスミの言葉を思い出しながら、清二の好物を食卓に並べた利恵は、清二に妊娠したことを伝えた。

 日出男はナスミが亡くなって4年後に愛子という女性と再婚した。愛子はナスミと生前に繋がりがあった。高校を卒業して働いていた当時24歳の愛子には、啓介という兄がいた。それまで女性と付き合ったことがなかった啓介が、浮かれて人に会いにというのでついていったところ出会ったのがナスミだった。ナスミは啓介からお金を借りていた。ナスミは既に、日出男と結婚しており啓介に脈はなかった。ナスミは毎月少しずつお金を返済していくので、その受取人に愛子を指名した。毎月2人は会っていたが、ナスミは病気で徐々に弱っていった。日出男が付き添いながらそれでも毎月の約束は守り続けた。愛子は明るく生きているナスミに憧れを抱くようになり、「ナスミさんになりたい」と思わずナスミに伝えた。ナスミはその言葉で今までの人生を肯定された気持ちになった。その後ナスミは入院してしまい2人は会わなくなった。愛子がナスミのことを思い出さなくなった頃、日出男からはがきが届き、ナスミが亡くなったことを知った。4年後、愛子と日出男は偶然再会し、結婚し、子どもを授かった。

 日出男と愛子の娘の光は8才になった。光は小学校で「家族の秘密」を聞いてくるという宿題を与えられる。友達の咲ちゃんは「いい加減に書いておけばいい」と言ったが、光は母の愛子にナスミのことを聞こうと思った。光の家によく訪れる鷹子と同じくナスミのことを叔母さんのような人と説明を受けていたが、正確に教えてもらったことがなかった。

 光は家に帰り、愛子にナスミは自分の叔母さんなのか聞くと、愛子は「もしナスミが生きていたら光は生まれていない」と言い、光はその言葉を聞いて、自分が生まれないほうがよかったのではないかと、怖くなってそれ以上、詳しく聞く事が出来なかった。ある日、台所の柱のダイヤモンドがなくなっていると笑子が気づき騒ぎ始めた。しかし、他の家族は光が生まれた直後あたりからダイヤモンドがなくなっていた事に気づいていた。愛子はダイヤモンドがなくなったのは、子どものいなかったナスミが、子育てしている愛子の姿を見たくないからだと思っていると打ち明ける。しかし笑子が「ダイヤモンドは光になったってことか」と言うと、家族は光を見て、そして強く抱きしめた。光は、みんなの温もりを感じて自分が生まれてきてよかったのだと思った。

 光は年をとって、友達の咲ちゃんのお葬式に参列した。咲ちゃんの遺影を見ながら、学生だったころに2人が見たドキュメンタリー番組を思い出していた。女性2人が山で遭難して、衰弱して動けなくなった1人が、もう1人の女性に自分を置いて下山するように言う。言われた女性は下山するが、その女性がどんな気持ちだったのかを想像して、幼い日の光と咲ちゃんは涙を流した。光は、咲ちゃんの娘に会い、生前に預かっていたダイヤモンドを返した。そのダイヤモンドは、咲ちゃんの旦那が浮気をしたときに、怒った咲ちゃんが買わせたものであった。恨みのこもったダイヤモンドを見たくないと言って、光にもらってくれと言って渡したものだった。光の家でダイヤモンドがなくなった話を、咲ちゃんはずっと覚えていて、「ダイヤモンドが見つかった」と愛子に言ったら喜ぶよと言って渡してくれた。愛子は想像以上に喜び、そのまま長いこと台所の柱に貼られていた。愛子はいま介護施設に入っている。光はこれを機にダイヤモンドを返すつもりだったが、咲ちゃんの娘からは光に持っていて欲しいと断られてしまった。光は、葬式の帰りに愛子の元に寄った。愛子は眠っており、寝言で「まだ生きてるし」と言っていた。施設からの帰り道、光は咲ちゃんを残して下山している気分になり涙を流した。いつかは、今までの人生も、この気持ちもいつかなくなっていく、それでもこれからどう生きていくかが重要だと感じた。

さざなみのよる/木皿泉の読書感想文

 この作品は主人公ナスミの死をきっかけとして、ナスミと関わりのある人々の視点から見た短編がいくつも合わさってできている作品です。別々の人の視点から見た、ナスミという人間の印象の変化や、誰から見てもかわらない部分などに気づくことができます。時系列や人物関係などもバラバラな短編ですが、ナスミという1人の人間で繋がっていて、全部の短編を読んでからまた改めて読み返すと、新たに見える部分があって、何度でも読み返したくなる作品だと思いました。人が死ぬこと、そして生きていくことについて、温かい気持ちで考えることができました。

 本のタイトルにある「さざなみ」という言葉のように、ナスミの死をきっかけにまるでさざなみのように、色々な人の人生に波紋を広げて、人と人を繋げていく様子に、心が温かくなりました。ナスミは43歳で亡くなり、その年齢だけ見れば若いと思う人が多いと思います。私も、最初は若くして亡くなってしまった人の話かなと思いましたが、他の短編を読んで、ナスミによって励まされた人たち、影響を受けた人たちが沢山いて、ナスミは43年という年月、密度の濃い人生を歩んでいたのだと感じました。

 短編で出てくるナスミの家族や知人は、ナスミがいない世界を、ナスミからもらったものを大切にしながら生きています。その人たちの人生を見ても、また現実世界を生きる私たちの人生を考えてみても、人が生きていく中には楽しいことばかりじゃなくて、辛いことや苦しいことが沢山あります。でも、誰かに優しくされたり、励まされたり、勇気をもらったり、心が救われたり、その人を思い出すだけで心があったかくなるような出来事も沢山あるのだと思います。それは生きている人からだけではなく、亡くなった人との思い出も同じで、人は死んで身体は動かなくなってしまうけれど、その人との思い出は生きている人の心の中で、熱を帯びて残り続けるものだと思いました。生きることにも、死ぬことさえも、小さな希望で照らされていると感じられる作品です。


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